軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不明のこだわり

しかし直後オティーリエはがばりと顔を上げた。

その顔には妙に楽しげな笑みが浮かんでいる。

今、一縷の望みを託してカレンに助けを求めていた人間の表情ではなく、カレンは眉をひそめた。

「おかげさまで、カレン様についていくつか理解が深まりましたわ」

「……はい?」

「次はカレン様の求める対価を用意して、再びお願いに上がりますわね」

「え、ちょっと、待ってください! また来られても困ります!」

潔く天幕を出て行こうとするオティーリエを呼び止めるカレンに、オティーリエは振り返ってにんまりと笑う。

「次にわたくしが差し出すものにもカレン様のお心が動かないのでしたら、その時に断ってくださればよろしいのですわ」

「いや、でもですね……!」

戸惑うカレンに、オティーリエはくすくすと笑って言う。

「カレン様、あなたはお優しい方ですわね」

「わたし、オティーリエ様のお願いをお断りしたばかりなんですけど!?」

自分のすべてを差し出す勢いでした懇願を断ったカレンに対して持つ感想ではない。

驚愕するカレンに、オティーリエは目を細めた。

「わたくしの差し出した対価はカレン様にとってどれも的外れでご迷惑であった様子です。ですがカレン様はわたくしの話を聞いてくださいましたね。興味本位で聞き出したというよりは、わたくしを少なからず心配してくださったようですわね?」

「別に、そういうわけでは……」

「わたくしどもがカレン様のお力添えがなければ今すぐにでもどうにかなってしまいそうな窮地に陥っていたとすれば、断れなかったのではありませんか? お優しい方なのですわね」

ぐっと押し黙るカレンに、ペトラは目を剥いた。

「え? 嘘、あなたそんなことを思っていたの?」

「無実なのに大変なことになっているとしたら、それは可哀想じゃないですか……!」

今すぐ誰かが死ぬから助けてほしいという話だったら、カレンもさすがに見捨てられなかったろう。

だが、オティーリエの話を聞くにまだ猶予があるように聞こえた。

この冬の間に対策をすれば、その対策相手がカレンでなくてもどうにかなりそうに思える。

「確かにわたくしたちは現在そこまで差し迫った脅威に晒されている、というわけではございません。……王宮から事件について発表された後にはどうなるかはわかりませんが」

ヴァルトリーデによればホルストは反逆者だ。

もしも現時点でオティーリエたちベル家がホルストの仲間とみなされているのなら、発表がある春以降は窮地に立たされることになるかもしれない。

つい深刻な表情になるカレンに、オティーリエは微笑んだ。

「カレン様、そのお優しさでわたくしの徒労をご心配なさる必要はありませんわ。わたくしの提案が気に入った時には受け入れていただき、そうでなければ断ればいいだけです」

「そうは言っても……」

「それとも、ユリウス様に一度でも近づいた女は取り返しが付かないほど目障りでいらっしゃる? ですが、ペトラ様のように許されることもあるようなので、わたくしはその後に続きたく思います」

「そこまでわたしにこだわらなくてもいいんじゃないでしょうか……? きっと他にも助けてくれる人がいますよ!?」

そのあふれ出る妖艶な魅力を用いれば、色仕掛けも簡単だろう。

ユリウス以外に色仕掛けをする分にはカレンとしては何の異論もない。

むしろ、色仕掛けという手段をユリウスにしか使えないというのであれば、またも問題は振り出しに戻ってくる。

「カレン様がいいのですわ」

「……ユリウス様に近づけるから、ですか?」

「まあ、根の深いこと」

猜疑もあらわに言うカレンに、オティーリエは何が楽しいのかコロコロと笑う。

「お二人のうち、決定権を持つのがカレン様であることを知れたのも良い学びでしたわ。当然のようにユリウス様が決定権をお持ちだと思っておりましたもの」

だから、初手が末席の妻の申し出だったらしい。

貴族の男というものは、貴族の女が末席の妻の申し出をしたら喜んで飛びつくものなのだろう。

カレンが白い目をユリウスに向けようとした直前、ユリウスはカレンの肩を抱き寄せた。

「私が決定権を持っていたとしても、君の提案を受け入れることはなかっただろう」

ユリウスはカレンの手を取って唇を寄せる。

はわ、とカレンは顔を赤くした。

カレンの手に触れるか触れないかの距離で唇を這わせつつ、ユリウスは鋭い眼差しを刺すようにオティーリエに向けた。

オティーリエはユリウスの眼差しを受け止めて唇の両端をあげる。

「ユリウス様は貴族として、騎士としての規範を守るお方だと思っていましたから、それも意外なお言葉ですわ」

「たとえ私が貴族らしからぬとも騎士らしからぬとも、つゆほども気にしない女性と出会うことができたのでね」

「ユリウス様、距離が近いです!」

ユリウスがカレンの頬に頬を寄せてきて、カレンはつい割り込んだ。

顔を赤くするカレンを見下ろしたユリウスは、どこか安堵した様子で微笑みを浮かべる。

「私たちの間には何者も入ることはできないと、見る者すべてが理解できるようにしたいと思わないかい?」

「確かに、これだけ近ければ、誰も入れないでしょうけども……!」

こういうのは本来、カレンがユリウスをオティーリエに奪われまいとして、カレンが距離を詰めるものではないだろうか。

カレンが牽制する間もない怒濤のユリウスの攻撃に、オティーリエは肩を竦めた。

「カレン様が決定権を持っていて、わたくしにとっては僥倖でしたわね」

「君は一体、どうしてそこまでカレンにこだわる?」

「若くしてBランクの錬金術師となられた方。新しいポーションを次々と開発され、ついには万能薬まで創り出した創造主、Fランク未満の魔力量しか持たない者に錬金術を教えその者をついには錬金術師に育て上げた、稀代の教育者ですらいらっしゃる方」

美辞麗句が過ぎて、カレンは身もだえた。

身もだえながらも驚いたのは、ハラルドのことだ。

意外と、カレンがハラルドという魔力量がごく少ない弟子を取ったことは知られていない。

Bランクの錬金術師となったカレンの情報は制限されているとはいえ、その弟子のハラルドの情報まで制限はしていないので、知られていること自体はおかしくないが、話題に上らないのだ。

貴族たちと交渉して子どもたちを引き取ろうとした時に、真っ先に話題に上がるとカレンは考えていた。

カレンはかつてハラルドを錬金術師にした経歴がある。

ハラルドもまた、他の錬金術師には作れない無魔力素材のポーションを作れると知られていれば、そこから、青田買いがバレる可能性があると思っていた。

だが、貴族たちは誰ひとりハラルドの存在を思い出さなかった。

「ついには魔力量の少ないすべての子たちを哀れみ手元に引き取って養育しようとなさっている慈悲の方でもいらっしゃいます。どうしてカレン様のような方に仕えず、他の方に仕えようと思えるでしょう?」

いつの間にか、何故かカレンそっちのけでユリウスとオティーリエが笑顔で睨み合っている。

しかし間に挟まれて慌てるカレンと目が合うと、オティーリエはユリウスと笑顔の睨み合いをやめてニコッと笑った。

「カレン様を困らせるのは本意ではありませんので、出直して参りますわ」

オティーリエはにっこりと艶やかに笑うと、天幕から優雅な足取りで去っていった。

カレンは茫然とその背中を見送る自分が、最初ほどオティーリエに嫌な感情を抱いていないことに気づいて眉をひそめた。

「……もしかしてオティーリエ様って、やり手?」

「エーレルト領きっての秀才で、幼い頃には神童と呼ばれていたこともありますわ」

「ま、ユリウス様が社交界に現れてからはユリウス様一色になったから、いつの間にか言われなくなったわね」

ロジーネとペトラの言葉にカレンは頭を抱えた。

「どうしよう……次の対価に心が揺れちゃったら……!」

「心惹かれたなら受け入れればよいのではありませんか?」

「あれが演技でやっぱりユリウス様に忍び寄る女狐だったら、やり手なら尚更困るじゃないですか……!?」

目をカッと見開いて言うカレンに、ロジーネは苦笑した。

「厄介な事情を抱えているかもしれないから受け入れたくない、ではありませんのね」

「ダンジョンの異変の件でホルストに加担したのでなければ、ですね」

あれに加担していたら、カレンにだってどうしようもない。

黒ずんだ卵から生まれたフワフワのペガサスの子を思いだして、カレンは溜息を吐く。

カレンがふと見上げると、ユリウスはどこか暗い目をしてオティーリエが去った天幕の入口を見つめていた。