軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勝利の後

眼前の敵が消滅したことで、トールは止めていた息を一気に吐き出した。

先ほどまで軽々と振り回していたはずの剣が、とてつもない重みとなって腕を地面へ引っ張っている。

持ち上げようとして、まるっきり力が入らないことに驚く。

気がつくとトールの両腕は、凄まじい熱を放っていた。

腕だけでなく腰や肩、足首から背中と、全身が鉛のように重く熱い。

今、座り込むと二度と立てない気がして、トールは濡れた肌から蒸気が立ち昇る体を無理やり起こした。

何とか剣を鞘に収めてみたが、腕は熱だけでなく明らかにむくんでいた。

おそらく数ヶ所に、筋断裂が起きているのだろう。

ゆっくりと湧き上がる痛みに、トールは内心で<苦痛緩和>の特性に感謝した。

水の棘で何度も貫かれたのに、まともに動けたのもその恩恵に違いない。

静かに息を整えながら、トールはつい今しがたの自分の動きを思い起こす。

モンスターの間合いに入ってから、剣を振るったのは二秒にも満たない時間だ。

十までは数えていたが、その先は無心となったため不明である。

だが結果からみるに、少なくとも三十回以上は斬りつけたようだ。

最高速状態の連続<復元>に、<筋力増強>を加えた結果、凄まじい連撃が生まれたのは確かであるが、その反動もかなりのものであった。

次からは<復元>を一回分は必ず残しておこうと、ボロボロの体で固く誓うトールだった。

四連続の<反転>で魔力を使い果たしたであろう少女を心配して、トールは首を回して振り返る。

ぐったりと座り込む少女のそばには、いつの間にか子どもが付き添っていた。

「だいじょうぶか、ソラねーちゃん! いったいだれにやられた?」

「だ、だめ。ゆ、ゆすらないで……、ムーちゃん」

「カタキはムーにまかせろ! いまはやすらかにねむるのだ」

「し、死んでないから。まだ生きてるよ!」

トールがそばまで行くと、ムーが嬉しそうな顔で走り寄ってくる。

「すごかったぞ、トーちゃん! さすが、ムーのトーちゃんだ」

「動いて平気なのか? ムー」

「うん、ゴッツンしたけど、ムーはじょうぶだからな!」

「痛くはないのか? ちょっと見せてみろ」

訊かれた子どもはごそごそと胸のあたりに触れていたが、ヒョイと何かを引っ張り出す。

それは防具屋の店主にもらった革の小さな巾着であった。

ソラの<反転>もあったが、これのおかげで無傷で済んだようだ。

小さく安堵の息を漏らしたトールは、子どもの金髪の巻き毛を乱暴に撫で回す。

笑い声を上げながら、ムーはその太ももに強く抱きついた。

笑みを浮かべていた子どもだが、ふと気になったのか巾着の紐を緩め中を覗きこんだ。

その紫色の大きな瞳が最大限に開かれる。

「ト、トーちゃん……」

「どうした、ムー?」

「お、おはな丸のごはんが……」

「ああ、魔石が砕けたのか?」

「ムーはもうダメだ、トーちゃん。カ、カタキを。ソラねーちゃんのはあとまわしでいいから、ムーのカタキを」

「いや、さっき取っただろ。ほら、後で直してやるから自分で歩け」

ようやく力が戻ってきたトールは、しがみついてくる子どもに言い聞かせて歩かせる。

モンスターに壊されたのなら、<復元>で何とかできるはずだ。

近づくトールの足音に気づいたのか、少女は青ざめた顔を持ち上げて力なく笑ってみせた。

「よく頑張ったな、ソラ」

「うん、がんばったよー。もっとほめてー」

「お前がいなかったら、たぶん勝てなかった。助かったよ」

その言葉に少女は満足気に頷いて、そのままガックリと力なくうつむいた。

気力を使い果たした少女を抱き上げて、トールは立ち上がる。

その様子にようやくロロルフたちが、我に返ったように動き出した。

「あっちの天幕は濡れてねえはずだ。そこならトールの兄貴と嬢ちゃんも横になってゆっくり休めるぜ」

「俺も持とうか? トールの兄貴」

「いや、一人で大丈夫だ。あと俺には弟はいないはずだが」

「あんな凄え闘いみせられたんだ。もう兄貴って呼ぶしかねえよ」

「アニキ? トーちゃんアニキなのか?」

「そうだぜ、トールの兄貴だ! いや、マジで言葉なくしたわ」

「そうですね。<復元>スキルも心底驚きましたけど、あれほどの剣の使い手だったとは……」

ガヤガヤと男たちの取り巻きを引き連れながら土手に近づくと、すでに双子たちが天幕の荷物を出して場所を開けてくれていた。

トールにくっつく元気な子どもの姿に、タパとタリはホッとした顔になる。

そして、深々と頭を下げてきた。

「……うかつな手出し、すまなかった」

「……恐ろしい剣の冴え、感服した」

「結果的に無事だったんだ。次は気をつけてくれればいいさ」

トールの返しに、二人は小さく頷いて互いの目を合わせた。

男臭いテントにぐったりとしたソラを寝かせ、トールは天幕の入り口に座り込む。

全身が疲労していたが、熱と疼きのせいで横になって休める状態ではない。

結局、そのまま耐え続けたトールは、一時間後に使用可能となった<復元>を使って、ようやく人心地を取り戻した。

倒された天幕の方も片付けが終わり、石の竈も無事に元通りになったようだ。

温めた麦酒に青柚子の皮を落とした飲み物を、ロロルフたちが運んできてくれる。

「もうすっかり元気そうだな、トールの兄貴」

「ああ、心配をかけたな。ところで、あの赤水の邪霊だが……」

「それだよ。なんで湧いたのか、さっぱりわかんねえんだよ」

「二年近く使ってるけど、この河原じゃ見たことねえからなぁ」

赤水の邪霊は精霊の力が多い場所でしか発生しないため、出現する河原はほぼ決まっているという話であった。

まれに川面に湧いて漂ってくる可能性もあるが、今回はいきなり河原に現れたのでそのパターンとは違うようだ。

「こんなことに巻き込んじまって本当に済まない。なんと謝ればいいか」

「いや、予想外のことは仕方ないさ。そんなことまで気にしていたら、キリがないぞ」

「…………ありがてえな、トールの兄貴」

「心配しなくても、川スライム狩りはちゃんと続ける予定だから安心しろ。美味しい狩場でもあるしな」

「あ、兄貴!」

「だからお前らみたいな、でかい弟なんぞしらん」

うっすらと浮かんだ涙を照れ隠しで拭ったロロルフたちは、麦酒の入ったジョッキをいっせいに掲げた。

「じゃあ橋の完成が近づいたことと、新しい兄貴の誕生に」

「新しい兄貴に!」

「乾杯!」

苦笑いしつつジョッキを傾けるトールの耳に、不意に背後から小さな悲鳴が飛び込んできた。

瞬時に振り返ると、起き上がったソラが驚きの顔で手元を見つめている。

トールの視線に気づいた少女は、目をまんまるにしたまま手にしてた物――赤い縁取りの冒険者札を持ち上げた。

「見て、トールちゃん! とうとう、たまったよ!」

ソラの持つ冒険者札の表面からは、スキルポイントが二千を超えた証である光の点が二つ輝いていた。