作品タイトル不明
解呪の結果
「じゃあ、いくよー!」
「まかせろー!」
「ああ、任せたぞ」
賑やかな夕食を終えたあと、トールたち四人は居間に集まっていた。
すでに蟻の巣迷宮の概要などは、食事中に説明済みである。
今から行われるのは、その侵入呪詛を解呪する試みであった。
ソファーに座るトールの真正面に立つのは、やや緊張した顔つきの幼馴染の少女だ。
呪われた特性の効果を<反転>できるソラだが、少女一人では他人の技能樹までは知覚できない。
そこで出番となるのが、他人と視覚を共有できるムーである。
トールの膝の上に座った子どもは、得意げに胸を反らしてみせた。
「気を楽にしてくださいね、トールさん」
唯一の経験者であるユーリルは、隣に腰掛けてトールの手を優しく握りしめている。
その灰色の瞳がかすかに揺れているのは、長く呪詛に苦しめられてきた記憶がぶり返したせいだろう。
安心させようと微笑む女性に、トールは静かに手を握り返した。
そして自分の技能樹を、つぶさに覗き込む。
とたんにムーの<感覚共有>で、この場の全員の視界にトールの技能樹の詳細が浮かび上がった。
元から真っ黒な幹であったが、その根元に近い部分が醜く歪むように突き出している。
「うわー、すごいね。どれから行こうか?」
「そうだな、一番上の奴から頼む」
以前にも成功済みなので不安は全くなかったが、背中の大きなかさぶたを見られたような感触にトールは少しだけ恥ずかしさを感じた。
「えい!」
躊躇なく剥がされた。
たちまち不気味なふくらみは消え失せ、白く滑らかな丸みとへ変わる。
「キレイキレイだな、トーちゃん」
「これはスッキリしますね」
楽しそうに頭を押し付けてくるムーと、うっとりした声を漏らすユーリル。
その様子に苦笑しながら、トールは果実の中身を確認する。
<体力低下>の呪詛は、以下のように変わっていた。
<体力快復>――保有者の体力の上限を増やし、回復を早める。
発動:自動/効果:小/範囲:自身。
「よし、下の三つも続けて頼む」
「まっかせてー!」
<魔力快調>――保有者の魔力の回復を促進する。
発動:自動/効果:小/範囲:自身。
<抵抗強化>――保有者の身体異常への抵抗を上げる。
発動:自動/効果:小/範囲:自身。
<回数増加>――保有者の魔技の使用可能回数を増やす。
発動:自動/効果:小/範囲:自身。
それぞれ<魔力不良>、<抵抗弱体>、<回数制限>が変化したものだ。
体力、魔力、抵抗に関しては今は調べようがないが、回数増加は<復元>が十一回に増えていた。
前は八回だったので、二割減が一割増になったようだ。
<反転>が半分しか返せないのが、かなり残念ではある。
「あと一回だけど、このまま?」
「いや、待ってくれ。一番下のを先に頼む」
残っているのは、<成長阻害>と<技能禁制>のみ。
六層の<喪失過剰>と七層で受けた<闘気半減>は永続効果の対象外だったため、ダンジョンの外に出ると同時に消滅していた。
それとこれまで根源呪詛と一括りにしてきたが、どうやらその認識は少し間違っていたようだ。
体力や魔力といった身体に関する呪詛は、どちらかといえばかなり幹の中ほどに近い場所についていた。
有能な特性となった今は、トールの他の幹果特性とほぼ変わらぬ位置にある。
逆に<回数制限>や<成長阻害>などの技能の仕組みに干渉する呪詛は、根元にかなり近い。
ムーの根源特性<感覚共有>と似たような場所である。
これはより根に近い部分ほど、全体に強い効果をもたらすと捉えて良いだろう。
そして棘だらけのツルを伸ばす<技能禁制>の呪詛は、技能樹の根元の際ギリギリに存在していた。
幹を這い上がる忌まわしい呪縛は、トールのたった一つしかない<復元>の枝をがんじがらめにしている。
皆が息を呑んで見守る中、大きく息を吸いこんだソラは残った魔力を振り絞った。
――<反転>。
不意に白い輝きがコブの内側から溢れ、その表皮を塗り替えていく。
間を置かずに、黒い茨も宙に溶けるように姿を消す。
代わりに愛らしい白い蕾を先端につけたツルが、スルスルと技能樹の幹を昇り始めた。
そのまま<復元>の枝のやや下の辺りまで達した白線は、そこで止まるとふわりと花弁を開く。
そして幻のように、白い輝きは一瞬で消え去る。
しかし辛うじて、トールの目は花に浮かんだ名を素早く読み取っていた。
そこに記してあったのは、<技能解放>という文字だった。
どうやら果実として定着するのではなく、役割を終えれば消えてしまう特性であったようだ。
早まる鼓動を感じ取りながら、トールは花が消えた部分へと意識を集中させる。
ほんの小さなふくらみ。
だがそれは確実に、新たな技能の芽生えであった。
実はこれまでも散々、新しい枝が生えてこないか試みていた。
何度も<復元>をレベル1に戻して育て直してみたり、ムーが法廷神殿で習ってきた瞑想をいっしょにやってみたりと。
しかし、次の枝スキルのコブは、兆候の欠片さえ見つからなかったのだ。
生まれたてのコブをまじまじと眺めながら、トールはふと気づく。
これまで<復元>の上位に新たな枝が生まれると思い込んでいたが、それは間違っていたのかもしれないと。
新たなコブの位置は、長く伸びる<復元>の枝の下に位置している。
それはつまり、<復元>こそが上枝スキルだった可能性をハッキリと示していた。
これまでの徒労を思い起こし思わず顎の下を掻きながらも、トールは自分の口元が緩んでいるのに気付く。
長く苦労するほど、実った喜びは嬉しいものだ。
もっとも今回は、注ぎ込んだ労力とは全く違った方向からの成果だったが。
冒険者札で確認したところ、スキルポイントの光点は十三個。
これまでの頑張りの結果は、およそ一万三千点だ。
樹の脇に浮かぶ水瓶を傾け、使い道のなかった修練値を小さなふくらみへと注ぎ込む。
まずは千点。
するりと枝が伸びる。
どうやら必要な点は、下枝スキルと同じであるようだ。
そのまま残りも一気に流し入れる。
残念だが成長はレベル4止まりであった。
改めて生まれたスキルを、しっかりと見つめ直す。
新たな技能の名は――。
<遡行>――戦闘に関わった対象体を、過去の状態に戻す。
レベル:4/使用可能回数:一時間二回/発動:瞬/効果:一秒/範囲:接触。
「……さて、どんなもんか確かめてみるか」