作品タイトル不明
援助者の本気
「早くしてくれる? あたしだってヒマじゃないんだからさ」
錬金工房邸の応接間で、向かい側のソファに腰かけたテレサはふてぶてしくふんぞり返り、憎たらしく言う。
とはいえ、威勢が良いのは口だけだ。
ぶらぶらと落ち着かなげに揺れる足からは、落ち着かないのが見て取れる。
この態度の悪さも、精一杯平静を保とうと去勢を張っているのだろう。
貴族の邸にいることも、これからカレンがしようとしていることも、テレサにとっては何もかもが心を騒がせているだろう。
「まずはポーションからね」
そう言って、カレンはテーブルの上に瓶を並べていった。
「小回復ポーション、中回復ポーション、大回復ポーション――」
「待って、なに? だいかいふく??」
テレサは早速余裕をなくして身を乗り出した。
「なに言ってんの? ジョーダン? ウソでしょ?」
「疑うなら鑑定鏡で見てみてね」
「ま、魔道具?」
テレサにとっては最低等級の魔道具すらほとんど見る機会がないだろう。
せっかくカレンの鑑定鏡を使わせてあげようとしたのに、手を触れようともしない。
ゴソゴソ荷物を漁るカレンに、やがて気を取り直したテレサは半笑いで言った。
「あのさカレン、なんかカン違いしてない? 今日はあたしの冒険を援助するためのポーションをくれるって話だったじゃん。あんたが作れるポーションを見せびらかす日じゃないんだけど?」
「はいはい。わかってるよ」
カレンは動揺するテレサの姿に笑いをこらえつつ、更にポーションを並べていく。
「魔力小回復ポーション、解毒ポーション、万能薬」
カレンはまず、トールたち鮮血の雷のためのポーションを考えていた。
そして思い出したのだ。
カレンのポーションを求めている冒険者は、トールたちだけではないことを。
トールと同じくカレンの援助を受ける冒険者、テレサ。
もちろんテレサのためのポーションも用意しようとは思っていた。
だが、カレンは気がついたのだ。
トールのために用意したいポーションは、テレサのためにもなるということ。
そして、その逆も場合によっては成立するのだということを。
冒険者としてのランクは違い過ぎる。
だが、どちらも等しくダンジョンに挑む冒険者なのだ。
トールたちほどの冒険者が一体何を必要とするのかはピンと来なくとも、テレサが冒険者として何を必要とするのかは、テレサに足りないものが多すぎて、色々と思いつけるのだ。
そしてそれは、トールたちにとっても必要になりそうなものばかりだった。
「殺菌効果のある石鹸や治癒効果のある包帯、魔物避けの薬香――とはいっても、これは試作段階で気休め程度の効果しかないから、ただの薬香として使ってね」
魔力がない空間を作り出せば、魔物はそこに近づきにくくなる。
わかっていても、それをポーションで作り出すのは中々難しい。
これは試作段階の薬香だ。
薬香の燃焼と共に周辺の魔力を費やして、薬香の効果を高めようとしているポーションだ。
その結果として場の魔力が消費されてなくなれば、その結果として魔物が近づかない空間が生成される。
――という考え方の薬香なのだが、今のところ蚊取り線香程度の効果があればいいなという代物である。
「頭がおかしくなりそう」
「それって嬉しいってことでいい?」
テレサは頭を抱えながら茫然とカレンを見つめた。
「うれ……しい?」
「とりあえずは悪態を吐く余裕もないみたいね」
カレンは笑うと、自分の隣に置いておいた最後の包みを取り出した。
「そのポーションと これ(・・) を使って、生きてダンジョンから戻ってくるんだよ」
テレサは戸惑い顔でカレンから包みを受け取った。
開封して、テレサは首を傾げた。
テレサが手にしているのは、赤い斑点のある黒い革の毒々しい見た目の服だった。
子どもサイズのTシャツとズボンで、伸縮性があり着ればテレサの体にぴったりだろう。
「これ……なに?」
「サラマンダーの革の肌着だよ」
「はあ!? サラマンダーって、Bランクの魔物じゃん!?」
テレサは手にしたサラマンダーの肌着を取り落としかけたが、必死の形相で落ちる前に拾い上げた。
一人で慌てふためいて息を切らしている。
テレサが落ち着ききって動揺隠しの悪態をつき始める前に、カレンは説明を始めた。
「エーレルト領都ダンジョン二十階層のサラマンダーだよ。もちろんBランクの魔物の革だから丈夫だし、しなやかで弾性があるから衝撃も和らげてくれる。それに有名な効果で耐火性能もあるし、意外にも耐寒性能もある。寒暖差の激しい砂漠の階層の魔物だからね」
「待って……これ、あたしに……?」
テレサが動揺を通り越して、ほとんど生来の子どもの無邪気さで感動しかけていた。
これまで親にも愛されなかった子どもが、初めて大人からの愛情を受け取って、心を開いていくかのように。
だが、カレンはその可愛らしい感動に水を差した。
「それを装備してもなお、テレサにとってダンジョン攻略は厳しい試練になるだろうね」
カレンはテレサがそれほどに弱すぎる、と貶したも同然だった。
テレサはビクッとして目に浮かべていた涙を引っこめた。
「だからこそ、階梯を昇る余地がある」
物量攻撃に激しく動揺させられ、Bランク装備に子ども心を開きかけたところを阻まれ、貶されて。
めまぐるしい情緒の揺れ動きの果てにテレサは――笑った。
「そっか。そうだね。ぬるい試練じゃ、女神様は階梯を昇らせてくれないもんね。あんたはあたしにお恵みしてやってバカなガキみたいに喜ばせたいんじゃなくて、本気で階梯に昇らせたいんだもんね」
「上にはいつも着ている服を着るんだよ。高価な装備をしているってバレないよう――」
「バカ扱いはやめてくれる? それくらいわかってるっての。もちろん隠すよ! こんなすごいの、あたしみたいな魔力無しが持ってるって知られたら絶対に奪われちゃう!」
テレサは目を輝かせて声を弾ませる。
守られ愛される子どもの目の輝きではなく――冒険者の輝きだ。
「あんたのポーションも、誰にも見られてないとこで使う。それでいいんでしょ?」
「それでいいよ。スポンサーであるわたしのポーションの宣伝は、テレサがもっと強くなった後でいい。というか、テレサが強くなった状態をもって宣伝とするから」
「アハハ!」
テレサは楽しげに笑った。
それもまた、ある種の狂気が滲む冒険者の笑いだった。
「カレン、ありがと」
素直な感謝の言葉にむしろ面食らったのはカレンの方だった。
「絶対に階梯を昇って――生きて帰ってきてカレンにみせてあげる」
テレサがサラマンダーの肌着を抱きしめて穏やかに笑う。
これまでカレンが見た中で、テレサは一番安らかな顔をしていた。
テレサがある種の覚悟を静かに決める姿を、カレンは静かに見守っていた。
しばらくした後でカレンはネタばらしをした。
「実はそのサラマンダーの革なんだけど、トールがくれた素材なんだよ。ポーションに使わない素材は好きに使っていいよって、余った端切れをもらってね――」
「キャアアアアアアアアアアアアア!!」
テレサは大興奮状態に陥って肌着を手に応接室を跳ね回った。
好きに暴れさせながら、壊れたら困るものをあらかじめ運び出しておいてよかったと、カレンは胸を撫で下ろした。