軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出立準備

「未攻略ダンジョンの十階層まで行くこと自体は、我々にとって難しいことではない。ボスと戦うのでなければな。だが」

アルバンはカレンを見下ろして厳めしい顔つきになる。

髭を剃ったようで、髪も洗ったあとに撫でつけたのか、全体的にさっぱりしている。

髭面のアルバンは三十代後半ぐらいに見えたのに、身支度を調えたアルバンは二十代半ばくらいにしか見えない。

表情わかりやすくなると、痩けた頬や目の下のクマから心労のほどが窺える。

低い声を作り威厳を出そうとしているのがよく見えた。

「戦えない者を守りながらとなると、途端に困難を極めることとなる。我々がカレン殿を傷一つなく守り抜くためにも、我々の指示には従ってもらいたい」

「わかりました」

殊更重々しく言うアルバンに、カレンは素直にうなずいた。

カレンは基本的にお荷物なのだ。だから、彼らの指示に従うのが最善だろう。

「魔物というのは愚かなようでいて賢い。群れを見れば弱者から狙うものだからな」

「弱者を狙う、ですか。賢いですね。でも、愚かというのは?」

「たとえ相手が強者であろうとも、死を恐れずに向かってくるのだ。彼我の力量差が明確であってもだ。これを愚かと言わずに何と言う?」

「ああ……死ぬために生きているみたいですからね、魔物って」

「は?」

「えっと、なんでもないです」

カレンがいつぞやかのペガサスとの対話を思い出して言うと、アルバンが怪訝な顔になる。

この世界で、魔物の生態はどこまで明らかにされているのだろう。

少なくともアルバンはペガサスのような魔物と会話をしたことがないらしい。

――Dランク相当の実力なら、それが普通なのだろう。

人間の言葉を解する魔物は上級だ。

当然、十階層以下にしか普通は存在しないのだ。

だから、上級冒険者あたりなら知っているのかもしれない。

「ヘルフリート様から騎乗竜を譲っていただいてきたぞ。これでブドウ酒を持ち込める」

「騎士団長様……」

「騎士団長……」

準備のために動いているかに思われたゴットフリートが、騎乗竜の手綱を引いてほくほく顔で言う。

カレンの生ぬるい眼差し、アルバンの唖然と眼差しに一切動じることなくゴットフリートは言った。

「カレン殿は荷馬車に乗っているように。魔物は弱者を狙うが、弱すぎる者は見つけにくいらしい。いよいよ魔物が迫ってきたら、騎乗竜にべったりと貼りついておくように。騎乗竜の魔力に紛れて、カレン殿が魔物から見えにくくなるのでな」

「カレン殿ために騎乗竜を用意されたのですね」

アルバンがどこかほっとしたように言う。

ゴットフリートは少し目を泳がせつつうむとうなずくと、咳払いをして言った。

「魔物に目視されたあとにも、この隠れ方には効果はある、とされている。かつてバグベアに追われた死にかけの冒険者が、死んだフォレストベアの死体を見つけてその下に潜り込むと、直前まで追いかけてきたはずのバグベアが途端に冒険者を見失ってしまったとかな」

「聞いたことがあります。強すぎる冒険者が側にいると、弱い冒険者はむしろ魔物に見つからなくなるという話も」

だから弱い冒険者は強い冒険者の近くにいたがる。

だが、強い冒険者からしてみれば鬱陶しいコバンザメだろう。

「基本的には弱い者から魔物に襲われて死ぬだけなのだがな。まあこれは、やむにやまれぬ時のために覚えておくようにな、カレン殿」

「はい」

カレンはゴットフリートの言葉にも聞き分けよくうなずいた。

「私たちは入口を見張っていればいいのよね?」

「ペトラ様、ロジーネ様もお願いします」

カレンはペトラにうなずき、ロジーネにも頭を下げた。

二人にはダンジョンの外で待っていてもらう予定である。

「アルバン様たち第三部隊の方々はどうも、誰かに狙われているようです。誰に、何故狙われているのかわかりませんが、その誰かが後を追って来ないよう、入口をお二人が塞いでくだされば助かります」

「そういうことなら任されたわ」

「私も、かしこまりました」

本当は、騎士たちが守る相手がカレンの他に増えないようにするために、彼女たちを置いていく。

ペトラとロジーネは令嬢の中では強い方らしいものの、騎士たちほどではないらしい。

なら、騎士たちからしてみれば護衛対象でしかないだろう。

「何かあって手持ちのポーションを消費したらおっしゃってください。あとでわたしが責任を持って補充します」

「ホントに!? だったら化粧水! 石鹸や白粉も欲しいわ!!」

「何かって、非常事態が起きたらって意味なんですけど……まあいいでしょう」

ペトラの率直な要求に、カレンはうなずいた。

「ダンジョンの入口を封鎖してくださるのなら、ヴァルトリーデ様の王女印の化粧品セット一年分をお二人に進呈いたしましょう」

「一年!? あの入手困難な化粧品を!?」

「あ、一気には作れないですよ? 消費期限もありますし、季節折々の工夫もしますし、その都度にはなりますけどね」

「いい! 全然いいわ!! 私、全力でダンジョンの門を守り抜くわ!!」

「完封してご覧に入れますわね、カレン様」

はしゃぐペトラにキリリとした面持ちになるロジーネ。

カレンは念のために伝えておく。

「死守はしなくていいですからね。命を大事に」

「命なんかより美容の方が大事よ……! あうっ」

カレンが思わずペトラにチョップすると、ロジーネはすかさず己の額を守る態勢になる。

ロジーネもペトラと同類らしい。

ペトラはカレンを睨んだ。

「な、何するのよ……!」

「貴族のご令嬢に失礼いたしました。だけど、命なんか、なんて言ってほしくありません。前も言いましたよね?」

Bランク錬金術師になったカレンなら、貴族の令嬢にチョップをしても即終わりということはない。

とはいえ、カレンを咎めることはできただろう。

だがペトラはカレンを咎めることはせず、やがてむすっとした顔でカレンを見上げた。

「……確かに、いい男と結婚するのに必要なのは顔だけじゃないものね」

「なんでわたしを見て言うんです??」

「別に悪いとは言わないけど、美しいかと言うとちょっとね。あっ、だけど肌はものすごく綺麗だわ……! なんか悔しいわね。品薄なくせに、自分にはたっぷり美容ポーションを使っているのね!?」

ペトラに顔をガシッと掴まれるのを、カレンは甘んじて受け入れた。

「使ってますよ。自分の顔も宣伝のための広告塔みたいなものですし」

「ふうん」

気に入らない、とばかりにカレンの顔をじろじろと眺めてから、ペトラは言う。

「……あなたも、自分の命を大事にすることね」

言うとペトラはカレンの顔をぺいっと解放した。

「報酬の化粧品セットをいただかないといけないもの。生きて帰ってきてもらわないと困るわ」

ペトラの横顔をじっと見ていたロジーネは口に手を当ててカレンに告げ口した。

「カレン様、ペトラ様はカレン様を心配しているようです。しかも、慣れないことを言って照れていますわ」

「ロジーネ様! 余計なことは言わないでちょうだい!!」

「誤解が生まれたらいけないと思ったのですわ~」

賑やかに言い争う少女たちを見下ろして、カレンはくすりと笑って言った。

「必ず帰ってきますので、こちらはよろしくお願いしますね」

「お任せください、カレン様。お戻りになったらカレン様のポーションについて、商売の話をさせてくださいませ」

カレンはロジーネの言葉にきょとんとしつつ、うなずいた。

「わかりました。どんな話になるか、楽しみですね」

帰る理由、帰って来てほしいと思われる理由をいくつも作り、カレンは出立の準備とした。