作品タイトル不明
騒がしい到着
辛うじて残る石壁の向こうから、数匹の蟻が次々と身を現す。
さらに瓦礫の下に潜り込んでいた蟻どもも、触角を蠢かしながらトールへと向かってくる。
陽の光を浴びた琥珀蟻たちは、その体を透き通らせて眩しく照り返す。
間近に迫る美しいモンスターの群れに、トールは地の底で見るのとは大違いだなと冷静に眺めていた。
「 疾(と) く、 睡(ねむ) れ――<冷睡>」
落ち着き払った美声が響き、トールに迫っていた蟻どもは糸で繋がったように一時に動きを止める。
そこで終わりではなく、さらに澄んだ声は連続して新たな祈句を奏でた。
「 霧(き) り、 塞(ふさ) げ――<凍晶>」
体内で発生する冷温系の魔技とは違い、周囲の空気ごと凍えさせる冷気系は当然ながら立ち尽くしていたトールも巻き込む。
たちまち蟻と一緒に、その全身が冷気に包まれ凍えていく。
むき出しの顔が白く染まり、唇が固まって瞬時に動かなくなる。
またたく間に肺まで入り込んだ冷気は、体内の温度までも一気に下げてしまう。
何とか暖を取ろうとして小刻みに震えだした体が、息を大きく吸い込むよう命じてくる。
とたんに胸元から喉にかけて、無数の小さな針に刺されたような痛みが走った。
「……これは、きついな」
ボソリと感想を呟きながら、トールは急速に遠のいていく意識をなんとか奮い立たせ命令する。
――<遡行>。
全身が五秒前に戻り、トールを襲っていた冷気も煙のように消え失せる。
まだ少しだけ冷えた空気は周りに残っていたが、この程度であれば許容範囲である。
温かな体に戻れたことに、トールは静かに安堵の息を吐く。
先程までの震えは、嘘のように引いていた。
そして周囲の凍りついた琥珀蟻どもを、哀れみの眼で眺める。
軽く蹴飛ばしてみると、目を覚ました蟻はゆっくりと這いずりだした。
年老いた犬のように動くモンスターの頭部へ、トールは容赦なく剣鉈を振り下ろした。
残りも片付けながら、振り向いて感想を求める。
「どうですか、ユーリルさん。<魔巧上昇>は?」
「ええ、素晴らしいですね。効果は小さいと仰ってましたけど、ここまで効き目があるなんて」
下枝スキルの魔技二回で、琥珀蟻二十匹近くをあっさり戦闘不能に陥れたのだ。
恐ろしいほどの成功率だとしか言いようがない。
「それに今の<魔力注入>を使ってないんですよ」
さり気なく明かされた事実に、トールは思わず眉を持ち上げる。
効果や成功率が低くなる<対象分散>は、<魔力注入>で数倍に高めての併用が基本だ。
どちらも能動特性なので一時間に五回しか使用できないのだが、セットで使わなくてもよくなると戦略の幅が大きく広がることとなる。
同じく能動特性の<凍芯貫通>も増えているので、大幅な強化と言えよう。
ユーリルの得た新たな特性は、このような感じである。
<魔巧上昇>――保有者の魔技の成功率を上げる。
発動:自動/効果:小/範囲:自身。
他のメンバーだと、ストラッチアの<反動増加>はこうなった。
<反動減少>――保有者の武技の使用反動を減らす。
発動:自動/効果:小/範囲:自身。
さっそく闘気をためて<炎転示罪>を嬉々として放っていたが、目眩と集中低下がいつもより弱く、また時間も短くなったそうだ。
上枝武技は、一段階上げるのに数万のスキルポイントを要する。
それが特性一つで、二段階ほど上げた感じになるのは、効率がとてつもなく良いという結論であった。
ラムメルラの<範囲収縮>は、こう変わった。
<範囲伸長>――保有者の魔技の効果範囲を伸ばす。
発動:自動/効果:小/範囲:自身。
もとより戦闘域に近寄れない水使いは、いかに遠くから支援し治療するかが肝である。
そのため魔技の効果範囲を広げるのはとても重要なのだが、それが一気に広くなって安全圏の確保が楽になったのことだ。
次にムーの特性だが――。
<感覚鋭敏>――保有者の感覚を鋭くする。
発動:自動/効果:小/範囲:自身。
シンプルな説明だけあって、その効果もシンプルであった。
ただし単純な分だけ、効果は強烈なようだ。
何とか動けるようにはなったが未だにムーの機嫌は悪く、見かけたお尻は手当たり次第に叩く始末である。
そして最後はトールとソラの<樹精不和>の反転結果だが、中々に有効な特性へと変わっていた。
<樹精親和>――保有者の魔技の威力・効果が上昇する。
発動:自動/効果:小/範囲:自身。
この特性はなんと、魔技全般の効果自体を上げてくれるのだ。
そのためトールの<遡行>は、こんな感じになっている。
<遡行>――戦闘に関わった対象体を、過去の状態に戻す。
レベル:7/使用可能回数:一時間五回/発動:瞬/効果:五秒以内/範囲:接触
増えた回数と時間も驚きではあるが、最大の注目箇所は効果の五秒以内という表記だ。
これまでは強制的に指定された時間へ戻されていたが、それが感覚的に選べるようになったのだ。
何とも頼もしい変化である。
ソラの場合も、二本の枝スキルは現状このような感じである。
<反転>――対象の攻撃・効果を反転させる。
レベル5/使用可能回数:一時間十一回/発動:瞬/効果:九割以内/範囲:認識
<固定>――対象の攻撃・効果を固定させる。
レベル5/使用可能回数:一時間十一回/発動:瞬/持続時間:九秒以内/範囲:認識
<反転>の効果に至っては、ほぼ十割に近い数値となった。
さらに両方の魔技とも、トールの<遡行>と同じく数字を任意で選べるようになっている。
もちろん、今はスキルポイントが足りてないので同時に使うことはできないが、著しい戦力の増強と言えるだろう。
ただ、<固定>の枝を伸ばせるだけ伸ばしてみたが、新たな枝コブが生まれなかったのがソラには不満であったようだ。
「これで新しい枝が生えていたら、完璧だったのにねー」
「いや、選択肢が増えすぎると迷いが出るからな。まずは今の技能を鍛え上げる方を優先しよう」
あれこれと試すうちに三時間ほどたち、再び上空から騒がしい音が聞こえてくる。
飛竜の羽音に交じっていたのは、大声で喚く男どもの声だった。
「おーい、トールの兄貴ー! ごぶさたー!」
「まだ着かねぇのかよ! は、早く下ろしてくれ!」
「お、女の子がいっぱいだぜ、兄貴」
雷三兄弟どもの到着である。