軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伝統的な試練

「――『自分ができるだけ引き留めるからみんなを止めてほしい』だって」

カレンはマルクの置き手紙を読んで顔を上げた。

その途端、ハラルドとオティーリエが神妙な面持ちで頭を下げた。

ハラルドの頭を下げる動作はしばらく見ない間にまた洗練されていた。

カレンの見ていないところでマナー講習を受けているのかもしれない。

ここはエーレルト伯爵家の領都邸内だから、いくらでもその機会はあるだろう。

「テレサが問題を起こすことを見越して対策を立てるべきでしたのに、申し訳ありません。僕の監督不行き届きです」

「カレン様、わたくしからも謝罪をさせてください……弟が勝手をしてしまい、申し訳ございません」

ハラルドとオティーリエはうなだれている。

その後ろでリリーは目を真っ赤にして泣くのを必死に我慢していた。

「リリーさんも別邸にいなかったの?」

「シリルにお乳をやりに行っていたの……レナから目を離すべきじゃないってわかってたのに、ごめんなさい」

「リリーさんの愛が伝わるには、まだ時間が足りなかったね」

カレンはうなずいて、再び手紙を見やった。

カレンはマルクのベッドから置き手紙を見つけると、すぐにハラルドとリリーを錬金工房邸に呼んだ。

ハラルドは別邸内にいたものの気づかなかったらしく、リリーは不在だったという。

「カレンちゃん、早く迎えに行ってあげないと……! 普通の子(・・・・) にとってだって外の世界は危険なんだから、魔力のない子なんてひとたまりもないわ!」

「普通の子と魔力のない子、ね」

慌てるリリーにカレンは少し考えてから種明かしした。

「子どもたちのことは、大丈夫。実は全部聞こえてたから対処してる。あれだけ大きな声で相談されちゃあね」

魔力量が多いと五感が強化される。

カレンはテレサたちの会話が聞こえていた。

元々、テレサが文字の読み書きを習いたいと言ってきてから初めての授業だったこともあり、何なら最初から意識をそちらに向けていたのだ。

絶対にトラブルを起こすと思ったから。

案の定テレサは動き出し、ミヒャエルとマルクが巻き込まれている。

とはいえ、事の発端はレナである。

途中、ところどころ聞こえない部分はありつつ、テレサのよく通る声は終始聞こえていた。

カレンがマルクの手紙を発見したのも偶然ではない。

マルクが準備をしたいから少し待ってと言いながら、手紙を書いているらしいのを察して手紙を取りに行ったのだ。

リリーはほっとした表情で言う。

「じゃあ、もう迎えにいっているのね」

「えっとぉ、迎えにいってはないんだよね」

「つまり、わざと出ていかせた、ということですね? 確かにカレン様の方針に従わないような子どもはいりませんから、自分で出て行くというのなら止める理由がありませんからね」

ハラルドはいい笑顔になる。反対にリリーの顔面は蒼白になる。

カレンはハラルドを呆れた目で見やった。

「さすがにここで見放したりしないよ。レナを見放したら、今はわたしに従ってくれてる子たちも不安を感じるだろうからね。レナでさえ見捨てられないんだから、自分たちも見捨てられないはず。そういうふうに安心感を得ている子はきっと少なくないよ」

「レナでさえ厚遇されるのであれば自分たちも努力する必要はないのではないか……そう思う子もいるのですよ。悪影響です」

「子どもたちがわたしを信じられなくなることの方が問題だからレナを見捨てはしない。でも、ハラルドの言う悪影響も見過ごせないから考えてみるね」

「……確かに、信心がなくなるのはいけませんね」

誤変換をされた気がしつつもスルーして、カレンは再び手紙に視線を落とした。

「あの子たちが何をするのか見てみたくて、あえて止めずに泳がせてみたの。そしたらマルクはわたしに手紙を残してくれた。それにしてもハラルドはともかく、エーレルト伯爵家の人にも助けを求められないかぁ。確かに、貴族の家の使用人に声をかけるのも怖いよね……」

「私はともかくとは?」

「さっきハラルド自身が言っていたように、出て行きたいなら止めはしないって笑顔で言われるとしか思わなかったんでしょ」

マルクがみんなを止めてほしい、とハラルドに相談したところで、果たしてハラルドが止めたかどうか。

オティーリエの弟のミヒャエルのことは止めはしても、これ幸いと言いくるめて、レナだけ追い出す可能性まである。

ハラルドがテヘペロ顔をする。

本人にも大いに自覚アリである。

こいつ、と思いつつも、怒るようなことでもないので、カレンはハラルドをジト目で見ておいた。

ハラルドのは極端ではあるものの、この世界の一般的な人間の考え方寄りであり、カレンやリリーの方が特殊だからだ。

その時、部屋の扉がノックされた。

「カレン様、動きがありました」

「入って、サラ」

錬金工房邸の応接室に入ってきたサラは礼を取って言った。

「先程、子どもたちが屋敷を出ました」

ハラルドもリリーもオティーリエも目を丸くする。

カレンがマルクの手紙を拾ったのは、何ならマルクが手紙を置いた直後のことである。

だから今の今まで子どもたちは敷地の外に出てすらいなかったのだ。

カレンに見守られていることも知らず、子どもたちは今まさにエーレルト伯爵邸の敷地から出ていったのである。