軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九話 王都デルカールI 『過去と今』

――いつかのどこか。ある、小さな街。

その街並みは、どこまでも"白"に満ちていた。

病的なまでに、というほどではない。

白い道路は多くの靴と車輪の痕で少々茶色がかっていたし、白く作られた建物は煤やほこりで節々が黒ずんでもいる。中央の広場らしき場所の噴水は、オブジェや淵は白くとも肝心の水は当然透き通った透明であったし、道行く人々の服はだいたい白を基調としていても、髪色は千差万別。

そして何より、空は青が埋め尽くしていた。

それでも、この街を訪れた者が居たならば、その第一印象は"白"だろう。

「訪れるようなヤツが居れば、の話だろうがな」

「どうしたの?」

一人の子供が、噴水のへりに腰かけてそう毒づいた。

野暮ったい眼鏡をかけたその子供は、きわめて粗悪なスクロールに羽ペンで小難しい数式のようなものを書き込みながら、時折口元に手を当てて悩んでいる。

中央広場というからには、彼と同じような年頃の子供たちがきゃいきゃいと楽しそうに遊んでいたりもするのだが。その少年は彼らを見下したような瞳でぼんやりと一瞥して、すぐさま自らの課題と向き合っているようだった。

「どうしたのってば」

「……なんだ、スミレか」

「なんだってなにさ」

少年が鬱陶し気に見上げた先。陽の光を背に、子供の正面に立つ少女の姿。

彼女――スミレはかがみこむように少年の手元のスクロールに目をやって、「うへ」と一言呟いて彼に向き直る。その表情にはありありと、「またそんなことやってるの?」と書いてあった。

彼女は名前の通りの菫色のショートカットヘアを耳にかけながら、少年の腕を軽く引く。

「そんなことよりさ、ボクと遊ぼうよ」

「はっ、くだらねえ。遊び相手ならそこら中に居るだろうが。そいつらと棒きれ振り回してくればいい。そうすりゃ、テメエの無駄な気力も発散できるだろうよ」

「なんでそんなに意地悪言うのさ! ボクはきみと遊びたいの!」

スミレが背に差した薙刀を指さして、その指をついっと中央広場でちゃんばらに興じる子供たちに向ける。小馬鹿にしたようなその扱いに、彼女が頬を膨らませるのも無理のないことで。

「オレと遊びたいだぁ? あいにくオレは今忙しい。家に戻れねえから仕方なくここで作業してるんだ、邪魔すんじゃねえよ」

「夕方までは友達と遊んできなさい、って意味の"帰れない"のくせにー」

「……なんでそれを知ってやがる」

「きみのパパに確認したからだもーん。いいじゃん、遊ぼうよ!」

「はー……」

余計なことペラペラ喋りやがってクソ親父が。

そう独り言ちるも、彼の父としては一人も遊ぶような友達がいないことを気にしてのこと。日がな一日机に齧りついて、外に出ようともしない少年を、親が心配するのは無理からぬことであった。

悪態をついた少年は、致し方なしとばかりにスクロールをくるくる纏めると。

「遊ぶっつったってテメエのその薙刀とじゃれ合うのは御免だな。疲れる」

「えー」

唇を尖らせるスミレに、少年は内心「よしそのまま帰れ」と思っていたのだが。

どうしよう、と人差し指を口元にもってきて、空を仰いでしばらく考え事をしていた彼女は。

「じゃあ……お話ししよっ!」

と少年の隣に腰かけた。

「は?」

「えーっと、さ。きみは将来、何がしたい?」

「学者」

「あー、うん。予想通りの答えありがと。…… 冒険者(ブレイヴァー) とか、憧れたりしないの?」

「 冒険者(ブレイヴァー) ァ? ……はっ、それこそまさかだ」

「なんでぇ?」

二人とも、年頃はせいぜい5,6と言ったところか。

この年齢の子供というのは、どうしても身体を動かす方向に将来の夢を導きたがる。公国の 冒険者(ブレイヴァー) などは最たるもので、最近では最年少のCランク 冒険者(ブレイヴァー) が生まれたという噂もあってか、皆が皆魔獣と戦い名を馳せるその職業に憧れている節があった。

スミレという少女も例外ではなく。そして、この年代では一番武具を扱う技術に長けていたこともあってか、 冒険者(ブレイヴァー) という職業に興味津々だった。

それは皆一緒だと思っていた無邪気な少女の思いとは裏腹に、目の前の少年はひどく現実的で。

「バカが。力を振るったところで出来ることなどたかが知れている」

「えー」

「学問こそ素晴らしい」

野暮ったい丸眼鏡をくいっと上げて、彼は言う。

レンズ越しのその瞳には確かな光と熱があって、実のところスミレはそんな彼のことが気に入っていた。他の子どもにはない、確たる道筋というか。自分とは違う、不思議な魅力。

「オレが今考えていることが現実になれば、色んなことが変わる」

「っていうと?」

「そうだな、例えば分かりやすいところで……馬車から馬が要らなくなる」

「それ馬車って言わないんじゃ」

「はっ、形が変われば名前も変わる。当然のことだ。空気中の魔素を原動力として車体を動かす新機軸の発想。これさえあれば、馬など要らずに馬車が動く」

「へー、どうやって操作するの?」

「それは考え中だ」

「そっかー。実現できるといいね!」

屈託のない表情で微笑みかけるスミレに、少年は軽くそっぽを向いた。照れ臭いと顔を背けることくらい、彼女はとうに知っている。ついでにからかってやろうかと、彼女は言う。

「でもきみ、弱いよね。この前もあの辺の子たちに棒で殴られてたし」

「そ、それと学者には何の関係もない!!」

薙刀を取り出した彼女は、愛おしそうにそれを抱きすくめながら少年に向き直る。

実際、生意気な態度を崩さない少年がいつも子供たちに暴行されるのを、追い払い守り続けているのが彼女であった。

それを分かっていても、プライドからか礼のようなものは言えず。

彼女としても礼を求めているわけでもないので、にこにこといつも少年についてくるだけで。そんな関係。

「……はっ。武力なんぞで何ができる」

「できるよ」

「なに?」

突き放すような少年に対し、スミレは笑って続けた。「できる」と自分に言い聞かせるように小声で繰り返してから。にこやかに。

「ボクはこうやって頑張ってれば、いつかきみとか、きみの大事なものを守ってあげられると思うんだ」

そりゃー! と座ったまま薙刀を片手で振るう彼女を、少年は毒気を抜かれたように眺めていて。我に返って再び顔を背けた。

「あれ? なんで照れるの?」

「うるせえ。分からなかったら少しは学問をしろ学問を」

「え、学問関係ない……」

「うるせえ」

「えー」

でも、きみが言うなら。

「教えてくれる?」

「仕方ねえな」

「きみってさ、ボクのこと割と鬱陶しそうにしてる割に、ちゃんと教えてくれるよね」

「鬱陶しいのは熱烈な運動勧誘だ。あと、教えるのは嫌いじゃない」

やった、とスミレは立ち上がって。少年が立ち上がるのを早く早くと急かし始める。

ところで。

「なんで、教えるの好きなの?」

そうだな。

「お前がマナについて何も分かってなかったのに、理解できた時の喜び。あれこそが、楽しいんだ。自分でやる時も、学んだ成果を誰かが出すこともな」

目が覚めた。

「あ?」

「あ」

ベッドの上。寝相が良いか悪いかで言えば"微動だにしない"が正しいデジレの寝相。

きっちり天井を向いて仰向けで眠った以上、本来であれば目が覚めた時に目の前にあるのは昨日最後に見た景色でなければおかしいはずで。

なぜ橙髪の少女が目の前にいるのかと。何故ベッドの上に、それも天井と自分の間に割り込むような形で居るのかと。一瞬で駆け巡る疑問符。

「何やってんだテメエ」

「朝ご飯の時間に遅れるから起こそうと思って」

「で、その爆竹はなんだ」

「起こそうと思って」

容赦のないアイアンクローがジュスタを襲った。

「痛い痛い」

ベッドの下にぽいされたジュスタはかろやかな身のこなしで地面に着地すると、そのまま「どうだ」と言わんばかりにVサイン。

朝から頭が痛い。

「ったく。落ち着きを覚えろクソガキ」

「てひひ。いいじゃん、子供だもーん」

くるくるとその場で回る、ご機嫌そうな少女。

そういえば、昨日までは魔列車での旅行だったのだ。最後の最後まで飽きることなく景色を眺めていた彼女は、そのまま王都のホテルでも夜まで大層機嫌が良く。

部屋に入るなり一瞬で寝入ってしまっていたのを思い出す。

「そういえば」

ジュスタは何かを閃いたように固まって、

「デジレは子供の頃からそういうクソ真面目だったの?」

「うるせえ。変わってねえよ何一つ」

「だよねー、そんな感じするしー」

その返事だけ聞くと、愉快そうにへらへら笑いながら、「先に行ってるねー」と一言残して部屋の外へと出ていった。どうせ自分を待つこともなく、さっさと朝ご飯にありついていることだろう。

「……なんてな」

一言、先ほど自分が吐いた言葉を自嘲するように呟いた。

嫌な夢だった。

朝の準備を整えながら、一人思う。

なぜ今更あんな夢を見たのか。その理由は分からない。

強いて言うなら、そう。

あの幼馴染の姿が、妙にクソガキと被ったというか。

髪の色、抱えている状況、信念。違うところなら幾らでも数えられるが、そうではなく。

なんというか、雰囲気が。確かに似ていた。

だからなんだって話だ。

最後に黒のコートを抱えて、デジレはゆっくり階段を下りていく。

「おはよー。先食べてるよー」

食堂にたどり着くと、自分を見つけるや否や案の定朝食にありついている童女の姿。

注文を取りに来た店員に珈琲と朝食セット、それから新聞を頼みつつ、小さな丸テーブルに腰かける。

正面のジュスタはといえば、残っているのはせいぜいスープくらいのものだった。

「このあとどうするの? 色々調べたいことはあるけどさ」

「色々?」

「ルノーの居場所とか、あいつが今王国で何やってんのかとか、王国で変なこと起きてないかとか、あとはほら、他の魔導司書がもう来てるのかなとか」

「そうだな」

店員に差し出された珈琲と新聞を眺めながら、デジレは軽く生返事。

ひとまず、王都までやってくることはできたのだ。

妙な夢はさておき、仕事は最優先でこなすべきだろう。

軽く頭を切り替えつつ、新聞に目を通してたたむ。特にめぼしい情報は載っていなかった。王都内のタウン誌のようだし、王国は検閲も厳しいと聞く。こんなものだろう。

「ひとまずはこれもそうだが情報収集だ」

新聞を叩く。使えなかったとはいえ、選択肢は手あたり次第。それが常識だ。

届いた朝食セットをあれこれ食べつつ、思考をクリアにしていく。

「ルノーの討伐に当たって、ヤツが居るとしたらこの周辺に違いないだろう。魔狼部隊なんてものがある以上アイツのやりたいことはここにあると見て良い」

「そう、だね。でも、その辺は帝国書院でも調べてたんでしょ?」

「いや、ルノーの存在があってかは知らんが、アスタルテは敢えて細かい調査はしなかったらしい」

「え、そうなの?」

「奴にとっては帝国さえ安泰ならそれで良いわけだからな。ルノーを王国で泳がせておいて、魔狼部隊の弱点だけを徹底的に調査。帝国が侵略されない状況を作ることに終始していた。……おかげで、アスタルテ曰く『どんなに魔狼部隊が発展したところで書陵部の一般職員が五人もいれば潰せる』だそうだ。細かいやり方は聞かなかったが、まあだいたいシステムの予測はできる。"ソレ"が完成していたら、確かに帝国は魔狼部隊の影響は受けないだろうよ」

「で、でもそれは」

「そう。魔狼部隊を潰せるだけで、魔狼部隊そのものには何の影響もない。魔狼部隊を使う王国と、それを阻止する魔界の双方が共倒れしてくれて結構。あいつはそう考えている」

「……相変わらずなんだね」

まあ、帝国の心配をしなくて済むのは好都合だ。とデジレは言葉を挟みつつ。

「ルノアールが死んでいるわけだから、奴ら……払暁の団とかいう連中もこれから先本格的に動き出してくるだろう。払暁の団が何者なのかについてはいまだによく分かってない。情報元のクソ妖鬼曰く女神の聖域に至ることが目的だったそうだが、払暁、払暁ねえ……」

聖域に至ることが目的である集団の名が、払暁。

いったいどういう意味で名付けたのかと、デジレは少し考える。

かといって、そうぽんぽんと答えが見つかるはずもない。

スープを飲み終えたジュスタは、あれこれとポーチの荷物を確認しながら、

「とりあえず酒場とか色々回ってみようよ。ボクここ一度来たことあるし」

「……そういや、一度来たことがあるとか言ってたな」

「うん」

ジュスタにしてみれば、苦い記憶だ。

あの時(第六章第七話) のこと。

『知ってたよね……!? ボクの住んでいた場所が何に攻撃されたかくらい……! 帝国が攻め寄せ、乗っ取られたあと。まるで最初から共和国なんてなかったみたいに、元共和国領を"帝国"とみなして攻め寄せた……あいつらを!!』

『王子なんて階級の人間が、知らないはずないよねぇ!? 黙って仲間面しているつもりだったのか!! リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア!!』

『――もう、お前らと居る理由なんてないっ!!』

そう言って、彼らと別れたのがこの王国王都デルカールだった。

「謝らないとなあ、みんなに」

思わず、言葉が漏れた。想起した記憶からするりと飛び出した言葉がそれで、ジュスタは自分自身に驚いた。

「……謝る?」

その事情を詳しく知らないデジレは、眉根を寄せて問いかける。

「……前に一度言ったかもしれないけど。デジレと 船の上で会った時(第六章第十話) にさ。元々、ボクは王国の王子とか光の神子と離別して飛び出してきてたんだよ」

無言で食事を続けながら、デジレは目で「続けろ」と言っているようで。

もう、デジレに対して「置いていかれるかも」とか、「またバカにされるかも」とか、そういった恐怖心にも似たものはない。ジュスタは、滔々と語り続ける。

「で、さ。王都での魔狼部隊の実験をまざまざと見せつけられているようで。ボクが何のために旅に出ていたのか分かっていながら、魔狼部隊の実験を続けさせてる王子に凄く怒って。で、そのまま逃げてきちゃった」

「……それで、なんで謝る」

「それは、ほら」

思い返してみると、リュディウスはあの日辛そうだった。

ジュスタの罵倒を全て受け入れる覚悟をした目をしていた。それに甘えるだけ甘えて、言いたいことだけ言い尽くして。それで、逃げたのが自分。

リュディウスが王子だからといって、国の政治にどの程度関われるのか。

今考えれば、すぐにわかる。政治に重要視される人間が、光の神子と一緒に旅などしているものかと。

「……あの時ボクはリュディウスを信じてもよかったのかもしれない。裏付けも取れてないのにね」

「そうか」

顔をあげると、デジレは少し驚いたような顔をしていた。

なんで? と首を傾げるジュスタ。

そんな彼女に、デジレは小さく笑って最後のパンの一切れを平らげると。

「魔狼部隊のことについてはルノーを捜査する上で必要不可欠だ。王族がどの程度癒着してたのかも調べねえとまずいかもな」

と、それだけ一言呟いた。

その、意味はきっと。自分でもう一度王子に向き合ってみろと言われているのと同義で。

「……えっと。うん! そうだね! いってくる!」

ジュスタはそう言うや否や、食堂を飛び出していった。

その後ろ姿を眺めて、デジレはひとり呟いた。

「……誰かが学んでいく姿を見るってぇのは、やっぱり最高の報酬だな」