軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話 クチベシティIII 『夢の中で』

魔王討伐の五英雄

公国唯一のSランク 冒険者(ブレイヴァー) ――アレイア・フォン・ガリューシア。

その名からも分かるように、彼女は公国名家の出身だ。膨大な魔力を持て余し、煩わしい家のしきたりを嫌ってその身一つで飛び出した剛胆な人物。当時、 齢(よわい) 十二であったにも拘わらず、ランク授与試験において破格の数字を叩きだし最初からCランク 冒険者(ブレイヴァー) としてデビューした、公国においての著名人だった。

そもそも 冒険者(ブレイヴァー) とは、身元を保証する代償として有事には公国の為に働くことを義務づけられた存在だ。その拘束の厳しさは本来ランクがあがるにつれて緩和されていくはずのものではあったのだが、流石にこと魔王軍相手では事情が違った。

名だたるB、Cランクの 冒険者(ブレイヴァー) たちがあっさりと殺されていく現状で、最高戦力であるAを野放しにしてはいられなくなったのである。

おかげで、とアレイアは言う。

そのおかげで、当面の生活に困らない程度の金銭を手に入れることができたと。

好きに生きる。

そう、人生の目標を掲げていた彼女だ。

魔王軍の討伐などどうでもいいにしろ、舞い込んでくる依頼を片づけて世界を巡るのは楽しかった。

そして、討伐した魔族の中には魔王軍の中核を担う者も居て。

楽しく戦いの中で生きているうちに。彼女はいつの間にか、気がついたら。

公国冒険者協会(ブレイヴァーズ) 唯一のSランク。事実上の頂点へと上り詰めていた。

そんな彼女の"好きに生きる"という目標は、奇しくもその自由を謳歌出来ていた理由である 冒険者協会(ブレイヴァーズ) によって打ち砕かれる。

あまりにも強大な魔王軍。

それを相手取るにあたって 冒険者協会(ブレイヴァーズ) 、ひいては公国、五カ国協議は。特例としてSランク 冒険者(ブレイヴァー) であるアレイアを呼び出し、彼女を以て魔王との戦いに終止符を打とうと考えた。

五カ国協議にて選ばれた五人の戦士。

その中で彼女は"最高の後衛"ともてはやされ、もはや殆ど意志の介在しないままに魔王討伐の一員として組み込まれてしまった。

正直な話、アレイアは魔王軍に国が滅ぼされようがギルドがなくなろうがどうでもよかった。もう十分生きるに足る財は手に入ったし、魔が支配するようになったところでアレイアは止められない。であればこそ魔王討伐の旅も、さっさと家に帰るためにやる、くらいのテンションでしかなかった。

そして、魔王討伐に向ける気持ちの温度差と個々人の確執と、その他諸々で構成される何かのせいでこじれにこじれた関係は当たり前のように崩壊して。

あっさりと別々の道をたどることになる。

アレイアはしばらくの間、以前と同じように 冒険者協会(ブレイヴァーズ) の依頼を利用して生計を立てていた。

優秀な武具を取りそろえ、様々な魔族の討伐に乗り出して。

しかし、中途で事件が起こった。

アレイアが拠点にしていた街に、魔王軍の襲撃があったのだ。

その時彼女は依頼で少し外にまで出ており、帰ってきた時にはすでに戦火のまっただ中であった。あわてて駆けつけたものの、すでに壊滅一歩手前。

そしてアレイアが現れた途端、攻勢は一転した。

瞬く間に魔王軍を追い返した一人の少女に対する感情は決して英雄へ向けたそれではなく。魔王討伐の為に旅をしている"はず"の少女がこの地にいて、噂に違わぬ実力をもっていながらどうしてこんな風に街が崩壊してしまったのかという負の感情であった。

アレイアは強い少女であった。それこそ、公爵家を飛び出すほどに。

であるから、彼女は民衆たちの言いぐさに、ふつうに腹を立てた。

なんで自分が強いからといってこんなことをしなければいけないのか。助けられただけありがたく思え。助ける義務なんてない。五カ国の勝手のとばっちりだ。文句を言うなら自分でやれ。

さんざんに領民を罵り、往来で喚き散らし、その全てが本当のことで。

本当のことだからこそ、寂しくなった。

助ける義務などない。 冒険者(ブレイヴァー) としての依頼を実行しただけだ。強いから守れなどおこがましいにもほどがある。

好きに生きたかっただけなのに、どうしてこんなことになっているのか。

必要以上に力を手にしてしまったから? だとすれば自分の努力というのは、まるで自助になっていないのではないか。

魔法の力なんて、無駄なものだったのではないか。

唇を噛みしめて、俯いて。

そこで、一人の子供が前に出てきた。何事かと思えば、ぺこりと一人頭を下げて。

『お姉ちゃん、ありがとう』

思わず目を見開くアレイア。その子供は自らが泊まっていた宿の看板娘で。そして、助けられずに死んだものだと思っていたから。

と、その背後から聞こえてくる足音に、ふと振り向く。

『本当にもう一度この女に声をかけるのか……?』

『…………』

『前衛三人じゃあ、やれることもたかがしれてるんでさぁ。あの戦火の中にあって、怪我人の救助しか、出来るこたぁ無かった』

見覚えのある、三人。その内の一人、青年のほうに宿屋の少女は駆け寄っていく。

『みんなを助けてくれて、ありあとぉ!』

『いやぁ、鎮火は全部そこの姉ちゃんがしてくれたことで。ぼかぁ、大したこた出来てませんや』

それでも、と首を振って頭を下げてから、少女はぱたぱたとどこかへ走り去ってしまった。あっけに取られたアレイアに、青年――アイゼンハルトは。

『好きに生きるってぇ目標の為にも……あの魔王軍ってえのは障害でしょうや。どうですか、ここぁ一つ……ぼくらの。魔王討伐ってぇ依頼を、受けてくれりゃあしませんか。S級冒険者……アレイアさん』

『あんた……』

困り顔で、手をさしのべるアイゼンハルトはぼろぼろだ。

あの程度の魔王軍相手に苦労するほどの実力ではないことを考えると、街中での人命救助にどれほど必死だったのかを思い知らされる。

一つため息を吐いて、アレイアは。

『……きざったらしい奴ね。いいわ、その代わりあたしは好きなだけ魔王城荒らしを楽しませて貰うんだから』

軽く笑って、その手を取った。

魔王城に突入し、いつもいつも仲の悪かったカテジナや、無口ながらもみんなをつないでくれていたヴォルフガングの死を歯を食いしばってこらえ。アイゼンハルトとランドルフだけが残った戦場で、魔王が隠し持っていた一度だけの即死魔法を、アイゼンハルトを庇って受けた。

『好きに生きるってことは、好きに死ぬってことなのよ。楽しかったわ、アイゼンハルト。……五人は、あたし至上、最高のパーティだった』

「フレアリールちゃんだと思った!? 残念女神さまでしたー!!」

と突然目の前の少女の皮が脱ぎ捨てられて褐色のねーちゃんが出てくるって展開はなさそうだ。

「え!? え!?」

「すまん、何でもない」

「は、はい……」

さってと……。

女神のそれとは違う、若干桃色がかった可愛らしい空間。

ただ別に何かものがあるとかそういうことは無さそうだ。色が違う以外に女神の聖域との大した違いは見られない。ってわけで、俺は今目の前の女の子と二人きり。

やたら見覚えのある、な。

「見た目はあんまり変わってなさそうだな」

「え、ぁ、はい……もう少し、大人になりたかったなって思います……」

青白いくらいに色素の薄い肌。黒く長い髪。黒と赤であしらわれた、ワンピースドレス。赤い瞳は大きく睫も長く、全体的に愛らしい印象を受ける。

周囲に尋常でない覇気が漂っていることを除けばの話だが。

さぁて、毎度現場のシュテンでっす。現場がどこだかはっきりしねえのは珍しいパティーンな感じだが、まあまあ何とかなるやろこれたぶんきっと。害意がありそうな空間じゃねえし。今んとこは。

開始一発目で訳の分からん発言をしたからかものっそい困惑状態の中にいて、汗吹き出しながらわたわたしている少女を見ているのは大変微笑ましいんだが話が進まん。

「で、ここどこ」

「あ、えっと……疑似魔工空間です」

「よくわからんがきみの私物だと理解したからいいや」

「えっと、はい。……申し訳ありません。シュテンさまをお呼び立てするなど……。この身をお好きに八つ裂きにしてください」

「しねえから。なんだそれは。悲しそうに両手を広げるんじゃあない。やらねえって」

「……そ、それではその……貧相な体ではありますが、お召し上がりになられますか?」

「罰を与える気はねえからほんのり頬染めて近寄ってくんな。何歳だよお前いつ覚えたんだよそんな言葉。……ああっと、お前フレアリールちゃんでいいんだよな?」

「はい……覚えていただけただけで、わたしは……貴方様のフレアはうれしいです……」

胸の前で手を組んで瞳を閉じる少女もといフレアリールちゃん。

目開いた時にドアップで居てやろうかな。

……うん。言うな。

なんかちょいちょい覚えの無いプラスツッコミどころ満載の台詞をこの幼女がくっちゃべってることには俺も気がついてんだよ。気がついた上でどっからツッコメばいいのかわかんねえんだよ。

「それでシュテンさわっひゃう!?」

「いえーい」

「び、びっくりしました……いきなり、その、すてきなお顔が目の前にあって」

「違う。思ってた反応と違う」

何ちょっとうっとりしちゃってんの。

俺あれだよ、顔に関しては昔ヒイラギに「自信満々にどんな料理にもオリーブオイルかけそうな顔よねあんた」って悪口しか言われたことねえんだぞ!

お世辞にしか聞こえんわ! ってかこれ顔の悪口じゃねえよなあの駄尻尾。

「……貴方様のフレアは、幸せです」

「あん?」

「死ぬ前にこうして、願いが叶ったのですから」

「うん、その辺だよねまずツッコミ入れたいの」

「ふぇ?」

うん、ふぇじゃないね。

「まず"貴方様のフレア"ってなに」

「"貴方様のフレア"は、"貴方様のフレア"です。あの日わたしフレアリールは、シュテンさまにお命を救われたばかりか……お慈悲として、大きな力をもお与えくださいました。血に、欠片。わたしはもう一度死んで、貴方様のものになったのです」

「重い重い重い。俺そこまで大したことしてねーから」

「いえ! シュテンさまはわたしの命を救ってくださったお方です……! 貴方様が居なければどのみち死んでいました。ですからこの生は貴方様の為にお捧げしようと……思っていたのです」

「あ、うん、そっちも聞きたい。なに、死んでんのきみ」

「……まだ、大丈夫です」

弱々しく微笑んだフレアリールちゃん。

ゆっくりと俺のほうに歩みよってくると、すっげえナチュラルに手をとって、自らの頬に当てた。

「あったかい」

「……」

「……」

「いや事情説明しろよ!?」

「え、あ、はい。い、一応生きておりますという意志表示を――」

「回りくどいわ! 死んだ死んでないの報告よりもお前さんの訳わからん言動についてもの申したいんだが!?」

「……申し訳ありません。今、わたしはネグリ山廃坑の地下三十五階におります」

「え、そんな深くなかったろあそこ」

「造りました」

「すっげえな」

「お誉めに与り光栄です。……それで、わたしは強くなろうと戦いを続け、あのダンジョンのトップにまでなりました。全ては、シュテンさまに尽くしたいが為。……だったのに……あの……クソが……!!」

「おっ?」

女の子がしていい顔じゃないぞ? 八重歯むき出しだぞ? お?

「あ、失礼いたしました。……それで。わたしはあのダンジョンに召喚される前は、魔大陸の血族のもとで生きておりました。彼らの掟として、"敵を増やさず、奴隷を増やす"というものがあるのです。表世界で吸血鬼という存在は秘匿すべきもの。こと人間に対して吸血鬼ということが割れれば、それは余計な外敵を増やすことと変わりませんから」

「あー、あのときもそうだったか」

「ヴァンパイアハンターも、その一つ。本来全てを支配するべくして生まれた闇の血族が、他の種族に支配されるなど屈辱でしかない、と。……わたしは、そんなことよりもシュテンさまのお力になりたかった。けれど、血族の長や吸血鬼ハンターたちに、わたしという存在が露見してしまった以上……消されるのは時間の問題です」

「吸血鬼が大挙して襲いかかってくる、か?」

「他にも、いろいろ。 冒険者(ブレイヴァー) も最近は腕があがってきましたし、あのダンジョンから出られないわたしは、もう」

「……ふむ」

吸血鬼の血族は秘匿されるべき闇の支配者、ねえ。

いやまあかっこいいけど。つまんねえ生き方してんなあ。

「ジャポネに結界を張っていたら、シュテンさまの反応がありましたので。思わず、気づいたらこうして招いてしまっておりました。申し訳ありません。とても、嬉しくて」

「泣くな泣くな」

手を頬にふれさせたまま、つう、と伝う滴。

いやまあ死が眼前に迫ってりゃそうなるわな。まだ九つかそこらだろこの子。

右頬に当てられた左手とは逆の、右手で彼女の頬をはさみこむ。

「ふにゅ」

「わっざわざ俺ぁお前さんとこに行く為にこの島戻ってきてんだ。もうちょい踏ん張ってろ。すぐに向かって、どうにかして外に連れ出してやる。な?」

「い、いけません!」

俺の両手を振り払い、フレアリールちゃんは悲しそうに言う。

首を振って、悲壮感さえ漂わせて。……なんね。

「吸血鬼の長は……グラスパーアイは……そんなに甘い相手では……それに、帝国書院や冒険者たちまで、くるって……」

「なぁフレアリールちゃん」

つんつんと指をつき合わせる彼女の頭にぽんと手をおく。

子供ってな、安心させてやるのが一番だ。

「俺ぁ二百年前、グラスパーアイをボッコボコにした……伝説の妖鬼だぜ?」

「え?」

「伝説の妖鬼は適当に言った。でもあいつをボッコボコにしたのは事実だ。あの社畜ヘッド、やっぱりまだしぶとく生きてやがったか」

「え、え?」

「帝国書院最強の男も仲間に居る。グラスパーアイより強い俺が居る。お前が命を尽くそうとしてくれてんのはありがてえが、それ以前にこの前お前を"偶然にも"庇ったのは俺だぞ? 信じてみろよ、"シュテンさま"を」

「シュテン……さま……」

「なぁに、あっさりお前さん助けて……そうだな、魔界の知り合いに会えば、何とかなるかもしんねえな。友達の導師が何とかしてくれる」

「どう……ええ!?」

「大丈夫大丈夫、大船に乗ったつもりでいろ。待ってろよ……すぐに行く」

最後に、フレアリールの頭に軽くチョップを入れて。

目を閉じれば、やはりというべきか自然に意識が抜けていく。

……起きたら、さらっとネグリ山に向かいますか。

総力戦の予感がしやがるぜ。

「……シュテンさま」

ぽつりと最後に呟かれた彼女の声は、決して安心しきった者のそれなどでは、なかった。