軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

未来への布石とも

「待って。素材すらわからないものがあるよ……!?」

カレンは錬金工房屋敷に入って愕然とした。

王都の高級錬金術具店のウィンドウショッピング常連のカレンの目をもってしても素材がわからないものも多い。

つまり、一般的な店には出回らないような素材で作られた工房だということだ。

そのテーブルの素材は、一見トレントの中でも質のいい、王都ダンジョン七階層にある豊穣の森で栄養をたっぷり蓄えたトレント・セブンのようにも見える。

しかし、カレンはこれによく似たもっと高級な素材を知っている。

「まさかこれ、エルダートレント……!?」

「カレンも共に潜った王都ダンジョンで、エルダートレントが越境して上層に昇ってきた時に倒したものだね」

「しかもこれ、心材の一枚板だよね!? 魔力の通り道を感じる……!」

赤みがかった重厚な一枚板のテーブルは、滑らかに磨き上げられている。

それだけではなく無魔力素材のテーブルとは違った魔力的な機能も完璧に備えていた。

カレンがテーブルを撫で回すのを見て、ユリウスはくすりと笑った。

「私でも中々手に入らない素材はすべて可動式の道具を作るのに使用しているから、いずれヒンメル領に移る際には持っていって使ってほしい」

トールがこれまでの戦いで得た貴重な素材を自分たちの装備品やポーションを作るために溜め込んでいたように、ユリウスも使うべき時のために溜めていたのだろう。

それを、ユリウスはカレンの錬金工房のために使ってくれたのだ。

「Bランク錬金術師の格には合うと太鼓判を押されているが、カレンの格に釣り合うかは少々自信がない」

そう言ってユリウスが眉尻を下げる。

「――君は、いずれSランク錬金術師になる人だ。長く使ってもらいたい気持ちもあるが、君の錬金術のために足りない時には決して無理に使い続けないでほしい」

まるで目と鼻の先にある予定を語るかのように言うユリウスに、カレンはぎゅうぎゅうと抱きついた。

トールが目指す王都ダンジョンの四十階層。

そこまでの道のりで問題になるのは三十一階層から三十九階層である。

この階層では、試練のような極寒の冬が続くという話である。

その気候に適応するの耐寒装備の素材を集めるために、トールはエーレルト領都ダンジョンの二十一階層から三十階層を攻略したと話していた。

エーレルト領都ダンジョンの二十一階層から三十階層は、氷の世界なのだそうだ。

一層ごとに素材を集めてはダンジョンを出て、装備を作って再び潜るという方法もある。

だが、王都ダンジョンの三十一階層で手に入る素材よりも、エーレルト領都ダンジョンの三十階層のボスを倒して手に入る素材の方がレア度が高く、装備品の素材として優れている。

深い端数の階層の魔物よりも、十層ごとのボスの魔物を倒した方がいい素材が手に入るのだ。

だから大抵、実力がある冒険者は十層ごとに装備を一新する。

次の十層に挑むために、別のダンジョンの似た気候の浅層で素材集めをして、次の十層に潜るための装備を揃えるのだ。

無論、そもそも十階層を越えられる冒険者が少ないので、一層ごとにちまちま魔物を倒しては素材を集めて装備を揃える方が一般的である。

ちなみに、ユリウスが潜ったエーレルト領都ダンジョンの十一階層から二十階層は灼熱の砂漠の世界だったという。

カレンなら寒暖差だけで死んでしまいそう。グッピーカレン。

「ユリウスだったらこういうポーションがほしいとかある?」

カレンは工房の一角を振り返った。

そこには居心地のよさそうなソファが置かれている。

ユリウスはちゃっかりと錬金工房の隅にカレンの休憩所兼、自分用の待合室を作っていた。

距離を取ってカレンの錬金作業を邪魔しないようにしつつも、カレンを見守れるポジションである。

「リヒトと共に森の端ダンジョンに潜った時に作っていたポーションを作るのはどうだろう?」

「あれねえ。あれを飲んでも寒かったんだよね……。十階層でギリギリなら、三十一階層から四十階層には耐えられなくない?」

「確かに、階層が深くなるごとにダンジョン内の環境は人間にとって耐えがたく悪化していくものではある」

ユリウスはカレンの言葉にうなずいた。

寒冷な気候のダンジョンだとして、十階層よりも二十階層の方が寒いし、三十階層の方がもっと寒い。そういうものなのだ。

二十階層まで潜った人が言うのだから実感としても間違いないのだろう。

「だが、道中の負担は確実に減るはずだよ。何を荷物に加えるかは最終的にトールくんの判断によるとは思うが、選択肢としておすすめする」

「ユリウスがそう言うのなら、作っとく」

「それと、三十一階層から四十階層だけでなく、三十階層までの道のりに備えたポーションも用意するのもいいだろう。未知の危険に備えられることは限られているが、既知の危険に対してなら具体的に備えようもあるだろう」

「確かに! 王都の三十階層までの道のりは深層のわりには知られているもんね」

ダンジョンごとに内部の気候は違うものの、階層によっては似たような気候もある。

エーレルト領都ダンジョンは十一階層から二十階層が砂漠地帯だったが、王都ダンジョンは二十一階層から三十階層が砂漠地帯だという。

この砂漠地帯の中の二十六階層にあるオアシスでは魔物の湧きを制御できるとかで、商人が宿を営んでいる。

だから王都の三十階層までの間は情報が多い。

深層に潜っていく冒険者が体を休めることのできる唯一の宿。

この宿を維持することが王都の商業ギルドとギルドに所属する商人たちのもっとも大事な仕事の一つである。

――グーベルト商会があのまま大きくなっていれば、いずれはそのダンジョン内の宿を維持するための礎の一つとなっていただろう。

それを潰した分の負担は、巡り巡ってトールの負担となって返ってくることになる。

だが、グーベルト商会を潰して石鹸の権利を取り戻したから、カレンはトールのために必要な石鹸を作ることができる。

「……石鹸も作ろっと。日用品だって、すべてが何らかのポーションになっていたら助かるよね? ただの石鹸より」

「間違いなく」

「子どもたちの誰かがわたしの無魔力素材のポーションを作れるようになってくれたら、ポーションになった石鹸を売りたいな」

「いずれきっとそうなるだろうね」

もっと早くカレンが自分の作ったものの価値に気づけていたら。

ポーションになった石鹸に早く気づいて、自分以外の人も作れるようになって、大量生産できる体制を整えられていたなら、二十六階層の宿の備蓄にはカレンのポーションが採用されていたかもしれない。

「……今からでも、できることは全部やらないと」

「トールくんは君みたいな姉がいて幸せ者だね」

たらればに足を掬われそうになりつつも、カレンは顔を上げて拳を握る。

ユリウスはそんなカレンを眩しげに見守っていた。