作品タイトル不明
検証、再び
地面に転がる大蟻の死骸を、ラムメルラはしげしげと眺めた。
やはり完全に息絶えている。
しかし、これといった外傷は全く見当たらない。
手を伸ばし触れてみるが、身体はすでに固まってしまったようで動こうとしない。
どう考えても、絶命しているようだ。
ラムメルラの常識では、モンスターを倒すには切ったり叩いたり燃やしたりが大前提であった。
あんな短い詠唱の魔技で、傷もつけずに殺したなど信じようがない。
だが目の前のモンスターの死骸は、これ以上はないほどの事実だ。
ダダンの境界街唯一の金剛級の水使いは、しみじみと呟くしかなかった。
「…………凄いのね、氷の魔技って」
「ラムさん、みてみてー」
のんきな呼びかけに顔を上げたラムメルラの視界に飛び込んできたのは、モンスターの頭部辺りでゴソゴソしていたソラの笑顔であった。
その手にあったのは、取り立ての蒼玉蟻の宝玉だ。
右手で支えた青く輝く石を、左手の甲をラムメルラに向けた状態で指の部分にかざしている。
おそらく指輪を模したつもりだろうが、宝玉が大きすぎて薬指は完全に隠れてしまっていた。
「重すぎて、ちょっとしんどいですね」
「ふふふ、無理がありすぎるわね。こっちならお勧めよ」
笑みを浮かべながらラムメルラは、頭を覆っていた薄衣を持ち上げる。
その下から現れたのは、中央に真っ青な宝玉をあしらった額冠だった。
魔石灯の鈍い光を、鮮やかに跳ね返して眩くきらめている。
「うわ、きれー!」
「綺麗だけどそれだけじゃなくて、状態の異常を防ぐ効果もあるのよ。ソラもそれで作ったらどう?」
「はー、いいですね。うん!」
少女たちが他愛もなく盛り上がってる隣で、トールは黙々と検証を始めていた。
まずは一人で石蓋に触れて、六層への通路が無事に開くか確かめる。
同時に自分の技能樹も確認して、現れた呪詛の名を調べる。
出てきたのは――。
<樹精不和>――保有者の魔技の威力・効果が下降する。
発動:自動/効果:小/範囲:自身。
すかさず<遡行>。
次の瞬間、トールの体は穴の上へ戻り、石蓋に触れた事実も消し去られた。
呪詛がちゃんとなくなったのを確かめたトールは、もう一度穴に降りて石蓋に触れる。
しかし二度目でついた呪詛も、同じく<樹精不和>であった。
残り使用回数は二回のため、あとは不慮の事故に備えて残していく必要がある。
思わしくない結果に顎の下を掻きながら、トールは全員を呼び寄せた。
「先に六層へ行こうと思う」
「先にとは?」
「呪詛だけ受けて、すぐに戻る予定だからな。石の蓋には触れないようにしてくれ」
「はーい」
「おはな丸で滑って良いのか!?」
「危険だから止めとけ。ほら、トーちゃんが抱っこしてやるから我慢しろ」
荷物は置いたまま、一行は細い傾斜路を下りて六層へ向かう。
到着と同時に守りの泡が弾け、侵入呪詛<喪失過剰>が技能樹の根元に加わった。
五層の呪詛<抵抗弱体>もあえてそのままだったので、状態の異常もかなり授かってしまったが。
ラムメルラにさっくりと治してもらい、トールたちは通路を引き返して五層へ戻る。
「よし、次は石の蓋にさわって固着させるぞ」
「こうか? トーちゃん」
ムーに発現した呪詛は<感覚鈍化>であった。
同時に限定であった呪いが、ことごとく永久へと変わる。
ただしトールの目でも、その違いは判然としない。
「次はストラッチアだ」
「我が身がいくら呪われようと、この魔導の眼が――」
「いいから、さっさと触れ」
赤毛の剣士の呪詛は、<反動増加>。
上枝武技を放つと、かなり酷い目にあってしまうようだ。
「ラムメルラは<範囲収縮>か。今のところ、全員違っているな……」
水系魔技の多くは、成長とともに効果の範囲が広がっていく。
そこを封じられるのは、かなりの痛手である。
それともう一つ、トールはこの呪詛に見覚えがあった。
ラムメルラの姉、リコリの技能樹にも同じ呪いがあったのだ。
「ユーリルさん、お願いします」
「はい、では失礼して」
灰耳族の女性に現れたのは、<魔巧低下>という名前の呪詛だった。
これも初めての呪いだ。
説明によると、魔技の成功率を下げる呪詛らしい。
「最後はソラだな」
「うん、触るね」
トールに肩を支えてもらいながら、ソラは素早く石の蓋に手を伸ばした。
仮に<技能禁制>が来たら、即座に戻す準備である。
ソラの<反転>が封じられた時点で、予定が全て狂ってしまう。
が、結果は<樹精不和>であった。
「ソラは俺と同じか。ふむ、もう一度試してみるか」
「試すですか?」
「石の蓋を戻して、迷宮の主を復活させる。そうすれば、また呪いが受けられるだろ」
傍から聞けば狂人のたわごとであるが、ラムメルラはもう何も言わず黙って頷いた。
ユーリルの呪詛だけは魔技の成功率に関係があるので、先に反転しておく。
<魔巧低下>は<魔巧上昇>へと変わった。
全員が配置についたのを確認してから、トールは石の蓋を元の位置に戻す。
ゆっくりと起き上がりかけた蒼玉蟻は、またも一瞬で体液を凍らされて息絶えた。
すぐ脇に剣士が控えた状態だったため、距離を詰める必要もなく紅玉蟻も切り刻まれる。
倒し終えたあと、再び石の蓋に触ったトールは失望の息を漏らした。
技能樹の根元に変化が見られなかったためだ。
念のため、全員に触ってもらうが結果は同じであった。
「ここは、一人一つまでなのか……。何か条件があるのか」
「次はどうされますか?」
おずおずと尋ねてきたラムメルラに、考え込んでいたトールは顔を上げる。
「そうだな。時間もないし、先に確定しておくか」
「確定?」
「ああ、上へ戻ろう」
現状、分かっていることは五層までの侵入呪詛は無作為だが、二度とも種類は同じであった。
<魔力不良>、<体力低下>、<抵抗弱体>、<回数制限>、<成長阻害>の五つだ。
もう少し試す必要があるが、この五種に固定されている可能性は高い。
六層以降であるが、前回は<喪失過剰>と<闘気半減>であった。
今回は<喪失過剰>だったので、これも同じ種類しかない可能性がある。
五層の永久呪詛は、トールとソラが同じであとの四人は個別。
<技能禁制>は誰も現れなかった。
ここだけは多様であるが、法則性らしきものもあるようだ。
ただこれ以上を突き止めるには、試行回数や被験者を増やす必要が出てくる。
一行はモンスターがすっかり消え失せたダンジョンを、黙々と地上へ向かって歩き出した。
特に問題も起きずに、あっさりと地上へたどり着く。
こちらの結果は良好であった。
気になっていた限定の呪詛を途中で特性に反転した場合であるが、無事に消えずに残っていた。
六層で受けた呪いもちゃんとある。
どうやら五層の呪いは、呪詛と特性を区別せずに固着してくれるようだ。
わざと<抵抗弱体>や<喪失過剰>は残しておいたのだが、要らぬ用心であった。
それとトールの上書きも上手くいったようで、<復元>の使用可能回数は十二回のままであった。
全員の残った呪詛をムーとソラに反転してもらっていると、頭上から大きな音が響いてきた。
瓦礫をどけると、突風とともに飛竜が舞い降りてくる姿が視界に映る。
三日目の正午に追加の食料を持ってきてくれるよう、あらかじめ頼んでおいたのだ。
ただしそれ以外も運んできてくれたようだ。
飛竜艇から聞こえてきたのは、若々しい女性たちの声であった。
「おーい、おっちゃん生きてるー?」
「無事ですか、王子!?」