作品タイトル不明
出会いの授業
「こんにちは! きみ、はじめて見る子だね? ぼく――」
「ああ?」
「ヒエッ」
厳ついガンを付けてくる少女に、ミヒャエルは目を潤ませた。
様子を見ていたマルクは慌てて二人の間に割り込んだ。
今日の午前の授業に来ていた見慣れない少女の存在には、誰もが気づいていた。
ハラルドがその少女の存在に触れないので許可を得てそこにいるのはわかっていたものの、紹介もしてくれないので誰もが気にしていた。
何しろ、授業を受けている最中はただの可愛い女の子に見えたのだ。
しかし、先陣を切って話しかけたミヒャエルはものの見事に玉砕した。
「ミヒャエルはただ挨拶をしようとしていただけだよ。そんな態度はよくないんじゃないかな?」
「ウザ」
少女はできるだけ穏やかに忠告したマルクの配慮を一刀両断した。
「読み書きを習いに来ただけだから。話しかけてくんな」
そう言って少女は顔を背けた。
真っ赤な髪に赤い目をした少女だった。
顔立ちは可愛いらしいのに、つり上がった目が険を孕んでいて、不機嫌にひん曲がった口許に怯むような怖さを覚える。
だが、相手はマルクよりも小さな少女だ。
下っ腹に力を込めると、マルクは少女に忠告した。
「外部の子なの? 知らないのかもしれないけど、ミヒャエルは貴族なんだ。高魔力持ちの姉もいる。失礼な態度はやめた方がいい」
「貴族なんか怖くないっての」
少女はマルクの親切をせせら笑った。
「あたしは何にも怖くなんかない」
燃えるような真っ赤な目をして少女は笑った。
まるで恐怖を覚えるマルクを嘲笑っているように見えて、マルクは羞恥に頬を赤らめた。
「なんで文字の読み書きを習いに来たの?」
言葉に詰まってしまったマルクに代わって、またミヒャエルが懲りずに訊ねた。
「うるさ」
「えへへ、よく言われる」
「は? なに照れてんの」
少女が薄気味悪そうな顔をしても、驚くべきことにミヒャエルはもう怯まなかった。
「ハラルド先生の授業って、誰でも受けられるわけじゃないよね? エーレルト伯爵家の関係者なの? それともカレンさまの知り合いなの?」
「あんたに教える筋合いある?」
「え~ん。だけど気になるんだよぉん!」
ミヒャエルは笑ったり涙目になったり身もだえたりしながら話しかけ続ける。
マルクなんてもう打ちのめされてしまったのに、ミヒャエルはとても打たれ強い。
「ぼく、魔力はないけど貴族だから、一通りの文字の読み書きは習っているし、何かきみの力になれることがあるかも!」
「……マジ?」
やはり貴族の生まれだと、魔力がなくてもそれなりに大事に育ててもらえるのだろう。
側には心配してくれる美しい姉もいる。
それに、赤髪の少女の気を引くことさえできるのだ。
マルクは羨ましくて、けれど羨んでいることが知られたくなくてうつむいた。
赤髪の少女は躊躇いつつ口を開いた。
「……手紙の書き方、って、知ってる? ちゃんとしたやつ」
「どんな手紙が書きたいの? 季節のご挨拶? 喪中のお悔やみ? それとも感謝のお手紙?」
「感謝の……お礼を言いたくて。高ランクの冒険者に」
少女がモゴモゴと言う。
照れているのを隠そうとする不器用な姿は可愛らしい。
けれど、それを指摘したらとんでもないしっぺ返しが待っているのは明らかだった。
マルクはうっかり変なことを言わないように、口許を引き締めた。
「あっ、照れるとかわ――ぐえっ」
いらないことを言って顎に掌底を入れられたミヒャエルが、後ろに転がっていく。
二回転目からは自ら転がっているようなので大丈夫だろうとは思いつつ、マルクはミヒャエルを助け起こした。
「キモいからもういい。どっか行って」
少女にピシャリと言われると、従わなければいけないような気がしてくる。
マルクなんて意気がくじけてしまった。
それなのに、ミヒャエルは「えぇぇぇええぇぇん」と懲りずに身もだえている。
真似したくなさすぎて、マルクは羨ましさを感じなくなっていった。
ミヒャエルとの出会いもこんな感じで、他の子から浮いているミヒャエルの面倒をマルクがついつい面倒見ていたら、気づけば近しく付き合うようになっていた。
後で貴族の子だと知った時には驚いたものだ。
「ねえ、アレ何?」
手紙の書き方を聞きだそうとしたり、どっか行けと命令したり、かと思えば質問してきたり。
傲慢な少女にマルクはむっとしつつも少女が見ている窓の方を見やって、目を丸くする。
「レナ!?」
「あのガキ、別邸から出ようとしてない? あんたたちがここから出るのって許可がいるでしょ? あたしは出入り自由だけど」
窓の外には明らかに、人目を気にするそぶりのレナがいた。
コソコソと生け垣の中に小さな体を頭から突っ込んだかと思うと、そのまま姿が見えなくなる。
マルクは椅子から腰を浮かせた。
「あの子、まさか、ベル子爵領に帰るつもりか……?」
「帰るって? あんたたちに帰る場所なんてないでしょ?」
帰る場所がないことなんて、マルクだって嫌というほど理解している。
ここにいる誰だって理解しているだろう。
だとしても、あえて言わないのがマナーではないだろうか?
不快な物言いに文句を言ってやろうとマルクは少女の方を見やり、ぎくりとした。
マルクは獲物に狙いを付けるネコのように爛々と目を輝かせる少女と目が会った。
その真っ赤な目が怖いのに、先程まではひん曲がっていた口許に大輪の笑みが浮かんでいて、その笑みが浮かんだ顔が妙に綺麗だった。
綺麗だが、怖い笑顔なのだ。
今にも面白半分にいたぶられて、ズタズタにされてしまいそうな気がした。
マルクがネコに睨まれたネズミのように固まっていると、ミヒャエルが部屋を飛び出した。
何故か少女もそれを追うように駆け出して、マルクは二人の後を追っていくことになった。