軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大部屋の攻略

「うわー、いやってほど居るですよ。これは面倒ですね」

クガセの言葉通り、大きな部屋の中には数十匹の蟻がうごめいていた。

翡翠蟻を中心に石英蟻や琥珀蟻たちで形成された群れが、そこかしこに確認できる。

部屋の奥行きはだいたい四十歩ほどで、きらびやかな蟻どもの向こうに先の通路に繋がる出入り口が見える。

まず見つからずに通り抜けるのは不可能だろう。

中央部分には一本の太い土の柱がそそり立っており、高い天井を支えていた。

その陰なら何とか身を隠せそうだが、よくよく見ると柱の中ほどにも数匹の蟻がいた。

土の色に紛れるように微妙に透明感が薄いので、おそらく偽装中の乳石蟻と思える。

「……前の時はこの部屋、ここまで大きくなかったわ。二ヶ月半でこんなに広げたのね」

忌々しさを込めた口調で、蒼鱗族の少女は己の記憶との齟齬を述べる。

実は今まで正しい道程を指示してきたラムメルラだが、ここまで一切、書き付けの類などは覗いていない。

なぜなら彼女の頭の中には、精密な地図が存在するからである。

ラムメルラは卓越した癒やしの技だけでなく、一度目にした場所を絵図として脳内に正確に記憶できる特技を有していた。

やはり若くしてAランクに昇り詰める人間には、それに見合う才があるということだろう。

「迂回できる道はないのか?」

背嚢から取り出した水筒を皆に手渡しながら、トールも何気なく会話に交じる。

空気がこもる地下通路は、かなり暑苦しい場所だ。

涼し気な衣装を着たラムメルラも例外ではないらしく、鼻の頭に小さな汗粒を浮かべながら水筒を素直に受け取って返答する。

「ちょっと遠回りになるけど、少し前にあった分かれ道からなら行けると思う。でも……」

「ああ、挟まれるとまずいのか」

集中を妨害する音波を放つ石英蟻だが、さらに厄介な性質を持っていた。

こいつらは死ぬ間際に、背中の水晶棘から独特の振動を発することがある。

その断末魔の音は近くに居る他の石英蟻に届き、新たなモンスターを呼び寄せてしまう場合があるのだ。

つまり距離的に考えて戦闘中のトールたちの背後へ、いっせいに大部屋の蟻たちが押し寄せてくる可能性も高い。

「この数は厳しいのか?」

「ええ、翡翠蟻と石英蟻が少し多すぎますね。一掃できる火力は、まだ温存しておきたいですし」

大部屋を覗き込みながら疑問を発するトールに、同じく部屋の中を観察していた赤毛の美女が答える。

大型で頑丈な新種が交じった蟻どもは、ストラッチアの剣撃やニネッサの下枝スキルの魔技だけではサクッと片付かなくなっていた。

もちろん数匹単位なら組み合わせで対処できるが、そう都合よく部屋から引っ張り出せるわけもない。

上枝スキルの魔技ならばこの部屋ごと灰燼に化せるかもしれないが、これもそう簡単に使用できない問題があった。

武技のような危険な反動を伴わない上枝魔技だが、代わりに使用可能回数が一日単位の区切りなのだ。

しかも回数制限の呪縛を受けている今の状態では、一回放てば今日はもう終わりである。

迷宮主との戦いが残っている以上、切り札をあっさり使い切るわけにもいかない。

「なら中枝スキルの魔技でどうだ? ここから撃ち込めばかなり削れると思うが」

「それですが、どうもあの柱が厄介ですね。嫌な場所にありますよ」

言われてみれば蟻の大半は部屋の奥である柱の向こう側に居るため、ここから直線的に狙うのはかなり難しい。

しばし壁に触れながら柱を眺めていたトールだが、ふと思いついたように視線を戻した。

「いや、あの柱は逆に使えそうだぞ」

「本当ですか? おっちゃん」

「ああ、上手くいくかどうかはお前ら次第だがな」

トールの思いつきに耳を傾けたニネッサたちは、目を輝かせて頷きあった。

「そうね、だったら柱の見張りは私が注意をそらせると思うわ」

「ふむ、この身を道化にすれば、蟻どもの関心を集めるなぞ容易い仕事だな」

「ボクも気に入ったですよ。そういう使い方も面白いですね」

「悪くないとは思うけど、その……大丈夫なの?」

「そうだな。ヤバい時は俺が何とかしよう」

サラッと強気な受け答えをしてみせた格下ランクの冒険者の顔を、ラムメルラはまじまじと見つめた。

そして深々と息を吐いた後、おかしそうに笑い出す。

「良いわ、私も乗った」

「じゃあ始めるですよ。大いなる地樹の長き根よ、その軛から解き放つですよ――<地解>」

モンスターを重くする魔技が存在するなら、その逆もまたありえる。

この<地解>は対象の自重を減らす効果があり、人によっては素晴らしい身軽さを手に入れることができる魔技だ。

ストラッチアと自分の身を軽くしたクガセは、得意げに足踏みを始める。

いつでも行けるという意思表示だろう。

赤毛の剣士が無言で兜の面頬を下ろし、二本の黒い刃を手にする。

ニネッサが持ち上げた手を振り下ろしたとたん、二人は同時に走り出した。

ストラッチアは右に。

クガセはまっすぐ。

そして光球は左へと動き出す。

当然ながら一番速いのは、ニネッサの操る<幻灯>だ。

またたく間に左側の蟻たちの注意を引き付けながら、柱を大きく回り込む。

そのまま高度を上げた光球は、いきなりそこで弾けてみせた。

目を刺すような眩い光が溢れかえり、柱にしがみついていた乳石蟻が視覚を潰されバラバラと地面に落下する。

この目くらましこそが、<幻灯>の本来の使い方である。

一気に薄暗くなった部屋の中を、黒い鎧の男が駆け抜ける。

右回りにモンスターを集めたストラッチアは柱の右奥、トールたちからよく見える場所で足を止めた。

さっそく反応した翡翠蟻たちが、盾状の頭部を下げて剣士を取り囲む。

その背後には水晶棘を震わせる石英蟻が並び、大型蟻の足元には大量の琥珀蟻が控える。

相棒が絶体絶命の状況の中、待ち構えていたニネッサの赤眼が大きく開かれる。

<心意炎昇>、次に発動する魔技の威力を倍に高める能動型特性だ。

「解放の樹より来たりて焼尽せよ。その身をもって大いなる炎威の片鱗を味わえ――<激発炎>」

重々しい詠唱とともに撃ち出された炎塊は、軽々とモンスターの背を飛び越えてストラッチアの足元へ着地する。

そして轟音とともに炎は激しく爆ぜた。

飛び散った火球が、周囲の蟻どもへ次々と落下する。

新たな獲物に着弾した炎は、そこで再び燃え上がっていく。

たちまち、部屋の奥は紅蓮の炎に包まれた。

むろんその中心にいたストラッチアも、通常であればとうに消し炭になっているはずである。

だが迷宮主から作られた防具は、そう柔ではない。

腐屍龍の鱗鎧はやすやすとその熱を吸い込むと、満足気に一瞬だけ白く輝いてみせた。

囮の役目を十分に果たしたストラッチアは、強く地を蹴って部屋の土壁に一瞬で到達する。

そのまま身軽になった体躯を活かして、一気に壁を走り抜けた。

鮮やかにモンスターの包囲を突破してみせた男は、何事もなかったように通路へ戻ってくる。

だが大型蟻どもが、それをすんなり許すはずもない。

即座に方向を転じて追いかけようとする。

が、なぜかその身は動こうとしない。いや、動けないと言ったほうが正しい。

翡翠蟻たちの足元にあったのは、どろどろに溶けて地面に広がる琥珀蟻の残骸であった。

その粘つく体液で足先がくっついてしまい、身動きが取れないのだ。

首尾よくストラッチアが蟻どもを釘付けにしている間、土使いの少女も着実に自分の仕事にこなしていた。

音もなく地を駆けたクガセは、見張りが消えた土の柱の根元に達する。

そして少女は静かに手を伸ばし、魔力を呼び起こす。

――<地精喚>。

呼びかけに応じた土の塊が、その身をゆっくりと起き上がらせた。

ただの土人形であれば、力はあるがもろく動きも鈍いため大きな柱をすぐに倒すことは無理である。

しかし、すでにその対象の根元が大きく削れていれば話は別だ。

つまり土使いの少女は、中央の土の柱から下僕を創ってみせたのだ。

これこそがトールの狙いであった。

拳を大きく振り上げた土人形は、力任せに自分が生まれた場所を殴りつける。

激しく支えが揺れ、その振動が天井を強く揺らす。

バラバラと落ちてきた土を避けながら、クガセも急いで通路へ逃げ込んでくる。

その辺りで動ける蟻どもが、トールたちの狙いに気付いたのか慌てた様子で土人形に取り付いた。

だが巨大な土の塊は、そんな簡単には止まらない。

再び打ち付けられた拳が決定打となったようだ。

凄まじい音とともに土片が飛び散り、柱が半壊する。

次いで土煙を上げながら、天井を支えていた部分が落下した。

そして垂れ下がった土砂たちが、部屋の中へ降り注ぎ始める。

数秒の後、ついに天井は自らの重みに耐えきれずに落下する。

大きな地響きが起こり、通路には派手な土埃が吹き寄せた。

すでに奥へ避難を終えていたラムメルラたちに、崩壊した部屋の様子を眺めていたトールが振り向いてひょうひょうと話しかける。

「ほら、これで挟撃の心配はなくなったぞ」

「……あんた本当に白硬級なの? よくこんなこと思いつくわね」

「それを言うなら、あれを実行できるお前らも大したもんだよ」

顔を見合わせた二人は、互いに不敵な笑みを浮かべあう。

その様子にわざとらしく肩をすくめたクガセが、少しだけ嬉しそうに呟いた。

「……結局、ラムちゃんも仲良くなってるですよ」