作品タイトル不明
蟻の巣攻略二日目午後
四層の特典は<回数増加>であった。
おかげでトールの<復元>は十二回まで増えた。
ソラの<反転>も十回になっている。
どうやら八回以上になると二回増え、それ以下だと一回だけの増加になるようだ。
トールの<遡行>はレベル5になった時点で、巻き戻せる時間は三秒、回数は四回となった。
もっと増えてほしいところだが、これまで登場した呪詛は全て効果が小であり、それ以上の呪いは今のところ確認できていない。
おそらく全階層に侵入呪詛を発生させるためには、その辺りが限界だったのだろう。
魔力、体力ともに余裕があり、魔技の使用可能回数も増加された。
となると、脅威的だったはずの蟻の巣の難易度は、嘘のように下がってしまう。
午前中で大型蟻にもかなり慣れたせいか、午後からの四層の攻略は調子よく進んでいた。
その中でも一際、抜きん出る活躍を見せていたのは――。
「 冴(さ) え 凍(こお) れ――<冴凍霧>」
凛とした祈句の言葉とともに放たれた冷気の渦が、今まさに動き出そうとしていた蟻の群れをひと足早く包み込む。
たちまち発射口が凍りついた黄玉蟻たちは、何も出来ずに動きを止めた。
厄介な飛び道具持ちが封じられれば、あとはさほどの相手ではない。
流れるように振るわれるストラッチアの剣と、絶え間ない斬撃を繰り出すトールの動きで、あっという間に蟻どもは片付けられた。
体力不足を心配されていたユーリルだが、ここに来てさらに大きく勝利に貢献するようになっていた。
中枝スキルだけでなく、<氷床>で地面ごと脚を凍らされたり、<凍晶>で身動きが一瞬で取れなくなったりと、下枝スキルでさえも目覚ましい仕事ぶりである。
確かに風系や土系の魔技も、頼もしい強化はしてくれる。
しかし前衛がモンスターを屠れる力を十分に有している場合は、行動を阻害する魔技のほうが戦闘の時間はより短縮されるようだ。
そもそも本来であれば氷系魔技は、温度を下げることで動きを鈍らせる程度の役割しかない。
だがそれは、極端に偏った育成を施された技能樹の主には当てはまらないと言える。
<魔力過大>という、己の体力を捧げてまで得た膨大な魔力。
それを同じような魔技の効果を高める代わりに、より多くの魔力を消耗する短所を抱えた<魔力注入>。
この二つが結びつくことで、地味なはずだった魔技は凄まじい真価を発揮しつつあった。
「生命の樹の 御主(おんあるじ) よ。昏迷に陥りし子らに、一滴の雫をお与えください――<水濶>」
もちろんその活躍は、さらに支える存在があってこそだが。
ラムメルラに失った体力を回復してもらったユーリルは、涼しげに銀の髪をなびかせて礼を述べる。
「ありがとうございます、ラムメルラさん」
「いえ、どういたしまして。その……氷精樹の魔技がこれほどまでとは、思っておりませんでした」
「ふふ、この辺りでは、使う人はあまりおられませんからね。それに今回は、相性も良い相手でしたので」
実は蟻どもは、寒さにあまり強くない。
巣の内部が異常に暑かったのも、モンスターが活発に動けるための環境だからであろう。
「ユーリルさん、はい、こっちもどうぞ」
にこやかな顔でソラが差し出してきたのは、カップに入った黄金色の液体だった。
甘い匂いが強く漂ってくる。
「あら、ありがとうございます、ソラさん」
「いえいえ、まだまだたっぷりありますよ。はい、ラムさんもどうぞ」
「ありがとう、いただくわ」
カップを受け取った二人の女性は、嬉しそうに微笑みながら優雅に口をつける。
軽やかに飲み干した二人は、タイミングを合わせたように満足げな吐息を細くついた。
そして視線を交わすと、再び笑みを浮かべあう。
ソラが持ってきたのは、実は緑玉蟻の腹部にある蜜である。
発見したのは言うまでもなく、ムーとソラの腹ペコ二人組だ。
食べるところがないと言われた蟻だが、それでも二人は諦めなかった。
何度も死骸をひっくり返したり突いたりしながら可能性を探り続け、とうとう四層で巨大な腹部を持つ蟻に出会えたというわけである。
試しに口にしたところ、あまりの甘さにソラたちは驚く。
ムーなどは蜜に顔ごと突っ込んで溺れそうになったほどだ。
そして蜜には味だけでなく、隠された効能があった。
飲んでいると、疲れが取れ体が軽くなってくるのだ。
どうやら体力を癒やす成分が含まれているらしく、それ以降は全員が水の代わりに飲むようになった。
食いしん坊たちの執念の勝利である。
水使いの魔技に加え、甘い蜜の手助け。
これらによりユーリルの魔技は、一層容赦なく蟻どもを蹂躙していく結果となる。
午前中にあった不安は見事に払拭され、結果として日没に差し掛かる頃には四層の掃討も無事に終わる。
倒せた蟻の数は八百匹を超えた。
獲得したスキルポイントは一万二千近い。
前日の倍以上である。
思わぬ結果をもたらしてくれたユーリルの背を見つめながら、感心したようにラムメルラは呟いた。
「トールさんが主力だと、おっしゃっていたのも納得ですね」
しかしその言葉さえもまだ勘違いであったことを、少女は次の階層で思い知ることとなる。