軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二人の管理者

「申し訳ありません、カレン様。僕の教育が至らなかったばかりにご不快な思いをさせてしまいました。今後はこのようなことがないよう更に教育を徹底して参りますし、他に不満を持つ子は一人もおりませんのでご安心ください」

応接室でハラルドが入れてくれたカモミールティーを飲みながら、カレンは頭を下げるハラルドに首を傾げた。

「本当に?」

「はい、本当に心から――」

「ハラルドの謝罪の気持ちを疑っているわけじゃなくて。本当にここに連れて来られたことに不満を持ってる子って、あの子しかいないの?」

「はい? ええ、そうです」

「心の内に不満を秘めている、とかじゃなくて?」

「もちろん、不満など抱くはずがありません。――念のために付け加えておきますと、僕がカレン様に対して強い信仰心を抱いているからそういう結論に至ったわけではなく、客観的に見ても不満など出るはずがないのです」

「信仰心……」

微妙な顔つきになるカレンに、ハラルドは平然と続けた。

「誰の目から見てもここでの扱いは破格です。僕が当初受けた扱いよりも上ですらあります。ですからここに辿り着いた魔力無しの子どもたちは、ここから追い出されまいとカレン様の機嫌を損ねることを極端に恐れているくらいです」

レナを囲む子どもたちの顔は、幼いレナを囲んで叱っているというには固く、険しく、怒りに満ちていて――異様な雰囲気だった。ミヒャエル以外。

「――それが転じてレナへの強い隔意に繋がったようですね」

カレンがこの事業への熱意を失えば、彼らは途端に路頭に迷うことになる。

だから彼らは幼い子どもとはいえレナがカレンを罵るのが許せなかったのだという。

カレンがそれぐらいのことを少しも気にしないどころか、レナ以外にこの境遇に不満を抱いている子がいないってホント!? と驚愕しているくらいだとは、子どもたちには察するすべもない。

「レナは確か、ベル子爵領の子だよね?」

「取るに足らない子どもたちの出自まで覚えていらっしゃるとは、流石はカレン様です。仰る通りにベル子爵領の子でして、ミヒャエルがあの子のことを知っていました」

「家族と無理やりに引き離された、とか?」

エーレルト領都の孤児院の子に関しては、カレンは本人の希望を優先した。

それができたのは院長であるオーガストが善良だったからだ。

カレンが貴族と交渉して呼び集めた他の領地の子どもたちについては、本人らの希望など何一つ通らなかっただろう。

そういう境遇にある子たちだからこそ、カレンは保護に動いたのだ。

その中で、領主の命令で魔力無しの子を捨てるように命じられた親すらいた可能性がある――とカレンはレナの様子から推察したのだが。

「いえ、そういった事情はありませんでした」

ハラルドはカレンの推測を否定した。

「レナはベル子爵家の使用人の家の子だそうです。生まれた当初と、魔力がないと判明してからもしばらくは可愛がられていたようです。しかし次の子が生まれて魔力があると判明し、ホルストの騒ぎもあって両親に疎まれるようになっていったようだと、ミヒャエルが言っていました」

「オティーリエも知ってましたか?」

カレンはカレンが座るソファの背後に立つオティーリエに訊ねた。

オティーリエは首を横に振る。

「いえ……私はほとんど外に出ておりましたので、使用人の子には詳しくございません。ミヒャエルは邸内から出ることをほとんど許されていませんでしたので、邸内で過ごす時間が長く、邸内の出来事には詳しかったようです」

「……そうでしたか」

重めのエピソードが出てきてカレンは神妙な面持ちでうなずいた。

ミヒャエル本人は平民の子どもたち相手でも分け隔てなく身分を感じさせない――と言えば聞こえのいい、毎秒人を笑わせようとしているとしか思えないひょうきんなお笑い芸人である。

まだミヒャエルの身分に慣れていない子が笑ってはいけない選手権に陥っているのを時折見かける。

マルクあたりはもう慣れて、ミヒャエルを窘めている。

あの明るさを見るに、外に出ることを許されていなくとも実際はそう辛い思いはしなかったのだろう、と予想してカレンは気を取り直した。

「――つまり、レナ本人も捨てられた自覚はあるはずです」

ハラルドは重々しく言った。

「現実を受け入れられないんだね」

カレンが哀れに思って溜息を吐くと、ハラルドはうなずいた。

「そのようです。理解していてカレン様に八つ当たりをしたということです」

ハラルドは哀れみを催した様子もなく、険のある暗い微笑みを浮かべた。

「本人の希望通り両親のもとへ帰してやってはいかがです? 保護と慈悲を与えようとしたカレン様を誘拐犯などとほざいたのですから、文句は言わせません」

誰よりも子どもたちに感情移入しているハラルドの言葉だ。

きっとこれが他の子どもたちの大勢の総意でもあるのだろう。

しかし子どもたちとは違って、ハラルドはカレンの弟子である。

カレンの気持ちをすでに察しているだろう。

「そのハラルドの提案に対してわたしがなんて答えるか、ハラルドは聞かなくってもわかるよね?」

カレンの言葉にむすっとした顔で黙り込んだハラルドはもちろん、カレンがレナを見捨てるつもりなんてないことにはとっくに気づいていただろう。

不満も露わなハラルドの頭にカレンが手を伸ばそうとするとハラルドはハッと息を呑んで避けた。

「こ、子ども扱いされるところだった……!」

カレンの意に沿わないことを言ってみたり、唇を尖らせて不満を表してみたりと、以前よりもずっと馴れた態度は師弟の関係を越えているような気がしたが、カレンは指摘せずに笑顔で標的を逃した手を下ろした。

「子どもたちの情緒面の管理はハラルドには向いてないから、リリーさんに任せるよ。教育と仕事についてはこれまで通りハラルドが管理をお願い。リリーさんと力を合わせて子どもたちを見てあげてね」

「……かしこまりました。意見が合いそうにありませんが、リリーさんはカレン様の恩人とのこと。それならばあらゆる理不尽を呑み込みましょう」

「ま、どうしても折り合いがつかない時にはわたしに相談してくれたらいいからね」

悲壮風に決意を固めるハラルドにカレンは軽い口調で言うと、子どもたちのいる別邸の奥を見やった。

今の時間は労働時間だ。

だがレナは働くことも拒否して部屋に閉じこもってしまった。

リリーが様子を見てくれている。

「もっと、手こずると思ったんだけどな……」

「カレン様にとって、手こずるほどのことがなかったのであればよかったのではありませんか?」

陰のあるカレンの表情を見てハラルドが不思議そうに言う。

きっとハラルドでは夢にも思わない理由でカレンは苦笑した。

「レナみたいな子が、もっといてよかったんだよ。いる方が普通なの。だって、魔力のある子をこんなふうに扱かったら、レナみたいな態度を取る子はもっと多いはず。そうじゃないのはむしろ、わたしにとっては悲しいことなんだ」

ハラルドは、カレンから説明を受けてもまだ不思議そうに目を丸くしている。

何を言われたのか浸透していないのがありありと伝わってくる顔つきだった。

魔力無し当事者でありながら、むしろだからこそ、理解が追いつかないのかもしれない。

「……カレン様にとって悲しいことは、起こるべきではありませんね」

しばらくの沈黙の後、ハラルドはぽつりとそう言った。

「リリーさんと協力して、カレン様の理想の実現のために事に当たります」

カレンはうなずいてもう一口カモミールティーを飲むと鑑定鏡でカップの中身を鑑定する。

口をつけても品質が落ちすぎることもなく、熱を下げる効果が現れている。

「こんなに美味しいカモミールティーを入れられるようになったハラルドになら、錬金術の教育と仕事については全面的に任せられるね」

「……っ! 光栄なお言葉、ありがとうございます、カレン様」

そう言うと、ハラルドは潤んだ目を伏せて綺麗な礼を取った。