作品タイトル不明
お嬢様の正体
「えっ、ニネッサさんとベッティさん、姉妹だったの!?」
「いいえ、正確には従姉妹ね。ニネッサ姉さまのお母上は、私のお父様と兄妹なのよ」
「そっかー。でも、よく見たら姉妹だって言われても、納得するかも」
ニネッサの地肌のほうがやや濃い色であるが、高い鼻筋やどこか猛禽類を思わせる眼光は並べてみると瓜二つである。
同時にその眼差しは、トールの苦手なある人物にもそっくりであった。
ニネッサの伯父にあたる人物、つまりサッコウ副局長だ。
赤髪をなびかせたベッティーナは、何も言わずじっと目をそらさない。
その赤みを帯びた瞳は父親によく似ていたが、サッコウほどの凄みはなく、むしろ不安げに揺れているので別人のようである。
しばしそのまま見つめ合った二人だが、先に口火を切ったのはベッティーナのほうであった。
「ごめんなさい、騙す気はありませんでしたの」
「お嬢様、説明はわたくしが――」
「いいえ、結構よ。これは私がきちんと説明すべきことなの」
「……元気にしてたか、幼い子よ」
「……ふむ、相変わらずそうだな。幼い子よ」
「おー、おっちゃんたちげんきしてたかー?」
「……ああ、これは土産だ」
「……オークの戦旗を切り取ってきたものだ」
「おー、なんだこれ!」
翠羽族の双子が差し出してきたのは、小さな赤い三角旗であった。
きちんと子どもが持ちやすいよう短い旗竿が付いている。
ムーが目を輝かせたのは、その旗に描かれていた黒い模様だった。
どうやら 獣鬼(オーク) の横顔のようだが、見様によっては角を伸ばした甲虫にも見えなくない。
口をまんまるに開けた子どもは、旗を手にしたままその場で何度も跳び上がる。
喜びに溢れるムーの姿に、双子はもとから細い目をさらに細めた。
「ちょっと空気読みなさいよ、あんたら」
「ですから、わたくしが説明いたしますと」
「兄ちゃん、可愛い妹にはお土産ないんですか?」
「ほら、これでも食べてなさい」
「お、蜂蜜飴ですか。うんうん、懐かしい味ですよ」
「ソラ様もどうぞ」
「はーい、ありがとうございます」
少女たちに飴を配り始めたゴダンを、ベッティーナは赤い目で刺すように見つめた。
「こんにちは、トールさん……」
「忙しい中、よく来れたな。そういえばガルウドとは話せたのか」
「はい、馬車の席で少しだけですが……」
竪琴を胸に抱きしめながら、はにかんでみせる蒼鱗族の乙女はサラリサ。
破れ風の荒野でトールたちの案内役を務めてくれた奏士だ。
現在はたまたまベッティーナたちの獣鬼の岩屋砦発見に居合わせたため、そのままお嬢様のパーティに強引に組み込まれてしまっていた。
「ちょっと、まだ話が――」
「長くなりそうなら、移動の時で構わないか? お前たちも忙しい身だろ」
「う、それもそうですね」
ベッティーナたちも期限付きで、獣鬼の岩屋砦を攻略中である。
そうそうのん気に打ち明け話をしてる余裕はない。
今回は若手五人組と、ベッティーナらの五人。
それとトールたち四人と、"白金の焔"からは五人の計十九人という有り様だ。
「ところで、そっちの残りの連中は良かったのか?」
「うーん、誘ったけど断られたよぉー。そんな得体が知れないのは嫌だぁーて」
ダダンの境界街に属する金剛級は八人。
ここに居ない残り三名の内、一人はラムメルラの姉であるリコリで、残り二人は紫眼族の戦士と雷使いだ。
「来たくないなら仕方ないな。じゃあ、出発するか」
今回は前衛であるストラッチアやゴダンらを先頭にして、まず傾斜路に入らせる。
そして前衛向きの侵入呪詛が発生したところで、トールたちもすかさず通路に入るやり方だ。
<肉体虚弱>の呪いは二層目であっさりと発動したので、全員が<肉体強靭>を得ることができた。
<硬直持続>は闘技を放った際にしか関係がないので、そこからは前衛後衛を分けて呪詛を受けていく。
「じゃあ、本来なら金剛級の実力持ちってことか」
「え、ええ。本国の査定ですが……」
央国を取り囲む六大国は、その神宮にある大本殿で実力を認めた人間にランク付けをしている。
境界街においてはランクの査定はバラバラであるが、この本国の定めたランクはたいていはそのまま通用するほどに信頼度は高い。
だが飛び入りで高ランクになってしまうと、一から上り詰めた冒険者との軋轢が生まれやすく問題にもなっていた。
「それで、あえて下から始めたと」
「ええ、そうですの。お父様の威光を笠に着たと言われても癪ですし、私自身の力を示してみたかったのですわ」
トールが何も言わずに見つめると、赤毛のお嬢様は心苦しそうに顔を伏せてしまった。
そういうことにしておけと、父親に言いつけられているようだ。
おそらく出会いの不自然さからして、そこから仕組まれていたのだろう。
小鬼の洞窟で二組しか予約が入らなかったり、血流しの川でタイミングよく登場してリシを捕らえてみせたのも副局長の差金に違いない。
そして思惑はどうであれ、それが大きな助けになっていたのも間違いはない。
軽く息を吐いたトールは、あえて今は騙され続けることにした。
「わかった。俺としても別に迷惑を被ったわけでもないからな。これからもよろしく頼む」
花を咲かせるように、ベッティーナの顔に笑顔が浮かぶ。
そして革手袋を外した左手を差し出して、握手を求めてきた。
「はい、よろしくお願いしますね」