軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話 クチベシティII 『全てが意志を持ち』

魔王討伐の五英雄

聖剣に選ばれし王国の剣士――カテジナ・アーデルハイド。

彼女はとても気性の激しい女性であった。

そもそも、果たして本当に聖剣に選ばれたのかすら怪しいものである。

本来聖剣エクスカリバーは、百年に一度担い手が現れると言われている王国の至宝。

故に担い手が現れた際には光り輝き、剣の丘から引き抜けるようになる。

だが、カテジナの時は違った。

魔王の侵攻に怒りの炎を燃え盛らせ、彼女は思うがままに剣の丘へと赴いた。

その剣が担い手を求めていないことを知るやさらに怒り狂い、私を選べとばかりに強引に引き抜いた。前代未聞、そもそも凄まじい力を持つ屈強な猛者共でさえ抜けなかった聖剣を、己の無茶だけで手に入れたのである。

その瞬間、どこかあきらめたように聖剣エクスカリバーはその力をカテジナに与え、かくして聖剣エクスカリバーに選ばれたとしてカテジナは当代の聖剣使いになった。

それからというもの、王国で彼女は厚遇された。

百年に一人と言われている聖剣使い。

奇しくも、先代の聖剣使いが死んでからちょうど百年の月日が経過していた。

各国最高の実力者が集った五人パーティで、最も真摯に魔王討伐に当たろうとしていたのが彼女カテジナ・アーデルハイド。

故に、公国のSランクブレイヴァーであるアレイアとは揉めに揉めた。冒険者稼業の義務としてやってきているアレイアと、魔王を必ずやこの手で討つと剣に誓っていたカテジナ。

希望を共にする同志で組まれたパーティではないのだから多少のソゴは仕方がないといえば仕方がないのだが、それでも思考の行き着く先があまりにかけ離れていた。

アレイアとカテジナの二人が魔王軍討伐パーティにおける最初の不和であったかと問われるとそうではないのだが、亀裂に一役買ったことに間違いはなく。ヴォルフガングの制止も聞かず、カテジナは冒険者の仲間を連れて魔王城に向かった。

魔大陸というのは、カテジナが居た第一大陸とは比べものにならないほど強い魔物が沸いて出る。しかしながら彼女は聖剣の力を借りずとも自力でその殆どを凌いできた。

しかし、四天王というのはそう上手く行く相手ではなかった。

力の"メタルグラップラー"。その圧倒的な膂力の前に、仲間たちは全滅した。

技術の粋を極めたカテジナでさえ、そのストレングスの差で軽々とはじき飛ばされて苦汁を嘗めることになってしまう。

何とか一刀は加えたものの、それだけだ。

であるから彼女は、力の差にくず折れるしかなかった。

『一番力があるから、きっときみならいつかあいつを倒せるだろう』

その一番力がある彼女を守って死んでいった仲間たちはそう言った。

だから、必ず自分が倒さねばならない。

そう、心に誓って数ヶ月。

血のにじむような思いをして修練を積み、"メタルグラップラー"の居場所を見つけだしたところで、アイゼンハルト、ヴォルフガングと再会した。

『もう仲間は要らない。自分一人で奴を倒す』

『いやぁ……そうも、行きませんで』

カテジナの隣で二鎗を構える男の頼もしさは、一転して邪魔なものだ。

いつか倒すと決めたのは自分で、そもそもこの男とはすぐに離別しただろうと。

唇をかみしめ、彼らを追い払い、自分一人で立ち向かう。

メタルグラップラーは一つの村を滅ぼそうとしていた。そこにだってきっと思い出を持つ者は沢山居よう。そんなこと、四天王は考えちゃいない。

だからこそ許せなかった。自分の村もこうして魔王軍に奪われたのだから。

自分がやるしかない。一歩踏み出す。

成長していた。間違いなく、カテジナは成長していた。

だが。その修練に当てた期間、果たして向こうが実力を増さない保証がどこにあるというのか。

カテジナはまたもはじき飛ばされる。聖剣の力を借りてさえ、一人ではかなわない。

仇は。仲間の仇は。滅ぼされた自分の村の仇は。己で討つと決めたのに。

どうして自分はこうも無力なのか。

膝をついたその時、地面に映る影に思わず顔を上げる。

『まぁ……あれですわ。色々、ききました。お仲間さんの時、助けられなかったこたぁ……申し訳ねえって思ってます。けんど――』

振り返った青年の、どこか弱々しい笑顔はそれでも頼もしくて。

『――今はぼくらが、仲間でさぁ』

三人の、戦士が牙を剥く。

かくしてようやくメタルグラップラーを討伐した三人は、残り二人の仲間ともようやく合流して、魔王討伐の為に魔王城に向かい。

その、最後のダンジョンでカテジナは。

『お前らなら、仇は討てる。アイゼンハルト。今度は私が、きみを守る番だ』

罠により大量に現れた魔族を、己の命と引き替えに滅ぼした。

さわさわと流れる小川のせせらぎが耳に心地良いクチベシティの宿屋の一室。

開いた窓の向こうには清流がいくつか流れているようで、それがそのまま港に流れていっているようだ。

ネグリ山廃坑をはじめとして、このジャポネは非常に山が多いことで有名だ。

でこぼことした道を進まねばならない為に、普段よりも直線距離で時間がかかる。

そんな明日からの行程を思い浮かべながら、シュテンは一人宿屋の一室でごろ寝ついでに懐から"まおうとうばつものがたりIV"を取り出して読んでいた。

余りに自然であった為に流していた事柄ではあるが、この世界の共通言語はどうやら日本語と同じ言語のようである。微妙に形に差異があることもしばしばだが、シュテンは問題なく文字を読むことができていた。

それは元々ゲームの世界であったからなのか、それともこの世界が先にあってゲーム原作者の脳にこの世界とのシナプスでもつながったのか、そんなことは誰にも分かりはしないことではあるのだが。

それはそれとして、シュテンは花の街コマモイでしれっと購入していたその物語を読みふけっていた。

二年前、命を賭して魔王軍から平和を奪取した五人の戦士の英雄譚。

どこから話を聞いたのかは不明だが、そこそこ以上に丁寧な描写でこの作品は描かれている。非常に興味深く、記憶を頼りに整合性を確かめながらシュテンはその物語を読み進めていった。

「……しかし、これ作者ぜんっぜん知らねえ奴だな。吟遊詩人か何かかね」

オルドラ・クェルノーツ。

作者の名前はそう書かれてはいるものの、その名前に心当たりはない。

そもそもどんな人物であるかという著者紹介じみたものが皆無であるから、余計に疑問符が生まれてしまう。

本を閉じて、表裏。寝転がりながらぼんやりと眺めていると、こんこんと軽いノックの音が響き渡った。夕食を食べたばかりであるからそんなに夜遅い訳ではないが、それにしても寝るばかりになったこのタイミングで訪れるということはつまり、誰にも聞かれたくない話でもあるのだろうか。

首お傾げながら返事をすれば、入ってきたのは光の神子パーティ最年少の少女だった。

「遅くに、ごめん」

「めっずらしいなおい。そういやお前さんとまともに話したことなかったっけか」

「まあ、そうだね」

閉じた扉に寄りかかるあたり、そんなに長話ではなさそうだが。

バンダナを頭に巻いた、十歳程度の幼い少女――ジュスタ・ウェルセイア。シュテンの知る"グリモワール・ランサーII"の彼女よりも少し大人びて見える彼女は、ためらいがちにシュテンを見上げて、問いかけた。

「ごめん。ボク、昨日甲板覗いてた」

「あん? ……あー。どこまで見たよ」

「全部。……怖くなっちゃって、固まっちゃって。テツさんのことも、誰が船に来たのかも、全部知ってる。いちおうこれでも忍だから気配は消してたし、実際ボクじゃ障害にもなりゃしないのと他三人の覇気がおかしかったせいで気づかれなかったみたいだけどさ」

「んでここに来たってことは、他のみんなにそのこと黙ってるってことか」

「そういうこと」

こくりと頷いたジュスタに、シュテンは軽く腕組みをする。

別に困ることはないし、ジュスタがわざわざ敵に回る理由は無いはずだ。

では、ただただ報告に来ただけだろうかと、ちらりと彼女を見れば。

「ボクが、許せないのはあのアスタルテっていう……人じゃないみたいなあの不気味な奴だってことは分かった。ボクの故郷に落ち度があったとか、そういうのはあると思う。けど、故郷をあそこまで壊滅状態に追いやったことへの怒りは、そんなことで消えたりはしないんだ」

「……あの英雄野郎は必ず俺がボコボコにしてやるさ。帝国書院はこれから行くネブリ山に必ず顔を出す。その時に、絶対やってやんよ」

シャドーボクシングを交え、冗談めかしてシュテンは笑う。その楽しげな表情を見て、ジュスタは目を俯かせた。知っているからだ。昨日のことを。テツにシュテンが誓った、アスタルテを倒すという約束を。

今笑いながら言っていることを、彼は己を捨ててでも実行に移すであろうことを。

「……取りこぼしたら、ボクが貰う」

「おう、その意気だ!」

「……じゃなくてさ。それもそうなんだけど」

「あん?」

きょとんと目を瞬かせると、残像が見える速度で行っていたシャドーボクシングをやめるシュテン。何だ違うのかという戸惑いさえ孕んだその瞳に、ジュスタはおずおずと問いかけた。

「……デジレ・マクレイン」

「あぁ゛? あんのモノクルハゲ次会ったら蜂の巣にしてやらァ」

「急に機嫌悪くしないでよ」

「いやもう挨拶というか習慣というか恒例というかお約束というか。あいつに対して罵詈雑言を吐くのは俺にとっては生理現象と同じなんだよ」

「……いいけど。ボクはあの人が、悪い人には思えないんだ。昨日聞いた話が全て、本当だったとしても」

「悪い奴じゃぁ、ねぇだろうさ」

「……え?」

思わぬ答えが返ってきたことに驚いて彼を見れば、シュテンは視線を壁にかかった鬼殺しに向けていた。ジュスタも、追うようにしてそちらを向く。綺麗に磨かれたあの大斧は、いつ見ても頼もしさを感じる。だが、それがどうかしたのだろうか。

「どんなに強ぇ奴と打ち合っても、そんなに刃こぼれとかしねえんだけどさ。あいつの大薙刀と戦う時だけはガリガリ削れてよ。柄の部分とか若干、凹んでるだろ? あれ武器に詳しい知り合いに整えて貰ったんだが、その前はもうぼろっとしちまっててよ」

「は、はあ……」

「まあそれだけに、アイツがどれだけ必死扱いてんのかは分かんのよ。俺が探してるものの研究もすげえしてたし、そういう意味じゃ尊敬すべき相手なのかもしんねえ。潰すけど」

「……」

「……魔族を嫌う理由も、きっとちゃんとあんだろ。珠片取り込めたってこたあただの人間じゃねえんだろうし……それにお前さんを助けた時ぁ真っ当な魔導司書だった。知ってっか? 教国でお前さんが行き倒れてた時、倒れてるお前さん挟んで俺とあの野郎戦闘勃発寸前だったんだぜ?」

「えっ!?」

「あいつが動かねえ理由が一瞬わかんなくて、ちょいと聞いてみたら案の定。しかも自分からお前さんを助けると来た。だから一時休戦。……悪い奴じゃあ、ねえよ。ぶっ殺すけど」

「……ええぇ」

若干ヒキ気味のジュスタだが、言葉そのものは伝わったらしい。

一つ頷くと、シュテンを見据えて言う。

「テツさんは、スゴく良い人だと思う」

「あいつぁもうなんか善の塊みてえな野郎だろ」

「ボクは前にデジレ・マクレインに助けて貰ったし、共和国での一件も見直す良い機会になった。あのあと一度共和国に戻って、状況整理してきたんだ。そしたらやっぱり、帝国が一方的に悪い訳じゃないってことも分かった。やりすぎたのは許さない。けど、仇はボクの個人的なものでいいんだって分かったのは、あのデジレ・マクレインのお陰でもある。盲信的に共和国の残党に尽くすのは辞めた。……だから」

「……ふむ?」

「ボクにそんなこと言って、自分は任務だからって仲間を斬るようなことは許したくない。だから……テツさんに、謝らせる」

「ほう」

顎を撫で、少々目を丸くしながらもシュテンは頷く。

心に何かを決めたように真摯にシュテンのほうを向き、ジュスタは言葉を続けた。

「その時に、きちんとお礼も言いたい。助けて貰った礼、してないから。だから、シュテン。今日言いに来たことは一つ。言いに来たというか、お願い……じゃないな、やっぱり言いに来ただ」

「あん?」

「そんな訳で、デジレ・マクレインを殺される訳にはいかないんだ」

「却下ァ!!」

「って言うと思ったからだよ……。うん、そういうことで。船で盗み聞きしちゃったこと、本当にごめん。けど、ボクは必ずデジレ・マクレインに謝罪させる」

それだけだから。

そう言って、ジュスタは踵を返す。

ノブを開いて、廊下に一歩足を踏み出して。

そこで、背後から声を聞いた。

「まあ……あれだ」

「え?」

相変わらずベッドの上にあぐらをかきながら。シュテンはにかっと笑って親指を突き出した。

「あの野郎が頭下げるとこは見たいからよ。応援してるぜ! 願わくば、俺がアイツをぶっ殺さないうちにな!」

「……当然」

こくり、と無表情に頷いて。

今度こそジュスタは部屋を出ていった。

ふぅ、とシュテンは一つ息を吐いて、もう一度ベッドに寝転がる。

「ま、今日はもう来客はねえだろ。さ、寝よ寝よ」

ごろりと寝返りを打ち、扉のほうに背を向けて。

そんなに時間を立てずに、シュテンの寝息が聞こえてきた。

そして。

「……あー、これは予想外だったわ」

夢の中で。

シュテンはぼりぼりと後頭部を掻きながら苦笑い。

「もう来客はねえと踏んでたんだが……まさか夢の中に出てくるたぁな」

夢の中のシュテンは鬼殺しを担いで、薄く桃色がかったその空間の中たった二人。

目の前に立つ少女は、頬をほんのりと染めて、潤んだ瞳をその白魚のような青白く細い指で拭いながら。

とてもうれしそうに、微笑んだ。

「死ぬ前に、お会いしとうございました。……シュテンさま」