作品タイトル不明
やり直し攻略
「え、うちの神殿所属じゃないの!?」
隣に座る少女へ、ラムメルラは驚いたように声を張り上げる。
すでに発着場を出発して三十分以上が経ち、トールたちは存分に空の旅を満喫していた。
歳が近いということで、まだ話題が共通すると思ったのだろう。
蒼鱗族の少女が話し相手に選んだのは、同じく雨晶石がついた杖を持つソラであった。
そして水系魔技とは全く関わりがないと知らされて、思わず声が漏れたという次第である。
「はい、わたしの技能樹は空神様の系統ですよー」
「あ、もっと砕けた喋り方でいいわよ。話しにくいでしょ」
「えっと、それじゃ、ラムメ……メラさん?」
「ラムでいいわ。私もソラって呼ぶわね」
「はーい、ラムさん」
ラムメルラは今年で十九歳で、ソラの二つ上となる。
土使いのクガセが十八歳なので、ともにAランク最年少コンビと呼ばれていた。
魔技においては飛び抜けて優秀な二人であるが、実戦での経験がやや足りておらず、そのため前回の威力偵察への参加となったようだ。
もっともラムメルラには因縁があり、クガセには土が剥き出しのダンジョンは相性が良いという理由も大きかったようだが。
「で、どうしてその杖を?」
「これ? えーと、水いっぱい出せて便利だからだよ」
「ハァ?」
正直なソラの返答に、またもラムメルラは素っ頓狂な声を漏らす。
そして何を言ってるのかよく分からないといった顔をしたあと、トールへ問いかけるような視線を寄越した。
「そういえば、打ち合わせがあまりできてなかったな。軽く紹介だけも済ませておくか。ソラは基本的に俺の補助だ。使える魔技は<反転>と<固定>」
「プイッと向きを変えたり、ピタッて止めたりできるよー」
「そうなの。その……、凄いわね」
戸惑うラムメルラへ、誇らしげに胸を張ってみせるソラ。
その肢体は、黒鋼製の胸当てと沼地蜘蛛のローブという真新しい防具に包まれていた。
嵐砂の巨人を退治した報奨金で買い揃えた品々だ。
比較的重量のある黒鋼だが、後衛用に合わせて薄めに作ってあるため、胸をピッタリと覆うデザインとなっている。
沼地蜘蛛の糸で編まれたローブは陽に当たると透けるほどに薄いが、かなりの靭性があり着心地と防御性能を兼ね備えた一品だ。
ともに既成品を若干、手直したものだが、あわせて金貨二枚ほどの出費となった。
「あっちの船首に座っているのが、ユーリルさん。氷使いでうちの主力だ」
「えっ、氷使いが主力?」
またも、何を言ってるのかさっぱり不明だという表情を浮かべるラムメルラ。
トールたちの話し声に気付いたのか、ストラッチアと肩を並べて熱心に下界を覗き込んでいたユーリルがようやく背後へ振り向いた。
その顔は珍しく赤みを帯び、長い耳先は小刻みに震えている。
自分でも興奮しすぎだと気付いたのか、老練な灰耳族の女性は小さく咳払いしたあと取り繕うように会話に参加してきた。
「ごめんなさいね。こんな乗り物、前はなかったから、ついはしゃいでしまってお恥ずかしいわ」
「えっ、私が子どもの頃にはとっくにあったけど……」
「だいたーい、四十年ほど前だねぇー。飛竜艇が一般開放されたのー」
「うひひひひひひ!」
奇妙な笑い声と一緒に真上から聞こえてきたのは、飛竜艇を操る騎乗師の声だ。
その道の専門家に断言されてしまっては、逃げ道がない。
しばし無言で見つめ合ったあと、ユーリルはいつもの極上の笑みを浮かべてみせた。
「灰耳族の人って老けないって聞いてたけど、凄いのね……」
何かを察したらしいラムメルラは、それ以上の追及はせず静かに呟いてみせた。
今回のユーリルの衣装は、全身のラインが際立つ黒装束だ。
遥か北の凍土に棲まう黒毛長象の体毛を編み上げたチュニックやズボンで、丈夫さは蜘蛛糸より一段落ちるが、不変性が高く温度の変化にも強い。
それに加え新たに追加されたのが、真銀製の胸当てだ。
これも黒鋼より硬度は落ちるが、同様に変化しにくく酸などを浴びても安心である。
だがその分、値が張り、額冠と胸当て、脛当一式で同じく金貨二枚だった。
「あと一人、雷使いのムーって子がいるんだが」
「あのお尻さわってくる子ですね……」
「くふふふふふふ!」
またも上から響いてきた笑い声に、トールたちは顔を見合わせた。
飛竜艇の定員は基本的に五人が限度であるが、荷物なども積み込むためゆったりとした造りになっている。
当然、幼い子ども一人程度なら、詰めることなく余裕で座れるほどだ。
しかし、艇内にはムーの姿は見えない。
現在、紫眼族の子どもが腰掛けていたのは、トールらを運ぶ飛竜の首元の特等席。
つまり騎乗師の膝の上であった。
「うーん、初対面で懐くとか、普通じゃありえないんだけどねぇー」
出発前の出来事である。
厩舎から現れた飛竜に、好奇心旺盛なムーがこっそり尻尾からよじ登ってしまったのだ。
いつの間にか頭部にまたがっていた子どもに一同が仰天する中、飛竜は楽しそうに甘鳴きしたので大事に至らなかったという顛末である。
のんきな口ぶりであったが、熟練の騎乗師の女性もかなり驚いているようだった。
結局、ムーに降りるように命じても駄々をこね抵抗したため、そのまま騎乗師の体にくくりつけられての出発になったというわけだ。
「しかし凄い編成ですね。剣士に、補助の魔技使いが二人、それに子どもの盾役なんて」
「ムーちゃんは、わたしたちと同じ手助けのほうだよ」
「えっ、だって盾抱えてなかった? ほら、それ」
舟床に置かれた銀色の平たい物へ、ラムメルラは疑うような視線を向ける。
「ああ、それ、おはな丸」
「へっ、おまる?」
「おはな丸だよー、ラムさん」
「ああ、名前ね。って、これ局長の紋章が入ってるじゃない!」
もう何もかも理解できないと言った顔のラムメルラに、トールは手早く説明する。
「それは運搬用のソリだ。ムーのお気に入りでな」
「子どもがソリ……?」
「まあ実際に使うとこを見れば分かる。これで大体の説明は終わったか」
「はい、あの司令系統は?」
「戦闘は基本的に俺だが、後衛に関してはユーリルさんだな。進路に関してはほぼ俺だが、意見が食い違えば話し合いで決める」
「分かりました。トールさんが隊長、ユーリルさんが副隊長ですね」
「ああ、それと撤退の判断は、ラムに任せたい」
「えっ、私? その……いいんですか?」
前回の失態を思い出したのか、少女は無意識に下唇を噛んでしまう。
その様子に顎の下を掻いたトールは、安心させるように言葉を続けた。
「大丈夫だ。今回はそうそう逃げ帰る羽目にはならないからな」
「そーろそろ、つくよぅー」
「きひひひひひ!」
楽しき空の旅は終わりを告げ、外壁を飛び越えた一行は前と同じ場所へ着陸する。
数日空けたせいで、今回も地下へ通じる道はきっちりと塞がれてしまっていた。
そして侵入者に目ざとく反応した琥珀蟻どもが、次々と押し寄せてくる。
そこへ待ち構えていたユーリルが祈句を紡ぐ。
「 疾(と) く、 睡(ねむ) れ――<冷睡>」
またたく間に動きを止めるモンスターども。
しかし、時間を稼いだところで、瓦礫をどける土人形はいない。
問いかけるように見つめてくるラムメルラを前に、トールは黙って積み上がった石と土の壁に触れた。
――<復元>。
瞬時に開けた眼前に、蒼鱗族の少女もぽかんと口を開いた。
そして全員が中に駆け込んだとたん、またも元通りに積み上がった土の山に口を閉じるのを忘れ去る。
「じゃあー、次は三日後だねぇー」
ダンジョンの入り口に一行が無事に入れたのを確認した騎乗師は、次回の来訪予定日を口にしながら飛竜を羽ばたかせた。
「ソラ、灯りを頼む」
「はーい」
少女が魔石灯を掲げると、朽ち果てた建物の奥に開いた穴が黒々と浮かび上がる。
気を取り直したラムメルラが状態の異常を防ぐ<衛命泡>を唱え、準備を終えたトールたちはとうとうダンジョンへと足を踏み入れた。
トールを先頭に、ストラッチア、ソラ、ムー、ユーリル。
そして最後尾にラムメルラがつく。
斜めの斜面を慎重に下り、やがて一層へとたどり着く。
押しつぶしてくるような濃い闇が、否が応でも防衛本能を刺激して緊張を高めてくる。
息を呑みながら進むべき道を指し示そうとしたラムメルラを、何やら考え込んでいたトールが制止した。
「そっちじゃない。こっちだ」
トールが示したのは、今降りてきたばかりの傾斜路であった。
最速の撤退を言い出した隊長へ、ラムメルラはその日最大の疑問の声を発した。
「ええええ!?」