軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

試練の知らせ

「カレンちゃん……ちょっといいか?」

「どうしたの?」

セプルに真剣な表情で話かけられて、カレンは馬車を降りた。

カレンとリヒトが騎乗竜のルミーを連れていってしまったため、馬車は六層のアダマンタイト鉱床のある洞窟の前に安置されていた。

魔物に襲われた様子もなく無事だった馬車にルミーを繋いで載せてもらい、カレンたちは今現在五階層まで戻ってきていた。

「もしかして、六層の洞窟で攻撃を受けたの?」

カレンとリヒトがルミーに乗ってぶっ飛ばしていった後、騎士たちは気付け薬を定期的に服用しつつ、何とかアダマンタイト鉱床の洞窟を抜けたという。

彼らによると洞窟にはゴーストがいたらしい。

ゴーストというのは読んで字の通り幽霊のような魔物だが、あくまで魔物であって死者の魂とかではないと言われている。

Dランクの魔物にしては騎士たちへの精神干渉が強かった。

なのに帰り道は大した影響がなくて、警戒していたカレンたちは拍子抜けしていたところだった。

騎士たちへの影響が大きかったのは十階層にまでブラックドラゴンが降りてきていた影響で、ダンジョン内の魔物が活性化していたためだろうと結論づけたところだったのに、もしやセプルは何らかの攻撃を受けたのだろうか?

すぐに万能薬の素となってるカレーのルーを囓らせるべきか、とカレンがポーチに手をやったところで、セプルは首を横に振る。

「そうじゃないぜ、カレンちゃん。ただ一つ、聞きたいことがあってな」

セプルは深刻といっていい表情を浮かべている。

ここ五階層は雪山の斜面。空は青く澄んで晴れている。

先日、騎士が落ちかけたクレバスは、カレンたちがいない間に再び雪でも降ったのか埋まっている。

他にもきっと隠れたクレバスがあるのだろう。

それ以外は魔物が出る様子がないとはいえ、もしや何か見つけたのか。

カレンはごくりと生唾を飲んでセプルの続く言葉を待った。

「カレンちゃん、ユリウス様に敬語を使うのをやめたようだが……まさかダンジョンの中でヤったのか!?」

カレンは無言でセプルの脛を下段蹴りした。

「イデッ」

次いでウルテがセプルの尻を蹴飛ばして吹き飛ばす。

飛んだ先にクレバスがあったようで、セプルが着地した地面の雪がボロボロと崩れていき、セプルは喚きながら淵にしがみついた。

「やべえ! 滑って自力で登れねえ! 助けてくれ!」

カレンはセプルが落ちかけるクレバスの亀裂を見て、気がついた。

「あ……この穴、十階層に繋がっているみたい。地面に走る亀裂の形が十階層から見上げた時と同じに見える」

しかし、十階層の縦穴から空を見上げた時にはその亀裂は雪で塞がってはいなかった。青い空が見えたのだ。

ダンジョンに侵入者がいる時だけ雪で塞がる仕様なのかもしれない。

前回騎士が落ちかけたクレバスが塞がったのは、雪が降ったからではなさそうだった。

「へえ、そうなのかい? Bランク冒険者なら下の階層に降りる時の時間短縮になるね。セプルみたいなDランク冒険者がそれをやったら死ぬだろうけどねえ?」

「聞いて悪かったな!! だけど気になるだろッ!?」

ウルテに救出されながらセプルが謝罪のようなものを口にするが、まったく懲りた様子はない。

カレンはセプルを白い目で見やった。

「リリーさんに言いつけてやろ。セプルおじさんにセクハラされたって」

「すんません勘弁してください」

クレバスに落とされそうになった時より平身低頭して謝罪をするセプル。

どうやらカレンが思っていたよりセプルはリリーを大事にしているらしい。

カレンは溜め息を吐いて勘弁してやることにした。

「十階層でブラックドラゴンに遭遇したんだよ? そんな窮地を乗りこえて絆が深まっただけだよ。変なこと言わないでよね」

もちろん、お互いの心の奥底に隠されていたものを打ち明け合ったのも理由の一つ。

だがそれは、セプルに言うことじゃない。

「ユリウス様はね――」

「ユリウス、だろう? カレン」

いつの間にか背後にいたユリウスがカレンの耳元でささやいて、カレンはビクッとした。

「ごめんなさい、まだちょっと慣れなくて――」

「ごめん、で構わないよ。敬語を使われると君と私の間に距離があるように思えて悲しいからね」

「とりあえず耳元でしゃべるのやめてね。こそばゆいから」

ユリウスは笑顔で目を細めると、カレンからゆっくりと離れた。

次に、立ち上がったセプルを見やった。

「セプル、君はカレンにとって親戚のような存在だとは聞いている。が、だとしても女性に対して聞くべきではないことがあるとは思わないかな?」

「ウッス」

「残念ながら私とカレンはまだそこまで親しくないが、たとえ親しくなれたとしてもその正確な時期を君に知られたいとは思わない。わかってくれるかい?」

「ウッス」

セプルは冷や汗を掻きながらうなずき続ける。

いいところで間に入ろう、と見守っていたカレンの耳に、ここにいるはずのない女の子の高い声が聞こえた。

「カレン! 帰ってきたのね!! ……何よその魔物!? デカいトカゲ!? はあ? ブラックドラゴン!?」

雪山の斜面を駆け寄ってきたのはペトラだった。

その軽装からは想像のつかない軽やかな足取りで、ツインテールを揺らして駆け上がってくると、騎士たちが運ぶ魔物の亡骸に驚愕していた。

「ペトラ様、どうしたんですか? いくらペトラ様が強くても、一人でダンジョンに入るだなんて危ないじゃないですか」

「事情があるのよ! だから、ダンジョンの入口を守っていなかったからって、化粧品を渡さないだなんて言わないわよね?」

「はいはい、言いませんよ。……事情って?」

焦った顔でペトラが確認したのが化粧品の件で、カレンは拍子抜けした。

ペトラにとって一番大事なことはカレンから入口封鎖の対価であるヴァルトリーデ王女印の化粧品セットがもらえるかもらえないかであるらしい。

カレンは苦笑しつつ、大した事情ではないだろうなと思いつつ訊ねた。

「実はね、大森林の奥から次から次へと魔物が溢れてきて、地上が大変なことになってるのよ。放っておいたら近隣の町が全部潰されかねない勢いで、伯爵様が指揮を執ってこの狩猟祭のために集まった方々に協力を仰いで、なんとか森からの魔物の氾濫を防いでいるところよ」

「えっ? ……ものすごく大変なことが起きてるじゃないですか!?」

「だから言ったでしょ? 事情があるって」

ペトラはけろりとした顔で言う。

外で起きている大変な事態など、化粧品セットに比べてペトラにとっては大事なことではなさそうだった。

「しかも、ここだけじゃなくてあちこちで同じようなことが起きてるらしくて、狩猟祭の参加者が報せを受けて次々と離脱していってるの。もしかしたら避難しないといけなくなるかもしれないから、お強いユリウス様のことはおいといて、あんたたたちは戻ってきた方がいいんじゃないかって話になって、呼びに来たのよ」

「あちこちで、同じようなこと……?」

カレンの脳裏を過っていたのは、ブラックドラゴンの話だった。

何か、産まれてはいけないモノが孵化しようとしているという。

それを、産まれる前に殺そうとブラックドラゴンは地上に這い出ようとした。

周辺の魔物たちも同じように殺そうと向かう先に、産まれてはいけないモノがいるという。

「そう。今のところエーレルト領内の知らせしか届いてないけど、もしかしたら他の領地でも起きてるかもしれないって、知らせを持ってきた神官様が言ってたわ。女神の試練だって」

「……各地で何かが産まれようとしてるってこと?」

「何の話よ?」

首を傾げるペトラには笑みで誤魔化し、カレンはユリウスを振り返った。

「ユリウス様、やっぱりわたしを抱えて誰よりも早く地上に出ませんか?」

「ユリウス、だよ。カレン」

ユリウスはにっこりと笑顔で訂正する。

カレンはユリウスを睨んだ。

「ユリウス! ヘルフリート様やアリーセ様、ジーク様が危険かもしれないのに、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「わかっている。だが、私にとっては君とのことも大事なことなのだよ」

「もうっ! わかったから早く連れてって!」

カレンが抱っこをねだる子どものように両手をユリウスに広げると、ユリウスはすぐにカレンを抱き上げた。

「リヒト、カレンの荷物を持って私たちを追ってくれ」

「カレンちゃんの荷物なら俺とウルテが――」

「君たちよりもリヒトの方が速い」

セプルの申し出を断って、ユリウスが指示を出す。

リヒトはうなずいた。

「騎士団長殿に事情を説明してからカレンの荷物を持って後を追うぜ」

「頼んだ」

ユリウスに頼まれたリヒトは笑みを浮かべてうなずいた。

「任せとけ!」

ユリウスに頼られたリヒトが満面の笑みでそう言うが速いか、ユリウスが走り出す。

ルミーよりもリヒトに支えられていた時よりもはるかに居心地のいいユリウスの腕に抱えられて、カレンはあっという間に森の端ダンジョンを脱出した。