軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

密かな提案

所詮、レナはマルクたちよりも小さな女の子だ。

レナはすばしっこく、ミヒャエルの足は遅かったが、赤髪の少女があっという間にレナに追いついた。

「ヤダ! はなして! かえるの!!」

赤髪の少女はジタバタ暴れるレナをいとも簡単に地面に押さえつけている。

その一連の動きはとても洗練されていた。

人の押さえつけ方が洗練されているというのは、よく考えてみると怖い気がしたが、マルクは頭を振って今は思考を振り払う。

とにかく、今はレナのことだ。

別邸から少し離れてはしまったものの、ここはまだエーレルト伯爵家の領都邸内だし、まだ誰にも見つかっていない。

マルクは周囲を見渡して、ほっとした。

すぐに別邸に戻れば誰にもバレずに済むだろう。

「あんた、レナって言うんだっけ」

「……? だれ? あなた、だれ!」

レナはようやく自分を押さえつけている少女に見覚えがないことに気づいたらしい。

涙目で首をひねり、自分の上にのしかかる少女をキッと睨みつけた。

「あたしはテレサ。ねえ、帰るって、どこに帰るわけ?」

「ママとパパのとこにかえるの!!」

「でもそのママとパパに捨てられてここにいるんだよ、あんた。わかってないの?」

「レナ、すてられてない!」

「捨てられてんだよ。帰ったところで家になんて入れてもらえないよ?」

「いもうとの、おせわをちゃんとしなかったのが、いけなかったんだもん。これからは、ちゃんとするもん。だからいれてもらえるもん!」

マルクはレナの事情を察して眉をひそめる。

レナも、やはり可哀想な子なのだ。

だが、レナは恐ろしく恵まれてもいる。

あえてハラルドに言われずとも、マルクたち一人一人がそれを理解している。

カレンの意向通りに勉強して、働いて、それでもまったく恩を返すのには足りないどころか、もらいすぎているのが恐ろしいほどだった。

この環境で、レナは仕事も勉強もせずに引きこもり続けている。

時に暴れたり、泣いたり叫んだり、物を怖そうとすることさえある。

それなのにマルクたちと同じ生活を許されていた。

最近はリリーに甘やかされて、更に手が付けられなくなってきている。

大人たちには何か考えがあるのかもしれないが、早くレナの態度を改めさせないと、レナ本人が可哀想なことになりそうな、嫌な予感があった。

マルクの読みだと、カレンは大丈夫だ。

レナの身勝手に怒っている感じがまったくない。

ハラルドはめちゃくちゃに怒っているものの、カレンの意向が最優先なのでこちらも問題ない。

だが、他の子たちがレナを憎み始めている。

このままじゃ、この場所がこれほど恵まれているのに、レナの居場所はなくなってしまう。

「違うよ。あんたはいらないから捨てられたんだよ。何なら、戻ったら殺されるかもしれないよぉ?」

「そんなことないもん!!」

意地悪く笑うテレサと名乗った少女の悪辣な口ぶりに、レナが絶叫して泣き出した。

マルクだってレナが好きなわけではない。

なのに、ここまで言われているところを見ると流石に可哀想になってくる。

「君、テレサって言うんだね。あのさ、レナを捕まえてくれたのはありがとう。その子は僕が連れて戻るから――」

「あたしが捕まえたあたしの獲物なのに、譲んないよ」

テレサはマルクの申し出を拒否した。

「エ、エモノ?」

「あたしがあんたをおうちに帰してあげる」

赤髪の少女――テレサがレナの耳元でささやくと、暴れていたレナはピタリと動きを止めた。

「あたし、冒険者なんだ。あんたたちとは違って自由に動けるの。だから、あたしがあんたをおうちまで連れてってあげるよ」

「そ、そんなこと、カレン様が許すはずが――」

「カレンが許さなくっても別に関係なくない?」

「君だって、カレン様のおかげで生かされているんじゃないのかい!?」

「あたしはあんたたちとは違う」

テレサはマルクの言葉を傲然と否定した。

「あたしは一人だって生きていける。死ぬかもしれないけど、死ぬまでは、あたしは自分で自分の人生を生きているの。あんたたちみたいに、誰かに助けてもらわないと息もできない弱虫とは違う……だけど」

テレサはレナを見下ろしてニヤリと笑った。

「あんたは弱虫じゃないね。魔力無しなのにこの女神の園みたいな場所から飛び出そうとしてるんだもん。度胸あるじゃん」

「レナは度胸があるわけじゃない。何もわかってないだけだよ、テレサ!」

「さっきから言おうと思ってたけど、馴れ馴れしくあたしの名前を呼ばないでくれる?」

「ッ……ミヒャエルも何とか言ってくれないかな!?」

この場にいるのに、いつになくずっと黙り込んでいるミヒャエルにマルクは助けを求めた。

ミヒャエルはうつむいていた顔を上げると、言った。

「……テレサちゃんの言う通りにレナを帰してあげてもいいんじゃないかな」

「ミヒャエル!? 何を言ってるんだい?」

「だって、ここで連れ戻してもレナはまた同じことを繰り返すだけだよ」

「でも……!」

「次、レナが抜けだそうとした時には、ぼくたちも、誰も気づけないかもしれない。そうなるくらいなら……レナを親のところまで、ぼくたちが連れてってあげようよ」

マルクだって、何も納得していないレナを無理やり連れ戻してもその場しのぎでしかないことはわかっている。

返す言葉が見つからないマルクよりも先に、テレサが噛みつくように言った。

「は? なんであんたたちもついてくるつもりなの? 邪魔なんだけど」

「心配だもん。レナも、テレサちゃんも」

「ちゃん付けやめろ。なんであたしだけちゃんづけなの」

「テレサちゃんはテレサちゃん、って感じだから!」

「ウッッッザ」

ちゃん付けにされたことに気を取られたのか、テレサはミヒャエルに名前を呼ばれたことには噛みつかなかった。

マルクには、馴れ馴れしいと言ったのに。

「マルクは来なくてもいいよ。ぼくたちがレナを送っていくこと、後でカレンさまに伝えてくれる?」

「伝えるなら明日にしてよ。止められたら面倒だからさ」

「……僕も行くよ! テレサがどんな人かもわからないのに、レナとミヒャエルを預けられないから!」

レナはこの成り行きに納得しているのか、真っ白な顔に何の感情も浮かべないまま、じっと黙っている。

今すぐにでもレナの腕を引っぱって行こうとするテレサを何とかなだめすかして、マルクは習ったばかりの字で走り書きの手紙を書いて寝室に置いた。

マルクが戻ってくると、無慈悲にマルクを置いていこうとしたテレサに抱きついて引き留めてくれていたミヒャエルが蹴られまくっていて、マルクは慌てて二人を引き離した。