作品タイトル不明
狂った予定
「わ、こんな小さい子の冒険者、ボク初めて見たですよ!」
目を丸くして張り上げたクガセの声に、ムーは両耳を押さえてしゃがみこんだ。
そして次に、慌てて小さい手で両目を隠す。
「ねぇ、何してんの。あ、かくれんぼ?」
またも頭上から降ってきた声に、ムーは顔をしかめて耳を手で覆った。
だが、すぐにまた目を手で隠してしまう。
まぶたを閉じていても、まだ眩しいようだ。
「ね、どうしたの。具合悪いの?」
しつこく話しかけられた子どもは、目を両手で塞いだまま顔をあげると唇を尖らせた。
地面に丸まったまま、小声でクガセに注意する。
「もっと、ひそひそで!」
「え?」
「もっと、ひそひそでしゃべって!」
「ご、ごめん」
「ムーちゃん、今ちょっとビンカンなんですよ」
小声で謝るクガセに、足音を殺して近寄ったソラがそっと耳打ちする。
「そうなんだ?」
「はじめまして、ソラっていいます」
「ボクはクガセ。よろしくね」
「もう、おしゃべりならあっちでして!」
ムーに怒られた二人は顔を見合わせると、慌てての忍び足で瓦礫の陰から離れた。
すでに巣の入り口周りの蟻どもは片付けられ、巨大な飛竜がすぐそばに堂々とうずくまっている。
その傍らには荷物の受け取りを終えたトールが、ストラッチアやニネッサと何やら話し中だ。
ユーリルとラムメルラは、飛竜の騎乗師を交えて仲良くお喋りしている。
そちらへ向かいながら、クガセは心配そうに隣の少女へ話しかけた。
「あの子、大丈夫?」
「もう少ししたら慣れるんじゃないかって、ラムさんが」
「慣れる?」
「えーと、色々とありまして」
地上に戻ってから全員の侵入呪詛を一気に反転させたのだが、最後にムーの<感覚鈍化>をひっくり返した結果、<感覚鋭敏>に変わってしまい、あんな状態になってしまったというわけだ。
状態の悪化ではないのでラムメルラでも治療できず、トールの<復元>も特性に関わることは戻せない。
仕方がないので、感覚に慣れるまでそっとしておこうという話になったのだ。
二人が戻ってくると、ラムメルラが会話を打ち切って小走りに駆け寄ってきた。
開口一番に、ムーの具合を尋ねる。
「あの子、どうだった?」
「まだ、もうちょっとぽいですね。でも、だいぶマシにはなってるみたいです」
「ふぅ。そう、なら良かったわ」
心配そうに眉を寄せて尋ねてきたラムメルラに、ソラは嬉しそうに微笑んだ。
呪詛を反転した直後は、耳を押さえて地面をコロコロ転がるほどの大騒ぎだったのだ。
「ムーちゃんを気遣ってくれて、本当にありがとうございます、ラムさん」
「そ、そんなに心配なんてしてないわよ。こ、これは、そう、あの子が早く元に戻らないと、リコリが治してもらえないからよ!」
「そうですね、私も頑張ってお手伝いしますから、きっとお姉さんも大丈夫ですよ」
「う、ありがとう……。きつい言い方をしてごめんなさい」
素直に謝ってみせる同僚の姿に、クガセはまたも目を丸くした。
他のパーティの人間と、こんなに打ち解けているラムメルラの姿は初めてであった。
「ねー、いったいどうなってるんですか? 呪いは大丈夫なんですか? おっちゃんもすっかり元気そうだし」
矢継ぎ早に質問を繰り出してきた茶角族の少女に、ラムメルラは困ったように唇を引き結んだ。
呪詛の解除に関してはトールと密約している手前、おおっぴらに明かすわけにいかない。
どうごまかそうかとラムメルラが思案していると、三人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、ちょっと来てくれ」
「はーい」
子犬のように駆け寄るソラに続いて、ラムメルラとクガセも足を速める。
すでにトールとニネッサ、ストラッチア以外に、ユーリルと騎乗師の女性も揃っている。
ムーを除く全員が集まったことを確認して、トールは口を開いた。
「予定が少し変わったので、その連絡をしておこうと思ってな。今日は人数を増やして、もう一度潜ることにするぞ」
トールの当初の計画は、こんな感じであった。
まず最初の二日は、呪詛を反転させながら蟻を皆殺しにしてスキルポイントをできるだけ貯める。
そうして得た特性と強化した枝スキルで、三日目に五層の迷宮主を倒して呪いを固着させる。
その後、一度追加の食料を受け取りに地上へ戻り、反転させた特性が剥がれていないか確認する。
これが消えていた場合は、またも五層まで潜り迷宮主を戻して倒し、呪いは反転せずに固着させてから地上に戻る算段だった。
蟻の巣のモンスターの再発生は三日単位なので、何度も移動することを考えての計算である。
あとは一日かけて六層でスキルポイントを稼ぎ、五日目に仕上げたスキルと連携で真の迷宮の主を倒し切るという作戦だ。
そして迎えに来たガルウドの馬車で街へ戻り、昇級の認定を受けるといった予定であった。
途中で反転させた特性でも無事に固着していたので、本来ならこのまま六人で五層へ戻るはずであった。
しかし、そこでささやかな問題が発生したというわけだ。
目の色が変わるくらいストラッチアを心配していたニネッサに、呪詛の件を気づかれてしまったのだ。
その辺りは昔から知り合いということで、口止めをきちんとしていなかったトールの対応も不味かったが。
結果、詳しい話を聞いたニネッサも同行したいと言い出す。
しかも出来れば最後までと。
そこでストラッチアとニネッサがなぜか言い合いになり、トールが仲裁に回る羽目になる。
普段は揉めた素振りもないカップルの様子に、只事ならぬ雰囲気を感じ取ったトールは妥協案を模索する。
そして最終的に、全員の強化をやろうという話に一時的に落ち着いたのだ。
「じゃあ、今からニネッサさんたちも一緒に?」
屈託のない笑みで嬉しそうにソラが尋ねる。
知り合いの手助けをできるのが純粋に嬉しいのだろう。
ユーリルも特に異存はないのか、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。
「その……、良いんですか?」
遠慮がちに聞いてきたラムメルラに、トールは顎の下を掻きながら頷いた。
「ぐだぐだと話し合って時間を食うほうが勿体ないしな。それに俺のほうも呼ばせてもらうから、気にするな」
返答に首をひねるラムメルラの前で、騎乗師が飛竜の首を下げさせ操縦席に足をかける。
「えーと、馬車を操ってた人だよねぇー?」
「そうそう、今日は訓練場に集まってるはずだから、まとめて連れてきてくれ」
「はーい、まかせてー」
羽ばたき出した飛竜から、急いで全員が離れる。
手を振りながら飛び去った飛竜艇を見送ったトールは、振り向いてラムメルラたちに告げる。
「じゃ、戻るまで、そこらの蟻で検証しておくか」