軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

確定演出

高い高い氷の壁に囲まれた十階層。

カレンはユリウスに肩を優しく揺さぶられて目が覚めた。

目を開けた瞬間眩しさにカレンは目を細めた。

「あ……」

「おはよう、カレン」

「おはようございます、ユリウス様」

カレンは答えてやがて明るさに慣れた目であたりを見渡して嘆息した。

「すごい……」

「この階層は、この時間が一番美しいようだから」

氷の壁や柱に、遠い空から射し込む光の角度によるものか。

氷を反射し、まるでクリスタルのようにあちこちが虹色に輝いていた。

「祈るならこの時間にしようと思ってね」

カレンはユリウスの外套にくるまったまま、ユリウスについていく。

ユリウスはボス部屋の前の広場左の、氷の壁際の氷柱の間、その隅で立ち止まった。

その場にしゃがむとユリウスは無言で聖水を注いだ。

神殿で買えるお清めの水だ。

そして、濡れていない氷の上にカレンがあげたサシェを一つ置く。

死者を悼む贈り物として使われたサシェにカレンは目をぱちくりしたあと、外套のポケットやポーチをゴソゴソと探った。

やがてカレンは背嚢からポーションの素材である瓶詰めのドライハーブを取り出すと中から形の崩れていないものを選りすぐり、小さな花束を作った。

カレンが小さな花束をそっと氷の上に置くと、ユリウスはささやいた。

「ありがとう、カレン」

「わたしにとっては義理のお兄さんやお姉さんが眠っているかもしれない場所なんですから、当然のことです」

カレンは胸を張ると最初からそこにあった氷の墓標に向かって目を閉じた。

この世界では死後魂が階梯を昇って女神のもとに辿り着くようにと祈る。

その魂は転生するのだろうか。

もしも次の生があるのなら、その生が健やかであることをカレンは祈った。

次の生が健やかなら、女神のもとに辿り着かなくたっていいのかもしれない。

カレンだって、女神を経由してこの世界に辿り着いた覚えはないのだから。

祈りを終えた後、カレンは散歩した。

美しい朝日に照らされクリスタルのように輝く氷の中を歩いていたカレンに、いつの間にか側を歩いていたユリウスは言った。

「カレン、婚約者となるのだから、私のことはユリウスと呼んでくれないかい?」

「? ユリウスさ――」

もうそう呼んでいるではないか、と続けようとしたカレンの頬を包み込むように捕らえると、ユリウスはカレンに口づけた。

さま、という敬称をユリウスに呑み込まれながら、カレンは目を閉じた。

合流したアルバンたち騎士はダンジョン十階層のボス部屋に並ぶウェンディゴとブラックドラゴンの亡骸に感嘆を漏らした。

「ブラックドラゴンを討伐するとは……エーレルト伯爵家の祖が成し遂げた偉業ではありませんか」

「ブラックドラゴンの中でも弱い個体だとは思うよ、アルバン。ひどく老いた固体だったからね。早晩寿命で死んでもおかしくはなかっただろう」

「だとしても、エーレルト伯爵家の祖と同じ功績を果たしたことに違いはありません。エーレルト騎士団の騎士として、ユリウス様の偉業を誇らしく思います」

興奮した面持ちで言うアルバンを制するようにユリウスは言う。

「ブラックドラゴンの討伐に関してはリヒトとカレンの協力もあってなし得たことだよ」

ユリウスの謙虚さにカレンは苦笑した。

流石に、百人いれば百人がカレンの貢献なんて信じないだろう。

カレンがしたことと言えばブラックドラゴンの攻撃を一度避けたくらいのことである。

後は対話を持ちかけたことくらいだが、これがどういう計算で経験値として加算されたのか、階梯を昇りかけているカレン自身が不思議なくらいだ。

それなのに、アルバンは妙に納得顔でうなずいた。

「カレン殿ならばブラックドラゴンの討伐に貢献していても不思議ではないのかもしれませんな」

「えっ、信じるんですか?」

「カレン殿の実力はすでに何度か見せてもらっているのでな」

アルバンは目を丸くするカレンを見下ろしてにやりと笑うとユリウスを見やった。

「それに、彼女はダンジョン二十階層攻略者であるあなたがたかだか十階層に潜ったというだけで心から案じていた。ありとあらゆる理由をつけて、自分の手札を曝け出してあなたを迎えに行くために我々に協力を求める姿は騎士の理想の伴侶とは言えませんが、中々眩しいものでした。信用くらい、せずにはいられませんよ」

「カレン……」

ユリウスが胸を突かれた顔をしたかと思うと不意に顔を近づけてきて、カレンはその顔を手袋をした手でガシッと掴んだ。

ユリウスはカレンに掴まれた手指の合間で眉尻を下げた。

「どうして拒むのだい? カレン。もう脳は溶けないのだろう?」

「人前だからね!?」

「人前だと口づけてはいけないのかい? 君は虚栄心が強く他者の前で私の求愛を受けるのが好きなのではなかったのかい?」

「あのねユリウス、男に興味のない男しかいない騎士団の前でドヤ顔しても意味が――」

「おい、またダンジョンの中でイチャついているのかよ、おまえたち!」

意味がない、と言おうとしたところでリヒトの咎める声が飛んでくる。

朝方、リヒトはカレンとユリウスが口づけている現場を目撃した上に、口づけが終わるまでげっそりとした顔で待ってくれていた。

それゆえの言ではあろう。

しかし妙なタイミングだったせいで、まるで男に興味のある男の乱入のようになってしまい、しばしその場に沈黙が落ちた。

やがてアルバンが咳払いをして言った。

「仲がいいのは何よりですが、ダンジョンでは何が起こるかわからないものです。ブラックドラゴンの越境という非常事態が起きた以上、早急に地上に昇るべきではありませんかな?」

「わたしもアルバン様に賛成です!」

「ではダンジョンから急いで出よう。カレン、君を抱えて走ってもいいかな?」

「ダメ」

カレンはユリウスに舌を出すと残念そうな顔をするユリウスと苦笑を浮かべるアルバンから離れた。

浮ついたやりとりをしていたカレンたちをよそに、騎士たちはキビキビと動いてユリウスとリヒトが倒した魔物の亡骸を運ぶために準備を進めていく。

アルバンに引きずられるようにユリウスも準備に参加するのを見て息を吐くカレンのところへ、ゴットフリートが近づいてきた。

「ユリウス様の君を見る眼差しは強烈だな。以前からこれほど強かったか?」

「前よりもっと仲良くなりました」

秘密を打ち明けたカレンを、ユリウスは個人的な弔いに参加させてくれた。

ユリウスの希望でもうカレンは敬語を使っていないし、名前に敬称を付けずに呼び始めた。

「――逃げたくなった時には私に相談しなさい」

逃げるつもりなんてないですよ、と笑顔で答えようとしたカレンが言葉を発するよりも前に、カレンの体は背後から抱きこまれた。

「逃げるとは一体何からの話だい? カレン」

一体どれほど耳がいいのか。

きっとユリウスに聞こえないように声を潜めたはずのゴットフリートの言葉を聞き分けて、一瞬のうちに近づいてきたらしい。

「ねえユリウス、ちょっと苦しいんだけど」

「君が何から逃げようとしたのか教えてくれたら離すよ、カレン」

ユリウスはどこか甘やかな声でささやいた。

がっしりと抱え込まれて身動きできないカレンが答えずにいると、ユリウスの矛先はゴットフリートに向かった。

「騎士団長、あなたは一体何からカレンを逃がそうとした?」

ユリウスの腕に囲われたカレンが見上げる限り、ユリウスは笑顔だったが和やかな雰囲気ではもちろんなかった。

耳元がポカポカと暖かくなりはじめ、カレンはユリウスからの魔力漏れを察知した。

ゴットフリートは緊張した面持ちで、じりじりと後退をはじめていた。

ユリウスの魔力がゴットフリートへの威嚇に変わる前にと、カレンはちょいちょいとユリウスの袖を引っぱった。

「なんだい? カレン――」

ユリウスがゴットフリートから視線を逸らしていささか剣呑な眼差しでカレンを見下ろした。

その唇めがけて背伸びをしたものの、そこまでは届かずにカレンの唇はユリウスの顎に触れた。

「ユリウスがわたしを抱きしめる力が強すぎて、唇に届くくらいの背伸びができなかったね。残念」

目を丸くしたユリウスがカレンを抱きしめる力をゆるめた瞬間、カレンはとっととその腕から抜け出した。

「カレン? 口づけは?」

「もうそういう気分じゃなくなっちゃったので、また今度」

カレンが笑顔で言うと、ユリウスは嵌められたと気づいた顔で不服そうに眉をひそめた。

「そもそも、人前なのに君から口づけるのはいいのかい?」

「わたしからはいいでしょ? ユリウス的にも」

「それは確かに、そうだ」

カレンに言い返されて丸め込まれたユリウスに、カレンは更に畳みかけた。

「ユリウスからのキスはやっぱりまだちょっと溶けそうになるから、二人きりの時でお願いしたいな。溶けてるところを他の人に見られるの、恥ずかしいし!」

「――確かに、他の男に見られたくもない、か」

納得顔をするユリウスを後目に、カレンはゴットフリートを見やってにんまりと笑った。

「愛されまくり確定、ってやつですね?」

「……うむ。まあ、カレン殿のその豪胆さがあれば、そういうことで良いのではないか?」

ひどい呆れ顔で言うゴットフリートと満面の笑みのカレンを見比べて、ユリウスもやがて毒気が抜かれた顔をした。