軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五層、再戦

低く耳障りな羽音が、纏わりつくかのように鳴り響く広々とした空間。

ぽっかりと開いた地の底の空洞で、待ち構えるのは青と赤の二匹の大蟻だ。

さらなる地下へ進もうとする侵入者らを、その身で阻む門番どもである。

「さて、今回は数をこなしたい」

「意味がよくわかりません」

「ここの特性は網羅しておきたいからな。なので上枝武技はナシだ」

前回はストラッチアの< 炎転示罪(えんてんじざい) >で、全く労せず大蟻どもを仕留めることができた。

しかし強力な上枝スキルの武技は、代償としてかなりの反動を伴う。

連戦には向いていないというのが、トールの判断であった。

見せ場を禁じられたストラッチアは、何も言わずに静かに頷いてみせる。

眼帯に触ることさえしない。らしくない態度に、トールは軽く顎の下を掻いた。

今日を含めて三日間、普段はそれなりに騒々しいはずの赤毛の剣士はほぼ無言であった。

何も言わずに前を歩き、出会った蟻をただ黙々と切り捨てるのみである。

おそらく先日の敗戦で何かを感じ取ったのだと思うが、その内面まで今は踏み込んでいる暇はない。

次の予定も差し迫っているので、トールは作戦の説明を続けた。

「赤いのは俺とストラッチアで。青はちょっとばかり手こずりそうなので、ユーリルさんお願いできますか?」

「はい、お任せください」

あっさりと了承してみせた灰耳族の女性に、ラムメルラは驚いて目を見張った。

大きな伸びる翅が真っ先に目を引く蒼玉蟻であるが、実はその身体にはほとんどの状態の異変を跳ね除ける耐性が備わっている。

行動の阻害を得意とする氷使いとは最悪の相性だ。

思わず口を挟もうとした蒼鱗族の少女に、ユーリルはニッコリと笑いかける。

とたんに氷の彫刻のような人離れした美貌が崩れ、無条件で他者を魅了する笑顔が現れた。

安心させるようなユーリルの眼差しに、ラムメルラは口にしかけた言葉を呑み込んだ。

「ソラはユーリルさんの補助を、ラムメルラは何かあれば撤退の指示を頼む」

「トーちゃん、ムーのでばんは?」

「ムーはいつものだ」

「らいらい!」

広間に男二人が踏み込むと、たちまち門番どもは動き出した。

額の紅玉が閃き、赤い光が立て続けに撃ち出される。

同時に羽音を響かせた蟻が、青い残像と化して頭上から襲いかかった。

「 切(き) れ 失(う) せよ――<寒失波>」

すかさず唱えられたのは、<冷睡>の上位に当たる中枝スキルの魔技だ。

眠りをもたらすだけだった下枝とは違い、こちらは対象の体温を大きく奪いとり、急激な思考と行動の低下を招くことができる。

しかし翅を広げたモンスターは、何事もなかったかのように飛び続けた。

そのままトールを切り裂こうとして、寸前で見えない壁にぶつかったように向きが変わる。

杖を持ち上げたソラが、安堵したように息を吐いた。

大きく旋回した蒼玉蟻は、天井付近へ戻ると新たな獲物へと無機質な眼球を動かした。

モンスターの敵対心が、無防備な後衛に移ったこと。

そしてそれを阻むための氷を操る魔技が全く通じてない様に、ラムメルラは静かに息を呑んだ。

広場の奥では、赤い光が次々とトールたちの身体に突き刺さっていく様子が見える。

すでに吸収の限界を超えたのか、ストラッチアの腐龍の鱗鎧も白く染まっていた。

どう見ても時を惜しんでの無謀な突撃で、自滅しているようにしか思えない。

ここは今すぐ逃げるべきだと、少女の本能がうるさく喚き立て出していた。

しかしこの三日間、数々の信じ難い光景を見せられ続けたラムメルラの理性は、その恐怖をギリギリで押し留めた。

深く息を吸いこんだ少女は、絶対の守りを誇る魔技をいつでも放てるように身構えた。

その隣で、銀の髪を揺らしたユーリルもまた肺の奥まで息を吸う。

この三ヶ月半、ひたすら繰り返した修練は、二本の中枝スキルを完枝の状態までにたどり着かせてくれた。

そこに花開いた果実の名は<凍芯貫通>。

雷精樹の<雷眼看破>や炎精樹の<心意炎昇>のように、氷精樹固有の能動特性だ。

その効果は、次に放つ魔技の絶対なる発動。

さらに――。

「すべからく凍えよ――」

だが祈句を唱え終わるのを、悠長にモンスターが待つ義理はない。

凄まじい勢いで迫りくる巨大な蟻は、たちまち少女たちの視界を専有する。

同時に急激に耳の中で、背筋を痺れさせるような重低音が響き渡る。

しかし、その音は不意に鳴り止んだ。

一直線に向かってきたはずの大蟻は、あとわずかな距離で縫い付けられたように宙に留まっていた。

恐ろしい顎をむき出しにしたまま、空中で身動き一つできずにいる。

そこへ完全な死をもたらす魔技が、指し示す杖の先へ冷然と放たれる。

「――< 凍全至獄(とうぜんしごく) >」

内部に作用する魔技の効果は、外からではよく分からない。

全く変わらぬモンスターの見た目に、ラムメルラはゆっくりと唾を呑み下した。

手を伸ばせば届きそうなほどの距離に留まる醜悪な蟻の姿を、固く杖を握りしめたまま瞳をそらさず見つめ続ける。

そして数秒後。

ポトリと蟻は地面へ落ちた。

仰向けとなり、その六本の脚は中央へ向かって丸まってしまっている。

体液を全て凍らされ絶命したその姿に、ラムメルラは強張っていた背中の力をようやく緩めた。

そして広間の奥でも、すでに決着は付きかけていた。

赤光で散々撃ち抜かれたはずの二人だが、伸ばされたトールの手が紅玉蟻に触れた瞬間、全ての損傷が煙のように消え失せ元通りに変わる。

あとは剣の間合いまで近づけた剣士どもの独壇場だ。

鏡に映る一対の像のごとく左右から剣を振りかざした両者が、甲殻を脚を触角を次々と斬り刻んでいく。

ストラッチアの二対の刃が嵐の如く荒れ狂い、トールの振るう刃が白い軌跡の残像を生み出しながら的確に外殻を打ち砕く。

わずか十秒足らずで、赤い装甲は無残に破壊され破片を派手に飛び散らせた。

その猛攻に発狂しかけたモンスターであるが、あっさりと以前の状態に戻されてしまった。

傷も少し消えるが、その上からさらなる斬撃が重ねられていく。

容赦なく振り下ろされる刃の前に、迷宮の主の体は為す術もなく蹂躙された。