作品タイトル不明
謎の集団儀式
「私、坂登りに来たつもりはないのだけど……」
かれこれ十五分。
五回目の入り直しも首を横に振られ、思わず通路を見上げながら、ラムメルラは吐息とともに愚痴めいた疑問を漏らした。
「いいから、さっさとひっぱってー、ラーねーちゃん」
それを耳ざとく聞きつけたムーが、不満げな声で背後から急かしてきた。
飛竜艇で散々笑いすぎたのか、少しだけ掠れてしまっている。
「だから、その呼び名。私、あなたの姉になったつもりはないの。ちゃんとラムさんって呼びなさい」
「ラーちゃん?」
「ラムさん!」
「ラ、ラッ……ラーねーちゃん。もう、みんないっちゃったぞ! はやくはやく!」
「馬になった気は、もっとないのだけど……」
再び深々と息を吐いたラムメルラは、腰に回した紐をしぶしぶ引っ張って傾斜路を登り始めた。
使うところを見れば分かると言われた運搬用のソリだが、まさか己の身をもって知ることになるとは。
確かに五、六歳程度の子どもの体重なら、ソリは地面に接することなく簡単に動かせる。
しかし牽引する側からすれば、この馬役をさせられる状況はかなり屈辱を覚えてしまう構図でもあった。
「どうして、私が子どものソリを引っ張らなくちゃならないの!」
「だって、ひまそーなの、ラーねーちゃんしかいないしなー」
ムーの指摘どおり、トールは寝袋などの荷物を担ぎ、ソラは食料の入った袋を背負っている。
前衛として身軽に動く必要があるストラッチアや、すでにやや息切れしているユーリルには厳しい。
そんなわけで残った選択肢は自分しかないと、ラムメルラも納得はしていた。
だがあまりにも元気な子どもの様子に、ついついムキになって言い返してしまう。
「だったら、自分で歩けばいいでしょ」
「そんなことさせると、あとでたいへんだぞー」
「大袈裟ね。何が起きるのよ」
「ムーはつかれるとおひるねしなくちゃダメだからなー。そしたらおんぶになっちゃうぞ」
「ふん、その程度なら、私がいればどうってことないわよ」
「もしかしてラーねーちゃん、おんぶのプロか!」
「違うわよ! 体力なら戻してあげるって言ってるの」
「あ、ついたぞ。はやくはやく!」
喋っているうちに地上に着いたようだ。
すでにトールたちは、揃って二人の到着を待ってくれていた。
弾んだ子どもの声にせっつかれながら、ラムメルラは息つく暇もなく守りの泡の魔技を発動させる。
そして詠唱を終えながらソリの紐を手放すと、待ちきれない有様だったムーが地面を蹴って飛び出した。
「またなー!」
一目散に真っ黒な通路を滑り降りていくムー。
紫眼族なので、まったく怖くないらしい。
元気よく闇の底に消え去った子どもの様子に、蒼鱗族の少女はまたも深く息を吐いた。
先ほどから何らかの意図があって、トールが行ったり来たりを繰り返しているのは察している。
しかしながら大はしゃぎの子どもの姿を見るに、もしかして親馬鹿の可能性も否定できないのではとつい勘ぐってしまう。
そもそも金剛級の冒険者といえば、大勢の人間が頭を垂れる立場なのだ。
一つの街とはいえ、冒険者の頂点を極める者として振る舞い、また周囲からもそう見られてきた。
どこへ行っても憧れの身として注目され、多大な敬意を払われる。
それが当然であり、同時にまた最前線で戦い守ってきた自負もあった。
そのはずであったが、今はなぜか子どものソリ遊びに延々とつきあわされてしまっている。
理由を尋ねれば教えてくれるだろうが、隊長に無駄な説明の時間を取らせてはいけないと強く躾けられてしまったラムメルラにはそれも難しい話であった。
六度目の侵入で、ようやくトールは納得したようだ。
ユーリルに親しげに触れたあと、意味ありげに頷いてみせる。
とうとう出発かと思われたが、そう簡単に話は進まない。
「ソラ、ムー、ちょっと来てくれ」
「はーい」
「どうした? トーちゃん。ムーのでばんか」
「ああ、待たせたな。やっとお目当てのが来たぞ」
その後、なぜかユーリルを除く全員がトールに触られながら、ムーとくっついたソラにじっと覗き込まれたあと、よく分からない魔技を使われる羽目となった。
「トールちゃんはいいの?」
「俺のは後回しだ。先に少し稼がないとな。ちょっといいか?」
「はい、どうされましたか?」
頬の赤みがやっと抜けたところへ、渋めの声で呼びかけられたラムメルラは慌てて返事をする。
「道案内を頼みたい」
「でしたら、まず右から二番目を」
「いや、正解の路じゃない。行き止まりから教えてくれ」
「はいっ?」
「この層の蟻どもは全て退治するからな。一匹残らずだ」
寝袋が詰まった背囊を無造作にその場に下ろすトールを、まじまじとラムメルラは見つめ返した。
蟻どもの掃討は、北方面から開始された。
黒い二本の刃を操るストラッチアに、琥珀色の殻を持つ蟻たちは次々と地へひれ伏す。
さらにトールも負けておらず、短い剣鉈を捉えきれない速さで振り回しながら蟻どもを屠っていく。
まれに跳ね飛ぶ粘つくモンスターの体液は、不思議なことに身体に達する寸前、生じた紫色の電撃に弾き飛ばされる。
死角にいたはずの蟻も、なぜか飛びかからずじっとしたまま斬られてしまう。
もしくはバタバタと眠りについて、いっせいに動きを止める。
氷使いの脅威を伝聞でしか知らなかったラムメルラにとって、それも信じ難い光景であった。
そんなどこか奇妙な戦闘を繰り返し、四本の通路から蟻の姿が消えた頃合いで、不意に後ろで控えていたソラが弾んだ声を上げた。
「あ、たまったよー! すごい、もう千点も稼げたんだ」
「お、じゃあ振り直すか」
「やた、レベル5になったよ!」
「じゃ、俺のも引っくり返してもらうとするか。これでやっとスッキリするな」
駆け寄ってきたムーを加え、三人は先ほどの謎の儀式を繰り返す。
晴れ晴れとした顔のトールは、顎の下を掻きながら次の進路を宣言した。
「よし、出発点に戻るぞ。そこで一旦、休憩だ」
すっかり慣れ親しんだ一層の傾斜路の下で、荷物を解いたソラがお茶の準備を始める。
そこで初めてラムメルラは、少女が言っていた雨晶石の果てしなく間違った使い方を目撃した。
惜しげもなく結晶から水を絞り出すソラを、驚きを通り越し呆れた口調で問い詰める。
「えっ、何してるの……。割れたらどうするのよ?」
「大丈夫だよー。トールちゃんが直してくれるから」
「もう無茶苦茶ね……」
前回で十分に驚かせられたと思っていたが、まだまだ底に達してはいなかったようだ。
発熱盤でお湯が沸く間、地面に広げた寝袋に腰を落ち着けながら、少女は脱力した気分で湯気を眺める。
こんな危険な場所で、これほど気が抜けているのは、ラムメルラにとって初めての体験である。
先ほどから周りをチョロチョロする子どもに、服をめくられたり首の鱗をペタペタ触られたりするが、それもこれまでの気疲れに比べれば許容範囲だ。
一行がお茶を飲み干したのを確認したトールが立ち上がり、おもむろに出発を促した。
「よし、行くか」
「次はどちらへ?」
ニヤリと笑ったトールが示したのは、今日、何度も上り下りしてきた傾斜路であった。
「なんでよ!?」