作品タイトル不明
蟻の巣攻略二日目午前
魔石灯の投げかける光に浮かび上がるのは、通路を塞ぐ青緑色の盾どもだ。
硬質の輝きを放つ平面たちは、ほぼ隙間なくきっちりと並んでいる。
そのため、壁と呼んでも差し支えがないほどの見事な障害物と化していた。
まるで何人も通すまいと固く示された意志が、強い圧迫感となって現れているかのようだ。
生半可な仕掛けでは、突き崩せそうにない強固な守り。
そこへスルスルと足を運ぶのは、抜身の白い剣をぶら下げたトールだ。
その身を覆うのは白い鱗鎧のみで、他に大層な防具は身につけていない。
いくら盾そっくりとはいえ、そのまま体当たりでもされれば無事には済まないだろう。
しかしトールは平然とした足取りで、壁の前までたどり着く。
あまりにも無防備なその様に、人を食らう本能が抗いきれなかったのか。
それとも、安い挑発とでも受け取ってしまったのか。
一匹の翡翠蟻が堪えきれずに、頭部をもたげて大きな顎をあらわにする。
たわんでいた脚が伸び、眼前の獲物へと一気にかぶりつく。
それはどう足掻いても逃れ得ぬ距離のはずだった。
次の瞬間、トールはなぜか二歩下がった位置に立っていた。
同時に空をむなしく噛んだ蟻の顎が硬い音を立てる。
この近さで距離を間違えるはずはない。
そして間抜けな獲物であったはずのトールにも、地面を蹴った形跡や身を翻そうとした動作は一切見られなかった。
だが結果として、トールは全くの無傷であり、堅牢だったはずの壁にほころびが生まれた。
今度は一瞬で距離を詰めるトール。
突出した翡翠蟻の側面へ、すかさず踏み込む。
白刃が閃き、頭と胸を繋ぐ部分を強打されたモンスターは大きくよろけた。
そして、慌てたように前に出ようとした隣の蟻へぶつかる。
反対側の蟻も飛び出そうとしたが、こっちは逆に地面に縫い付けられたように動けない。
この時点で小さなほころびは、大きな穴へと変わった。
穿たれた穴へ踊り込んだのは、密かにトールの背後についていたストラッチアであった。
地面を蹴った黒い影が、軽々とモンスターを飛び越える。
円を描く二枚の刃が、容赦なく盾どもを背後から蹂躙した。
あまり広くはない通路に密集していたため、互いの頭部が邪魔で簡単に方向を転じることができないのだ。
「 疾(と) く、 睡(ねむ) れ――<冷睡>」
むろん、待ち構えていたのは剣士だけではない。
崩れ去った盾の壁の奥、そこに潜んでいた水晶の棘を生やした蟻どもを視認した瞬間、間髪容れずにユーリルが眠りの魔技を放っていた。
しかし、ほんのわずかだけ遅かったようだ。
眠りにつく寸前、石英蟻どもはいっせいに体を震わせて振動を発生させた。
「うぎゃにゃぁぁぁ!」
耳を押さえて、コロコロと地面を転がるムー。
感覚器が鋭敏すぎるための悲劇である。
「もう、もうおこったぞ! いかりどてんぱだ!」
立ち上がったムーは、可愛くこぶしをつくり両目をギュッと閉じる。
子どもの体内で、魔力が激しくうねりを上げ始める。
最高潮に高まった力は、紫の電撃となって頭部から一時に飛び出した。
ほぼ間を置かず、蟻どもの水晶の棘が強振したかと思うと、無数の亀裂が生じる。
そして、次から次へと割れ落ち始めた。
その信じ難い光景と、満足げに頷くムーを交互に見ながら、唖然とした顔でラムメルラは問いを発する。
「今、何したのよ、おチビ!」
「えっと、ビリビリだぞ」
「いやいや、どう見てもおかしいでしょ。なんであっちが壊れるのよ!」
「うーん、ムーがてんさいだから?」
「聞かれても分かんないわよ!」
おそらくムーが使用したのは<電探>だと思われたが、あんな結果になるのはどう考えてもあり得ない。
"白金の焔"にもかなり有名な雷使いは所属しているので、ラムメルラもそれなりに雷系の魔技には精通している。
だからこそ子どもがやったことが、常識から外れすぎていると理解していた。
「電力が過剰になったせい……? 確かに魔力は増えていたようだけど。でも……」
「ラーねえちゃん、しんぱいしょうか? おしり、こんなにやわらかいのにな」
「そこは関係ないでしょ。あと揉むな!」
二人が騒いでいる間に、トールとストラッチアで蟻どもの始末は終わった。
蟻の巣へ侵入して二日目。
三層で受けた侵入呪詛も<体力快復>へ反転して、攻略は順調に思われた。
しかし大型蟻が混じりだし、またこの層から一気に広くなったため、やや攻略のペースは落ちつつあった。
それと意外な事実も判明した。
やっとユーリルの体力不足が解消されたと思われたが、そう簡単にはいかなかったようだ。
実はユーリルは幹果特性である<魔力過大>を有している。
これは一見、<魔力増大>とよく似た特性であるが――。
<魔力過大>――所有者の体力を犠牲にして、魔力を最大以上に引き出す。
発動:自動/効果:大/範囲:自身
よくよく見るまでもなく、怪しげな部分がついている。
この犠牲云々は呪詛のようでもあるが、全体が恩恵として認知されてしまっているらしくソラの<反転>でも対象外となる。
非常に有益な特性なので、多少の欠点は飲み込めということだろうか。
今回の場合、体力の上限は増え回復も早まったが、それも全て魔力へと変換されてしまっているらしい。
さらにユーリルの場合、<成長促進>により魔技を使えば使うほど魔力の上限は高まってしまう。
なので相も変わらず、疲れやすさはあまり変わっていないとのことだ。
もっとも、そのおかげで中枝スキルの魔技を連発しても、魔力不足に陥らない凄まじい状況にはなっているが。
通路や小部屋を隅々まで回りながら、トールたちは蟻どもを駆逐していく。
この層あたりから<電探>を妨害する石英蟻が増えたのだが、ムーが言うにはそれで逆に蟻の居場所がわかってしまうらしい。
<電探>で見つけるよりもハッキリしないが、なんとなく邪魔されている位置がぼんやり掴めるのだと。
ラムメルラ曰く、これも普通じゃあり得ないらしいが、ムーの鋭さは破れ風の荒野で実証済みなので、トールたちからすれば納得できる話であった。
そんな感じで昼過ぎには、何とかあらかた片付けることができた。
残っているのは四層への傾斜路近くにある大部屋と、分岐した回り道の先にある小部屋だけである。
前回、中央の柱を崩した部屋はきちんと元通りになっており、数十匹の蟻どもが律儀に待機していた。
さすがにこの量は、まともに相手をするにはやや危険である。
かといって個別に通路に引き込んで倒すとなると、かなりの時間を要するだろう。
「先に小部屋から回りますか?」
「いや、ここはすぐに済む」
「……分かりました」
そろそろ驚くのに飽いていたラムメルラは、了承の言葉だけを短く返した。
予想を超えてくることばかりとはいえ、状況から素早く学び対応できなくては金剛級の冒険者を名乗る資格はない。
どうするのか傍らで見ていると、トールは前回と同じく壁に触れて何かを探り出した。
それから矢継ぎ早に指示を下す。
「ユーリルさんは向こうの入り口を塞いでいただけますか。ソラはこっちに逃げてくる奴を止めてくれ」
「分かりました」
「まっかせてー」
「では、行きますよ」
次の瞬間、中央の柱がいきなり崩れ落ちた。
当然、しがみついていた乳石蟻どもは、一度に振り落とされ土へ埋もれる。
同時に天井に大きなヒビが次々と走り出し、今にも落下寸前の様相を帯び出す。
「 仇(あだ) と咲き乱れよ――<霜華陣>」
視界が開けた寸刻を見逃さず、即座にユーリルが詠唱を行う。
部屋の異変に気付いた蟻どもがいっせいに動き出すが、一匹が罠に触れ巨大な氷柱が奥の出入り口を覆ってしまう。
モンスターたちは逃げ場を求めてこちらへ殺到してくるが、今度は先頭の翡翠蟻が突如、立ち止まり後続を押し留める形となる。
その隙にトールたちは通路の奥へと逃げ、タイミングを計ったように崩落が始まった。
凄まじい音響が轟き、蟻の群れはまたたく間に瓦礫に押し潰されていく。
土煙がおさまった後に現れたのは、完全に埋もれてしまった大部屋の光景だった。
ダンジョンの入り口を突破する際に、すでに同様の行為は見せられているので驚きは少ない。
それでも以前と全く同じ眺めを事もなげに再現してみせたトールを、ラムメルラは畏敬の眼差しで見つめた。
そしてふと、ある事実を思いつき言葉を詰まらせる。
「……もしかして、前回この作戦を提案したのって、……こうすることを考えて……?」
問われたトールは何も答えず、ただ唇の端を小さく持ち上げてみせた。