軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

兆しの観測

「……なんだか、普通のひとだった、よね?」

「優しそうに見えたけど、でも――」

堰を切ったように話しはじめようとした子どもたちを見渡して、ハラルドは彼らの話を遮った。

「僕はおまえたちを憐れとは思わない」

その場に唯一残ったハラルドが言うと、子どもたちはぴたりと口を噤んだ。

カレンたちがいた時とは違い、彼らはその表情にほんのりと反感を滲ませる。

彼らはすでにハラルドを知っている。

ハラルドが説明したからだ――元魔力無しだと。

すでにハラルドは錬金術師だ。

実のところ、子どもたちにとって雲の上の存在である。

しかし希望の星であると同時に、彼らの同類でもあり続けている。

だから子どもたちはカレンに対するのとは違う眼差しをハラルドに向ける。

その甘え混じりの反感も、畏怖の籠もった憧れも、すべてを淡々と見つめ返してハラルドは続けた。

「先日、王都で起きた事件について知らない者はここには存在しないだろう」

「……知らないわけない」

誰ともなく呟いた。この場にいる誰もが、『王都で起きた事件』と言われれば、たった一つを思い浮かべる。

自分たちが迫害され始めた原因である。

これまでだって、迫害されていなかったとは口が裂けても言えない状態だった。

それがホルストのせいで、魔力無しの大人たちの犯した罪のせいで――罪を犯していない自分たちまでもが、より過酷な境遇に放り込まれた。

「あいつらのせいで……!」

恨みを滲ませる子どもたちの中で、ミヒャエルだけは居心地悪そうにうつむいた。

この場にいる平民の子どもたちが憎悪を向ける相手、ホルスト。

その存在は、貴族出身のミヒャエルにとっては命綱のような存在だった。

ハラルドはそちらを一瞥すると言った。

「あの事件のおかげで、おまえたちは幸運を得た」

「はあ?」

九割の反感の中でミヒャエルだけが驚きの表情を浮かべた。

「あの事件があっておまえたちへの風当たりが強くなったからこそ、おまえたちはカレン様に引き取られたんだ。それを幸運と言わずに、何と呼ぶ?」

子どもたちは反論はしなかった。

ハラルドの言葉を呑み込んだわけではない。

すでに子どもたちは、ハラルドに反論をしても無駄であることを知っていた。

「僕という『例』がある」

ハラルドという実例に関しては、子どもたちもどうしても心を動かさざるを得ない。

そうして子どもたちの耳目を集めたハラルドは、これまでにも幾度となく子どもたちに聞かせた 思想(・・) を繰り返す。

「カレン様を信じればいい。そうすれば、いずれ僕のように道が開けるだろう。おまえたちの道が開けないとすれば、それはカレン様を信じる心が足りていないからだ。おまえたちが悪い。だがカレン様を心から――魂から信じさえすれば、やがておまえたちも救われる日が来るだろう」

ハラルドは陶然とした面持ちで予言すると、おもむろに部屋の隅に片付けてあった絵画から布を取る。

そこには、荘厳な趣のある階段の前に立つカレンの絵が描かれている。

空から降りそそぐ後光が明るくカレンを照らし出していた。

実物のカレンを見た子どもたちの目には、かなりの脚色を感じさせるものである。

ハラルドはその絵を部屋の中央に掲げると、笑顔で子どもたちに言った。

「さあ、今日も 女神様(・・・) に祈りを捧げよう」

そう言った瞬間、部屋の扉がバタンと開いた。

「ハ・ラ・ル・ドッッ!!」

「えっ、カレン様!? 仕事に戻られたのでは!?」

立ち去ったかに見えたカレンが忽然と部屋に現れると、ハラルドはうろたえた。

子どもたちは初めて見るハラルドの表情に目を丸くした。

「あのハラルド先生が、慌ててる……」

「いつもアッチの世界に行ったっきりなのに……」

ミヒャエルの呟きに、マルクはつられて零した。

ハラルドは子どもたちの前で常に厳格で冷徹だった。

出自は平民、元魔力無しだという話なのに、ここエーレルト伯爵家の別邸に出入りする使用人や、かなり身分が高そうな紳士相手でも、誰にも卑屈になることなく堂々としていた。

だから子どもたちはハラルドに反発しつつも憧れていた。

その突き放すような冷徹さを恐れながらも敬っていた。

自分の師への異様な信仰心を露わにするハラルドに引きつつも、子どもたちはその信仰心をもたらした奇跡に焦がれた。

超然としたハラルドのイメージが、ガラガラと崩れていく。

「普段のあなたたちの様子を見ようと思って、こっそり戻ってきたの! 何してるわけ!? 女神じゃなくて、これ、わたしでしょ!?」

「め、女神の姿形は決まっているわけではありませんし……誰もが自分の思う女神の姿形を胸の内に抱く権利がありますしぃ……」

ハラルドはしどろもどろに言い訳する。

カレンは絵画を睨んで言った。

「だとしても、それをわたしのことを知りもしない子どもたちに拝ませるのはおかしいでしょ!」

それはそう、と子どもたちの心の声は一致した。

階段は階梯を意味し、その前に立つ女性は女神を表す。

子どもたちは日々、自分たちを集めているという錬金術師カレンを模している女神の絵姿を拝ませられながら、実際のカレンはどんな人物なのかと思いを馳せてきた。

「これじゃカルト宗教みたいでしょーが! この絵も没収!」

「そんなぁ……!」

しょぼくれた顔になるハラルドを見て、カレンが呆れた顔で溜め息を吐く。

「自分一人で勝手にやってるならいいけどね? それも変な話だけども……普通、恋人を女神にたとえるものじゃない? わたしのことが好きとかじゃないよね? わたしにはユリウスがいるからそういうのは困るんだけど」

「あ、そういうのではまったくないのでご安心を」

「だよねえ。ハラルドはどちらかといえば息子だし」

「弟子です」

子どもたちはそのやりとりをじっと観察していた。

つまり、カレンは普通の感性を持つ人間なのだ。ハラルドとは違って。

カレンが自分を女神と思って崇め奉れと言う種類の人間ではないとわかって、子どもたちはほっと息を吐く。

更に、ハラルドはカレンの意に背いたらしい。

しかし絵を没収するという、ごく軽い罰を与えただけで、カレンはあっさりとハラルドを許した。

カレンが、些細な失敗をしただけで激怒する人間ではないともわかった。

「みんな、ハラルドに付き合わせてごめんね」

「いえ……」

カレンに謝罪され、子どもたちは曖昧にうなずく。

「またハラルドが変なことしてたら、教えてね。止めるから」

カレンにそう言われても、と子どもたちは無言のうちに思いを同じくする。

ハラルドという権力者が悪事を犯し、その告発を自分たちがしたところで、果たしてカレンがハラルドと何の能力もない自分たちのどちらを信じるのか?

これまでの人生から、その結果をすでに子どもたちはよく知っていた。

「カレン様がこう言っているのだから、僕が何か変な真似をしていると思えば報告するように。おまえたちの忠誠心を試すために、むしろ時折変な真似をしてみせるからな」

「子どもたちが可哀想だからやめなさい、ハラルド」

「はい、カレン様」

変わり身の早いハラルドの姿に、子どもたちは目をしばたいた。

もしかしたら、本当に報告してもよいのかもしれない。

むしろ報告しない方が咎められそうな様子である。

和らぐ空気に飲まれる子。

警戒心をうっかり忘れそうになりながらも、改めて気を引き締める子。

様々な子どもたちを見下ろして微笑むと、カレンはハラルドを連行していった。

その姿を見て、子どもたちは最後にもう一つ理解した。

「カレン様がここで一番偉い人なんだ」

子どもたちは誰ともなくその一番大事な情報を共有し、うなずき合った。

「……でも、女神って感じじゃなかったよね?」

「そうだね」

笑い含みのミヒャエルの軽口に、マルクも微笑んでうなずく。

その時部屋の隅からバタンと音がして、二人は跳び上がった。

またカレンが様子を見に戻ってきたのだとしたら、二人の陰口を許さないかもしれない。

ビクつきながらも、音の発生場所を見れば、先程まで絵画を置いていたイーゼルが倒れただけだった。

二人と、そして子どもたちはみんな揃って胸を撫で下ろした。

緊張が緩むと、そう悪くない未来の兆しの予感のままに、子どもたちはくすくすと笑い出していた。