軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

雪の平原

「さ・む・い~!!」

未攻略ダンジョンである森の端ダンジョンに入るや、カレンは叫んだ。

エーレルトの森の端ダンジョンの一階層は、一面真っ白の雪景色の、雪の平原だった。

外の世界も寒かったが、まだ雪は降っていなかったのに。

「エーレルトにあるダンジョンの一階層はほとんど極寒の冬だからなあ」

「カレン殿は馬車の中で毛布を被っているといい」

ゴットフリートはのんびりと言い、アルバンは早速カレンに荷馬車に乗るよう指示を出す。

「ううっ……ここで意地を張っても仕方ないので、お言葉に甘えます……」

何と言っても雪に足を取られるカレンの歩みが遅すぎた。

エーレルト出身の騎士たちは、足首まで埋まるほどの雪の中を慣れた足取りで進んでいく。

雪の中で歩くことに慣れているのだろう。

彼らは外の世界ではそれぞれの家の使用人や従騎士に傅かれ、世話をさせていた。

だが、カレンがペトラとロジーネを置いてきたように、騎士たちも己の身一つをダンジョンに持ち込んでここにいる。

戦えないのは、カレンひとりだけだ。

「カレン、手を」

「ありがとうございます、リヒト様」

カレンは礼を言い、リヒトの手を借りて騎乗竜が引く荷馬車に乗り込んだ。

道がよくないので揺れはするが、魔物素材のこの世界のタイヤはかなりの優れものだ。

雪道だというのに、気になるほどの揺れはない。

カレンはほっと息を吐くと、隣を歩くリヒトを見やった。

「まさかリヒト様までついてきてくれるとは思いませんでした。あんなにユリウス様なら大丈夫だろうっておっしゃっていたので、いらっしゃらないと思ってました」

ユリウスを心配していないリヒトには、ダンジョンに潜る理由がないだろうに。

リヒトはカレンを横目で見やった。

「君がダンジョンに潜るなら俺も潜るさ」

「……ああ、なるほど」

カレンが何事かに得心すると、リヒトは嫌そうな顔になった。

「君が一体何に納得した顔をしているのか、気になるところだな」

「差し迫った状況では人の本性が出るって言いますもんね。そう考えると、ダンジョンの中はうってつけでしょうね。わたしの本性を確認するため、ですね?」

「君を守るために決まってるだろう!?」

「エッ!?」

カレンが驚愕に目を見開くと、リヒトは首を振る。

「何を驚いているんだよ。君をそもそも差し迫った状況になんてさせるわけがないだろ。ユリウスに申し開きできないだろう」

荷馬車に積んだ荷物の中の毛布を探していたカレンは、手を止めてぽかんとリヒトを見つめた。

そんなカレンに、リヒトは苦い顔で言う。

「そもそも、君を守るために君の側にいるに決まっているだろう」

「え……ええーっ!?」

「驚きすぎだろ……確かに君がどんな人間なのか見定めようとは思っていたが、そんなことのために四六時中行動を共にするわけがないだろうが」

リヒトは言って舌打ちする。

「ったく、ユリウスに、君が何をしようとしても自由にさせろと言われていなければ、ダンジョンになんて潜らせなかったのに……」

ぶつぶつ文句を言いつつも、カレンについてきてくれるらしい。

カレンを守るために――ユリウスにそう頼まれたから。

カレンは荷馬車の中に積んだ荷物の中から引っぱり出した毛布にくるまって、ひとりぬくぬくとしつつ呟いた。

「リヒト様って、本当にいい人ですねえ」

「ふん。君にいい人だと思われたくてやっているわけじゃないけどな」

「ユリウス様にとっていい人間でありたいんですね。いいお友達ですねえ」

ユリウスと同ランクのリヒトが同行してくれるなら、この道行きの安全は保証されたようなものだろう。

カレンはほっとしたし、騎士たちもリヒトの同行を歓迎していた。

リヒトの同行が彼らの誇りを刺激することはないらしい。

ダンジョンへの潜入は、それだけ命がけなのだろう。

――このめったにない機会に、確認しておきたいことがある。

カレンは荷物の中から毛布と共に引っぱり出した紙の束を手に取った。

「……ん? カレン、君、何を読んでるんだ?」

「論文です」

「ここがダンジョンの中だとわかっているかい?」

「ダンジョンに関する錬金術の論文をダンジョンの中で読めることなんてめったにないですよね」

カレンは論文に視線を落としたまま言った。

「そいつはダンジョンに関する論文なのかい?」

リヒトが訝しむように言う。

論文のタイトルは、『影響圏外における薬草の栽培』。

グラドリーア侯爵家が後援するBランク錬金術師ラッカー氏の執筆した高名な論文。

タイトルだけでわかるとおり、影響圏外なら薬草が栽培できるという研究結果を出した論文だ。

Bランクになったカレンはこの論文を読めるようになった。

書き写した論文を持ち出すことさえ許される。

魔物の襲来で天幕にこの論文を置いたまま逃げてしまったが、ダンジョンに潜る前の準備として、取りに戻った物のうちの一つだ。

「ダンジョンについても書かれているんですよ。影響圏外って、ダンジョンの中と同じような環境だって言われているじゃないですか? ダンジョンと同じように薬草が生えますし」

「そうだな。魔物も出る」

「だけど、ダンジョン内では薬草を栽培できないんだそうです。むしろ、ダンジョン内での薬草栽培の実験についての記述が面白いんですよ」

ダンジョン内では薬草がポンポン生える。

どの薬草も瑞々しく青々しく、新芽の状態でもなければ成長しすぎて枯れてもいない。

いつも、常に、どの薬草も成長しきった双葉の姿で、きらきらと輝いている。

ラッカーは研究の冒頭で、この薬草がどこから来てどこへ行くのか調べるために、ダンジョン内に生えた薬草ひと株に目を付けて、人を雇ってその薬草を監視させたそうだ。

だがダンジョン内で監視していた薬草は、監視者の目をすり抜けるように消えてしまった。

だからラッカーはダンジョン圏外での薬草栽培の研究に切り替えた。

ダンジョン圏外なら、薬草は少なくとも消えることなくやがて枯れるからだ。

枯れるまでの時間を、肥料を与えることで引き延ばすことができること。

肥料として魔石や魔物の死骸が使えることをラッカーは発見した。

枯れない時間を増やすと種を落とすのか、薬草の株が増えるという。

とはいえ、いつの間にやら生えていることに気づくまで、芽の状態なんかの生えかけの薬草を観測はできないらしい。

観測者が観測しているうちは生えない植物。

――それは果たして、植物なのか?

「……ふう。有名な論文って、やっぱりすごい」

カレンはごくりと息を飲む。

この論文のおかげで、薬草に関する理解が深まっていくのを感じる。

かつてこの論文を例に出して、ジークの名前を冠する論文を書いた。

あれだけ煽ったのに、あの論文がこの水準に達している自信がないのがジークに申し訳ないところである。

薬草。回復ポーションの素材となるこの植物が一体何なのか、ダンジョン内で過ごせばカレンの中で更に理解が進むかもしれない。

薬草の理解が進めば、カレンのポーションはより階梯を昇るだろう。

リヒトは鼻の頭を赤くして論文に没頭するカレンを見て溜息を吐いた。

「いいさ、君は論文を読むでも寝るでも好きにしているといい。君がいくら気を張って周囲を警戒したところで、神経を削るだけで無駄だろうからな」

「じゃ、わたしは論文を読ませてもらいますね」

「騎士たちが白い目で君を見ているが?」

リヒトに教えられてカレンは前を見やる。

前を歩く騎士たちが交互に振り返り、ダンジョンの中で一体何をしているのかという眼差しでカレンを見ていた。

カレンは怯むことなく笑顔になり、彼らに聞こえるように言う。

「これが、今わたしにできる最大限の努力なんです。戦いや哨戒でお役に立てることなんて何もないわたしが、薬草への理解を深めること。これはすなわち、回復ポーションの品質の向上です。この努力がもしかしたら、皆様の命を救うことになるかもしれません」

「というのは建前だろ。で、本音は?」

「ダンジョンに潜れるめったにない機会に錬金術師として学べることは全部学んでおきたい! という気持ちもありますが――どっちも本音ですよ? どっちも事実である、という方が近いかもしれません」

薬草への理解を深めれば、回復ポーションの品質が上がる。

回復ポーションの品質が上がれば助かる命が増えるかもしれないのは事実。

それがただただ楽しいのもカレンの真実だ。

騎士たちが得心顔で前を向く。

カレンはにっこり笑顔でリヒトを見やると、再び論文に視線を落とした。

そんなカレンに、リヒトは「図太すぎるだろ」とぽつりと呟いた。