作品タイトル不明
未熟な子
現場は別邸内の応接室だった。
応接室とはいっても、高価な家具や貴重品は片付けてある。
子どもたちが汚したり壊したりしても気にならないように――カレンやエーレルト側は気にしないが、子どもたちが気にするのだ――平民向けのごく普通の家具を入れた子どもたちのための談話室だ。
談話室には子どもたちのほとんどが集まっていて、その中心で一人、ぬいぐるみを抱いた女の子が泣いていた。
声をあげて泣いているのは幼い女の子だ。
どう見ても十歳には満たない子で、カレンの記憶が正しければ五歳である。
そして、他の子どもたちがその女の子を囲んでいる。
囲む子どもたちの表情は困惑や戸惑いを含みつつも、主に固い怒りの色が濃かった。
リリーは真っ先に動き出した。
女の子を囲む他の子どもたちをかき分け、泣いている女の子に駆け寄って抱きしめた。
「この子を泣かせたのは誰かしら!? 寄ってたかってこんなに小さな子を囲んで! あんたたち、恥ずかしくないわけ!?」
リリーが周囲の子どもたちを睨みつける。
カレンとリリーの後ろについて、静かに付き従っていたオティーリエが堪えきれないとばかりに言った。
「……何か事情があるのかと存じますわ」
オティーリエは苦い顔つきである。
少女を囲む子どもたちの中にはミヒャエルもいるので、リリーの一方的に決めつける言い分には物申したくもなるだろう。
ミヒャエルは囲む子どもたちの中では少数派で、怒りよりも戸惑いが強い様子だ。
落ち着かなげにキョロキョロしていたかと思うと、カレンとオティーリエを見つけて顔芸をはじめた。
姉を見つけて嬉しいのか、弁解したいのか、とても顔がうるさい。
「わたしもそう思いますよ、オティーリエ様」
「オティーリエです」
「……はいはい、オティーリエ」
カレンは溜息を吐くとオティーリエから敬称を外して、続けた。
「わたしですら、この状況を見れば何か事情があってのことだろうと思います。幼い子どもとはいえ、賢い子は結構ずるく立ち回れます。幼い子どもとはいえ何かしらの過失があれば咎めるべきだと思ってしまいます」
「……思ってしまう、ですか」
カレンの言葉のニュアンスをオティーリエは汲み取って復唱する。
掴んで欲しい部分を的確に掴んだ上に、呑み込もうとまでしてくれる様子のオティーリエに、カレンは笑顔でうなずいた。
「はい。だけどリリーさんはすごいんですよ。すんごく甘くて、幼い子どもはどんな子でも愛されて、守られるべきだと心の底から思ってるんです」
カレンは前世の記憶を持ってはいるものの、この世界のやり方にもそれなりに慣れている。
高い高い理想を掲げてはいるとはいえ、すべてが叶うとは流石に思っていない。
だが、リリーは高い理想を目指してはいないのに、その理想の中で生きている。
子どもを世話するだけならエーレルトには頼める人がたくさんいる。
とはいえ、リリーのように分け隔てのない心からの愛情を示せる人はそういない。
だから、リリーに子どもたちの世話を頼みたかった。
ハラルドが学問の面での責任者なら、リリーには生活の面での責任者になってもらいたかった。
「リリーさんにかかれば、魔力のあるなしだって関係ありません。弱い人を守りたいし、困っている人がいたら助けずにはいられなくて、強いからって横暴な人が大嫌いなんです」
「そういう方がミヒャエルの側にいてくださったら、確かに安心ですわね」
ミヒャエルのような弟を持つ姉であるオティーリエは、深い共感を示した。
冒険者街で、冒険者の集まる居酒屋の看板娘として生まれ育ったのに、リリーは強者絶対主義者にはならなかった。
本人も父親も、そこそこ魔力持ちである。
なんなら母親は現役の冒険者だったはずだが、母親とも仲がよかったはずだ。
どうしてそんなふうに成長できたのか――カレンがリリーの生い立ちを考察していると、別邸の責任者が現れた。
「カレン様? どうされたのですか?」
部屋の奥からやってきたハラルドは目の前で囲まれている小さな女の子と囲む子どもたちを完全に無視して、その向こう側にいるカレンを見て目を丸くした。
「何か諍いがあったみたいだよ。何があったのか気になってね」
「この子がいじめられていたのよ!」
「ふむ」
感情的になっているリリーをハラルドは平然とした顔で見下ろした。
「一人、僕の授業に現れない子がいましたので、授業の後に子どもたちが様子を見に行くと言っていました。僕が知っているのはここまでです。両者の意見を聞いてみましょう。ミヒャエル、何があった?」
「エッ、ぼくぅ!? えっと、えーっと……!」
ハラルドはミヒャエルをオティーリエの弟だからという理由で特別扱いはしないものの、この場で身分が一番高いからか、代表者として扱った。
中々言葉を見つけられずにいるミヒャエルの姿に、隣にいたマルクがおずおずと手を挙げた。
「僕でよければ説明します」
「では、マルクに頼もう」
「はい」
ミヒャエルはほっと胸を撫で下ろす。
あまりにもわざとらしい仕草である。
横目に見ていたマルクは苦笑すると、質問をしたハラルドではなくカレンの方に体を向けた。
ハラルドはうむとうなずいているので、それでいいらしい。
「お騒がせしてしまい申し訳ありません、カレン様。ですが僕たちは彼女を――レナをいじめてなんていません。レナが決して口にすべきではない言葉を口にしたので、それを叱っていただけです」
カレンが、それがどんな言葉なのかを問い質す前に、リリーの腕の中で泣き止んだレナが叫んだ。
「レナ、こんなとこいたくない!」
リリーの腕が温かくて、きっと安心したのだろう。
勇気づけられたのだろう。
甘えてもいいと思わされるところがある。
それがリリーのいいところだ。
悪いところでもあるけれど――。
「レナ、ここきらい! かえりたい!! おうちにかえして!! ママのとこにかえる!! パパとあそぶの!!」
リリーの腕の中からレナはカレンを睨みつけた。
幼くとも、誰がこの場で一番偉いのかは理解しているらしい。
「うちにかえしてよ、ゆうかいはん!!」
カレンを睨みつけるレナに、リリーは覆いかぶさるように抱きしめた。
この場にいるカレンとリリー以外の全員の目が、ひどく冷たく凍てついていたからだろう。
強者によって慈悲で生かされている弱者が強者に逆恨みすることなんて、どんなに幼い子にも赦されない。
そういう殺伐とした世界だから。
だから、リリーに子どもたちのことを頼みたかった。
これが半分特別扱いではない理由だった。