軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

望みのもの

「どうしましたか? ユリウス様」

「……ああ、カレン」

ユリウスは物思いから覚めたようにカレンを見下ろし、淡く微笑む。

「あの令嬢は私の末席の妻になろうとしたが、その目的は君だったろう?」

「そうみたいですね」

カレンはまだオティーリエがユリウスに近づくための方便を使っている可能性も疑っている。

だが、オティーリエの主張を信じるならばカレンが目的らしい。

「君の助けが欲しくて私を利用して近づこうとしたのだと思うと、何とも嫌な心地がしてね。女性で、私の妻になろうとした者にすらこんな気持ちを抱くことに驚いていたのだよ」

ユリウスは深い溜め息を吐くと、鬱屈した感情をたたえる目でカレンを見やった。

「君なら私のすべてを受け入れてくれると感じてしまったがためだろうか?」

ユリウスの言うすべて、とは恐らく、生い立ちのことを言っているのだろう。

母親のことをそれほど受け入れられ難い過去だと思っていたらしい。

危うくカレンがスルーしそうになってしまうほどのことだったが、ユリウスにとっては何よりも重要だったこと。

「愚かな望みを持ってしまう」

ユリウスは泥を吐き出すように低く呟いた。

「君の邪魔をしたくはないのに――」

カレンはそこで、息を呑んだ。

「つまり、ユリウス様はオティーリエ様にまで嫉妬をしてくれた、ってことですか!?」

カレンは興奮して目を輝かせる。

きらきら輝くカレンの水色の瞳を前にして、ユリウスは吐きかけていた暗い言葉を飲み込み、うなずいた。

「……まあ、そういうことになるね」

「キャーッ!」

幸せそうに黄色い悲鳴をあげるカレンに、ユリウスは気が抜けたように微笑んだ。

「うん、つまり、私が君の邪魔になるような欲求を持つことになったとしても……君には敵わない、ということだよ。惚れた者の負けというからね」

「そんなっ、ユリウス様ってば、惚れた者負けならわたしの方が先に負けてますよっ」

両頬に手を当てて笑み崩れながら言うカレンに、ユリウスはきっぱりと言った。

「いいや。私の方が君よりも先に、負けていたとも」

「へ……?」

カレンはきょとんとしてユリウスを見上げた。

そんなカレンを見下ろして、ユリウスは笑みを深める。

甘い笑みと言うには、天幕の中にいるためか暗く翳っていた。

そのことについて、カレンが口を開きかけた時、コホンコホンと咳払いが天幕に響いた。

「あなたたちがイチャつくなら、私は天幕の外にいるわね」

「私も出ますわ! 置いていかないでくださいませっ!」

ペトラとロジーネが辟易した顔をして天幕を出ていく。

イチャつきは今終わったぐらいなのに、二人にはわからなかったらしい。

カレンは再びユリウスを見上げて小首を傾げた。

「……ジーク様の依頼で会うより前に、どこかでお会いしたことがある、って意味じゃないですよね?」

「少なくとも、君はジークの依頼を達成した時点では私を好いてはいなかっただろう? 私の求婚を袖にしたくらいだから」

確かに、あの頃のユリウスへの想いは、今思えば単なる憧れだった。

アイドルに向けるような、淡い憧憬の想い。

お近づきになれれば嬉しいものの、ユリウスの外見や名声に対する感情であって、ユリウスの中身に向けた気持ちではなかった。

だったらユリウスはいつから自分のことが好きだったのかと、はしゃいで問い質したい気持ちをカレンはこらえた。

ユリウスの表情が暗い。

何か、後ろ向きなことを考えているのだろう。

ユリウスには少々、ネガティブなところがある。

カレンも最近気づいたユリウスの性格である。

「ユリウス様? わたしの邪魔になるような欲求、って何ですか?」

「君の邪魔をしないと約束した以上、叶わない願いだよ」

「さっきみたいに、言ってみるぐらい言ってみたらいいじゃないですか」

浮気をしないでほしいというユリウスの願い。

叶わないと思われていたことが癪なぐらいである。

「先程とは比べものにならないほど愚かな願いなのだ」

「言ってみたら案外叶うかもしれないのに?」

ユリウスはじろりとカレンを見やると、カレンの座るソファの隣に座った。

かと思ったら、カレンをソファに押しつけるようにソファドンした。

黄色い声は出なかった。

カレンを見下ろすユリウスの金色の目の中で、ぐるぐると光が渦を巻いていたから。

間近に迫るユリウスにドキドキしつつも、カレンはふうと息を吐いて平静を保った。

「……私以外の男に、そして女にも、君に近づいてほしくない。君には私とだけいて、私だけを見てほしい」

「あー、それは叶わないですね」

カレンが一刀両断すると、ユリウスは眉間にしわを刻む。

至近距離にあるその頬を、カレンはぶにっと摘まんだ。

「そんな傷ついた顔しないでください。たとえ約束してなくたってそんな願いは叶いませんよ! 仕事してるんですから、わたし!」

「わかっているよ、カレン。錬金術師として働く君を眩しく思う。ゆえに邪魔をしたいわけではないのに、邪魔になるような欲求を抱いてしまう」

ソファの角にカレンを囲い、ユリウスはささやいた。

「人里離れた森の中の小さな家で、誰も知られずに二人で暮らしたいと思ってしまう」

やけに詳細な願いだった。

カレンがBランクの錬金術師になる前の、もっと弱小錬金術師の時にその願いを叶えるために動かれていたら、カレンはひとたまりもなかっただろう。

だが、ユリウスは自分の望みのためにカレンの意思を無視することは一度もなかった。

「誰にも知られないように隠れ潜めば、君を奪われることもない……」

カレンの見立てでは、ユリウスは魔力酔いしている。

ユリウスは焦点の合っていない目をして、譫言のように言う。

これが階梯を昇ったことによる魔力酔いなら、カレンは喜び勇んでこの状況を楽しんだだろう。

だが、この魔力酔いはユリウスの不安からくる不調だ。

カレンをソファの隅に囲いながらも、ユリウスの体はカレンに触れない。

そうすることで理性を保っているらしいユリウスに触れるかどうかカレンは悩み、やがて、腕を伸ばしてその大きな体をゆっくりと抱きしめた。

「ユリウス様、わたしは誰にも奪われませんよ。何なら、ユリウス様にも」

「……私にも、か」

「不服そう~!」

カレンがキャッキャと笑いながらユリウスに抱きついていると、やがてユリウスが抱きしめ返した。

痛いほど強く抱擁されながら、カレンはその腕の中からユリウスを見上げた。

もう、笑みも浮かべていない真顔のユリウスがカレンを見下ろしている。

作り物めいた綺麗な顔が真顔になると迫力がいや増している。

しかも、増した迫力の正体はカレンへの執着なのだから、カレンはにんまりと笑って言った。

「わたしのことはわたしの判断でユリウス様にあげますから、奪おうとかせず、ちゃんと待っていてください」

「……なるほど」

「わたしからもらった方が、奪うより絶対、お得ですよ!」

「……そうかもしれない」

「それとそれと、さすがにユリウス様以外と近づかないっていうのは無理ですけど、ユリウス様を嫌な気持ちにさせたいわけじゃないので、ユリウス様がどうしてもわたしの側に近づくのが耐えられない! って男が現れたら教えてください。わたしも、離れる努力はしますので。あっでも、あまり頻繁だと困りますけどね」

ユリウスは一瞬目を輝かせたものの、すぐに目のハイライトを消した。

「しかし、君はどうして私がその男を選んで排除したがったか気にするだろう」

「なんでだろうな、とは思うでしょうね」

「その男がカレンに懸想していたとして、せっかく君が気にも留めていなかった男の心の在処をそれと気づかせてしまうことになっては、困る」

「やけに具体的ですね??」

しかも、カレンがどこぞの男に片想いされていること前提で、その男の気持ちに気づいていない設定までついている。

「片想いなんてされてたら、さすがに気づきますって。それに気づいてたら、さすがに近づきませんよ。あ、仕事で関わる分にはある程度は呑み込んでいただきたいですけど」

「君は絶対に気づかない」

ユリウスは重々しく断言した。

カレンは口を尖らせて抗議した。

「わたしが鈍いっていうんですか!」

「今のままの君が好きだよ、カレン」

ユリウスはにっこりと笑顔で言う。

カレンはコロリと転がされた。

「ユリウス様が好きなら、いっか……!」

ユリウスは深い溜め息を吐くと、仕方なさそうに微笑んだ。

魔力酔いは落ち着いたらしい。

それはつまり、ユリウスの心が落ち着いたということだ。

カレンはほっと安堵の微笑みを零すと、ユリウスから離れようとした。

だが、そんなカレンの腰を抱き寄せた格好のまま、ユリウスは手を離さない。

「えっと、ユリウス様……?」

「カレンの気持ちも聞かせてほしい」

ユリウスが何を言わせようとしているのかわかり、カレンは頬を赤く染めた。

何度も言ってきたことだし、何なら最初手で結婚まで望んだ身ではあるものの、改めて言われるとこっぱずかしい。

「……わたしも、ユリウス様のことが好きです、よ?」

もじもじしつつ言うカレンに、ユリウスは吹っ切れたように笑った。

「君が好きでいてくれるなら、このような私でもいいのだろう」

快活な笑顔は、明るく眩しく胸を刺した。

見とれるよりも涙ぐんでしまったカレンは、ただ目を細めて微笑んでいた。