作品タイトル不明
二層、三層
蟻を片付けながら歩き続けたトールたちは、二時間ほどでそこそこ傾斜が急な通路へと到着した。
どうやら、ここから二層へ下りるらしい。
「思ったより歩くんだな」
「まともに下りられる場所が少ないのよ。仕方ないじゃない」
このダンジョンは地上部分は外壁に囲まれた部分しかないが、地下は伏せたすり鉢のように深くなるにつれ広さを増す。
制覇するにはどんどん下へ進まねばならないのだが、ラムメルラの言葉通り昆虫の棲家であるこの蟻の巣に便利な階段などは存在しない。
途中、いくつか垂直な縦穴を見かけたが、どこにどう繋がるか不明なため使うわけにもいかない。
結局、安全に下りられる通路まで、かなり回り道をする羽目になったというわけだ。
斜め通路を下ってすぐに、またも泡が弾けるような音がした。
二層へ到着した証である。
同時に、トールの体に痺れのようなものが走った。
<衛命泡>で防げる身体の異常は一つから二つだが、侵入者への罠はそれを突き抜けてきたようだ。
「生命の樹の 御主(おんあるじ) よ。患いし子らを、すこやかにお清めください――<浄恵雨>」
ラムメルラの詠唱とともに、麻痺はあっさり消え去った。
だが少女は浮かない顔のまま、何やら小声で呟いている。
「……発動に遅延はないし、魔力関連でもなさそうね。……使用可能回数も変化なしと」
「ああ、根源呪詛の効果が分からないのか。二層のは<抵抗弱体>だな」
「あらそ……えっ、…………ええ!?」
「おっちゃん、見えるんですか!?」
自らの技能樹であれば、意識すれば誰でも見ることはできる。
だが辛うじて枝や果実の名前を知ることができる程度で、幹や根元に近い部分などはハッキリと見通すことはできない。
特に根源特性などは魂測器でさえも発見しにくいため、本人さえ気づかない場合もあったりする。
だからこそトールの効果大の<時列知覚>は、少しばかり常識離れした代物であると言えた。
「……なるほど、だから私まで麻痺したのね。うん、ウソではないみたいね」
蒼鱗族の青い鱗肌は、状態の変化に対し強い耐性を持つ。
しかし身体の抵抗力を下げる<抵抗弱体>によって、その守りがやすやすと突破されたことで、トールの言葉は正しいと納得したようだ。
「おお、すごいですね!」
キラキラした眼差しで弾んだ声を上げるクガセに、トールは今ごろ駄々をこねてそうな紫眼族の子どもを思い起こす。
が、次の言葉で決定的な違いを見せられ、思わず苦笑いを浮かべた。
「これで他人のまで見れたら一儲けできるのに、まったく惜しいですね」
「うむ、残念なことだ」
「伊達に歳くってないってことですね。うん、見直したですよ、おっちゃん」
茶角族の少女はかなり余計なことまで言ってしまう性格のようだが、大口に違わず腕は確かなようであった。
不意に立ち止まると、先頭を行くストラッチアに何気なく声をかける。
「あ、隊長。そこの横に隠れていやがるですよ」
注意を受けた赤毛の剣士は、軽く頷いて少しだけ歩みを緩める。
そして指摘された場所をストラッチアが通り過ぎた瞬間、音もなく通路の壁が崩れながら前に出た。
剣士の背後に現れたのは、まさに壁のような巨大な蟻であった。
大きさは琥珀蟻の二倍ほどもあるが、特に際立っているのはその頭部だ。
丸く平坦になっており、まるで盾が付いているかのようにも見える。
この頭部で横穴の入り口を塞ぎ、壁に偽装していたようだ。
頭部を覆っていた土が落ちると、その緑がかった美しい体躯が明らかになる。
このモンスターの名は翡翠蟻。
盾そっくりな頭部は類まれな硬さを誇り、他の蟻たちを守る働きを担う。
今も翡翠蟻の後ろの横穴には、琥珀蟻の一団が控えているはずだ。
この奇襲はまず前衛をやり過ごした後、穴から出てパーティを分断する。
そして盾役の翡翠蟻が戻ろうと焦る前衛を食い止め、その隙に琥珀蟻たちが後衛を襲うやり口である。
だが分かっていれば、迅速に対応できるというものだ。
「大いなる地樹の長き根よ、伸びて絡みつくですよ――<磁戒>」
対象のモンスターの重さを増す魔技に、穴から半ば出かけた状態で大きな蟻の動きが止まった。
翡翠蟻はその頑丈な体のせいで、元よりかなりの自重を誇っている。
びくともしない障害物と化した味方に、後方の蟻たちは身動きが取れない状態となる。
そこへ赤々と燃える火の玉が投げ込まれた。
激しい熱が爆風を引き起こして荒れ狂い、横穴に潜んでいた琥珀蟻どもをまとめて壁に塗り付ける。
そして味方を一瞬で失った翡翠蟻には、横に回ったストラッチアがその関節に容赦なく黒い刃を差し込んでいく。
あっという間に分解された盾役は、無様に地面へと転がった。
「翡翠蟻の宝玉は、この平たい部分の後ろにあるんですよ」
「ほう、しかしよく隠れているのに気付いたな」
「あんなの硬さが全然違うので、隠れたうちに入らないですよ。えっへん」
またも得意げな顔になった少女は、自らの額の角を軽やかに指先で弾いてみせた。
実は茶角族のその部分には、大まかではあるが物質の硬さを計れる性能があるのだ。
もっともほとんどの茶角族は、クガセほどの精度を持ってはいない。
その辺りが、やはりAランクに選ばれるだけの素質ということだろう。
「もう。だから仲良くするなって言ってるでしょ! バカ」
「あ、うっかりしてたです。あのおっちゃん、喋りやすいのが悪いんですよ」
「また二人だけで遊んでるー。ほら、お姉さんも入れてよ」
「ちょ、やめてくださいですよ!」
「あ、も、あっ、だめ!」
「くふふ、クーちゃんのギュッとしたお尻も捨てがたいけど、ラムちゃんの柔らかお尻は格別ねぇ」
「この程度では我の渇きは満たせぬ……。もっと……もっとだ!」
つい先ほどの鮮やかな連携が嘘のような一行の様子に、トールは何も言えず顎の下を掻いた。
三層の呪詛は、魔技の使用可能回数を一定数減らす<回数制限>であった。
元の回数に対する比率らしく、元から一回しかない場合は大丈夫なようである。
トールの場合は、<復元>の上限が八回に減っていた。
ニネッサらが下枝スキルばかり使っていたのは、これを警戒してのことらしい。
三層からは、ところどころで大きな部屋を通り抜ける必要が出てきた。
当然、中には蟻たちが待ち構えている。
ここで厄介なモンスターがまた一種増える。
胸節部分に透明な水晶の棘を生やした石英蟻だ。
体長は翡翠蟻と同等で、結晶棘を振動させ不快な音で集中力を乱す習性を持つ。
それに加え、雷系の魔技を妨害する性質も有しているらしい。
さらに硬度もあるので、見た目に反してかなり頑丈である。おまけに熱にも耐性がある。
ただし翡翠蟻と同じく動きが鈍い。
<磁戒>の格好の獲物となるため、そう苦戦をするような相手ではないようだ。
快調に先頭を歩んでいたストラッチアだが、急に足を止めて通路の先を覗き込んだ。
追いついたトールたちも、そっと覗き込む。
そこに広がっていたのは巨大な空間に、ひしめき合う蟻どもの姿だった。