軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

相似構造

あれから時間が、わずかに進んでいた。

中庭にいた鴉の数も減ってきている。

城内外に散らばっていた聖体はだいぶ駆除されたそうだ。

こちらの被害も想定よりかなり抑えられた印象がある。

朗報だったのは最果ての国のラミアの騎士――アーミアの生存。

俺が遭遇した時、神徒アルスは彼女の剣と盾を装備していた。

アルスに殺され、それらを奪われたのではないか?

こう考えられていた。

が、

『いや~死んだふりで乗り切れたようでなぁ! いや負傷していたのは事実で、建物の下に隠れたあと動けなくなっていたのだ! しかし時間はかかったが、脱皮してどうにか動けるようになった! ……到着したら、もう決戦は終わっていたが』

決戦の後始末が行われ始めている中庭。

アーミアが現れた時、ジオは舌打ちした。

『……んだよ、生きてやがったのかよ。うるせぇのが一人減ったかもと、喜んでたのによ』

すかさずイヴが、

『ふふ、本心では嬉しいくせにそなたは素直でないな。嘘を見抜く能力など持たぬ我でも、そのくらいは分かる』

そう言われ、ジオはさらに舌打ちを重ねた。

『ま……周りがあんま静かになりすぎてもつまらねぇってのは認めるぜ。やかましいのがリィゼ一人だと、あいつも一人だけ浮きがちになってかわいそうだろ』

ケンタウロスのキィルが茶化し顔で苦笑し、

『ほっんと素直じゃないわねぇ、ジオくんは』

キィルの茶化しに乗っかり首肯するアーミア。

『この素直じゃない加減は、愛妻のイエルマ殿にも報告しなくてはな。うんうん』

『なんでそこであいつが出てくんだよ!』

いいように弄ばれる、四戦煌最強の黒豹であった。

でもまあ、と安堵の表情を穏やかに浮かべるキィル。

『きみが生きててよかったわ、アミーアくん。ね、ジオくん?』

『ちっ……………………まあな』

下半身が蛇の姿をした種族――ラミア。

蛇は死んだふりをすることがある。

どこかでそんな話を読んだ記憶がある。

アルスは、本当にアーミアが死んだと認識したのか。

あるいは……戦う価値すらないと判断したのか。

どちらにせよ――生きていたのは、素直に喜ぶべきことだった。

……生死といえば。

問題はやはり今も、聖と十河。

あのあと。

十河が毒におかされているのがわかった。

過去に聖と戦った時、ヴィシスは刃に毒を仕込んでいた。

今回も刃に毒を仕込んでいたらしい。

しかしこれはすぐに解決できた。

イヴが合流した時に持ってきた荷物。

その中にいくつかの種類の解毒剤が入っていたのだ。

エリカは毒の使用を懸念して手持ちの解毒剤を持たせたという。

強度の高い瓶に小分けにし、持てるだけ持たせたとか。

おかげで十河の毒問題は難なく解決できた。

ちなみに毒が刃に仕込まれていたのは本体のヴィシスのみ。

性質的な理由なのか、分身には仕込むのが難しかったのだろうか。

……にしても。

こういう点についてはどこまでも小賢しいクソ女神である。

とはいえ――聖と十河の問題が解決したわけではない。

二人とも依然、生命の危うい状態にあった。

今は中庭から別の場所へ運ばれ、祈られながら眠っている。

付き添いの者たちと、例のテーゼという神族の到着を待ちながら。

ロキエラはヴィシスの研究室をしばらく漁ってみるという。

聖と十河を救える手段が、他に何かないかも含めて。

『とにかく今はテーゼ様が間に合うのを祈るしかないね……それも、来てくれることが前提の話だけどさ。ていうか来なかったら、もう本気で天界に反逆してやろうか』

などと不吉な顔をして言っていた。

そして――ヴィシス。

特に【スリープ】が効いているおかげで、静かなものである。

他にも【ポイズン】でダメージが入り続けている様子だった。

ロキエラの提案で、ヴィシスを運び場所を移動させた。

場所は城内の牢獄。

さほど広い牢獄ではない。

中は暗く、持ち込んだ魔導灯以外に光源はない。

ロキエラの指示通り牢獄は窓のない部屋を選んだ。

今、牢獄の地べたにはヴィシスがうつ伏せで寝ている。

手は腰の後ろで鎖によって拘束。

足も、鎖で両足首を繋がれている。

さらに重しもついている。

また――口の下半分。

かつて安智弘が装着させられていた拘束具。

装着しているとスキル名の発生ができない仕組み。

ヴィシスが装着しているのは、その拘束具の強度を高めたものだ。

強度を高めるのはロキエラに手伝ってもらった。

エリカの特製魔導具による神族の弱体化。

最大の功績は、神級魔法とやらを使用不可にした点だろう。

器官とかいうのが閉じて、使えなくなっていたらしい。

しかし――その魔導具の効果が切れれば。

その神級魔法を使ってくるかもしれない。

が、神級魔法もその多くは勇者のスキルと同じとのこと。

特にヴィシスの使用する神級魔法は、そうなのだという。

つまり基本、発声による魔法名の読み上げが必要となるわけだ。

『 神命の炎球(ファイヤーボール) 』

召喚されたあと、ヴィシスが三つ目の金眼狼に放った神級魔法。

確かにあの時、魔法名を口にしていた。

……案外。

勇者のスキルの土台は神級魔法なのかもな……。

元々が同じ原理の能力だとしても不思議はない。

「…………」

状態異常スキルが神殺しの力と呼ばれる 所以(ゆえん) 。

それは、誰かが神族に対抗するすべとして生み出した力なのか。

だとすれば、その神族に対抗しようとした”彼ら”は何者だったのか?

まあロキエラもそこは知らないようだし、真相はわからないが。

……つーか。

ヴィシスの拘束具を改めて見る。

あれらの拘束具が果たしてどのくらい役に立つのか。

それはわからない。

目覚めた時、あっさり破壊されるかもしれない。

状態異常スキルで弱ってるから拘束具を破壊する力はない――

このパターンなら、ありがたいところだが。

「あのさ、三森」

牢獄の壁に寄りかかった姿勢で俺に話しかけてきたのは、

「ヴィシスって、その拘束だけで大丈夫なのか? もっとこう、念のためバラバラにしとくとか……」

高雄樹。

今、この牢獄には俺と樹の二人きりだった。

セラスはすぐ近くの部屋――別の牢獄で眠っている。

精霊の力の使用による睡眠阻害。

それから決戦による緊張状態とわずかな気の昂ぶり。

これらを解決できる【スリープ】で、今は眠っている。

もちろん牢獄に閉じ込めてあるわけではない。

何かあった時、すぐに起こせるように近くの牢獄を使っているだけだ。

ちなみにセラスの牢獄の寝具は、力持ちの亜人たちに運び込んでもらった。

「いざとなったら、樹……ヨミビト戦で習得したっていうおまえの最上位スキルで対処してくれるんだろ?」

ロキエラが上司らしき神族に啖呵を切ったあと。

ヴィシスを当面どうするかの話になった。

一応ロキエラのお墨付きがあるとはいえ……。

ヴィシスが急に動き出して攻撃してこないとも限らない。

しばらくは引き続きセラスにその対処役を頼むことにした。

が、起源霊装はずっと使用状態にできない。

では――誰に代役を頼むか?

適役が十河綾香か高雄聖なのは間違いない。

けれどこの二人はもちろん、代役をできる状態にない。

片足を失っているツィーネも。

ジオも片腕を失っているし、対ヴィシスとなると不安が残る。

そこで登場したのが、高雄樹だった。

左目の視力は失っているが、MP切れさえ解決すればまだ十分戦える。

ただし、この世で一番大切であろう姉が今まさに瀕死状態。

その聖のそばから離れ、協力してくれるだろうか?

俺の懸念はしかし、離れられない要因である聖が解決してくれた。

途切れ途切れの意識の中、聖は樹に頼んだそうだ。

何か力になれるようなら三森君に協力してあげて、と。

息も絶え絶えに、樹に、そう言ったらしい。

自分が命の危機に瀕しているというのに。

おそらく今の状況と今後を高雄聖は素早く分析し、予測した。

そして、妹の力が必要になるかもしれない――と。

尊敬する姉の頼みだからか。

樹は――やや渋々ながら――承諾したそうだ。

俺は戦いのあと、まず樹を【スリープ】で眠らせた。

MPを回復させるためだ。

で、セラスと入れ替わるように高雄樹が――今、ここにいる。

俺の言葉に樹は「ん~」と唸ってから、

「そうだけど……その拘束してるのだけってのは、なんかちょっと心配じゃねーか……?」

「ロキエラは、あんまり本体から部位を切り離したくないそうだ。小さな肉片でもな」

「ん? ええっと……それって、どういうことだ?」

「理由はいくつかある。一つは、ヴィシスが分身を生み出してた点。ロキエラも以前ヴィシスから逃れるために自分の本体を分裂させて、俺たちのところまで逃げてきた。同じことをされるかもってのが心配らしい。ただそれは一応ロキエラ固有の能力みたいなものだから、ヴィシスの分身は性質が違う――つまりヴィシスの分身だと、意識領域に関してはそこまで器用な真似はできないはず、ってのがロキエラの見方なんだが……」

「念のためってことか?」

「あぁ。あと、存在が完全消滅したと思ってたヲールムガンドが生きてたのも、ロキエラの心配性に拍車をかけてるみたいだな」

部位を切り離すとそれが”分身”となり逃げおおせるかもしれない。

だから極力、本体の形をそのまま残す。

窓がない牢獄を選んだのも、その”逃げ”を警戒しての選択である。

「それに……最大の拘束は、神殺しの効果を持つ俺の状態異常スキル――ロキエラは、そうも言ってた」

「なるほどなー。ただ三森は直接の戦闘の方はびみょいから、いざという時にアタシとかセラスさんの戦闘能力が必要になるわけだな?」

「そういうことだ。あと――」

何よりも、

「ロキエラによると……ある意味で、完全消滅より確実で、神族にとっては絶対避けたい”解決方法”ってのがあるそうだ」

「んー……ロキエラさんの上司の神族がその”解決方法”をやれるってことか?」

「らしいな」

神族の最終処理は神族に任せた方が確実かもしれない。

まあ……神族全体はともかくとして。

少なくとも、ロキエラは信用していいはずだ。

ふと、ロキエラの言葉が頭の中に蘇る。

『それがさ、親ってもんでしょ?』

…………親、か。

この世界に来て、俺がヴィシスと直に接した時間はかなり少ない。

なのに、俺は。

ヴィシスをあれほど――これほど、憎いと感じた。

『 殺すぞ、ガキ 』

あぁそうか、と思う。

――重なる。

イメージが。

改めてこの王都エノーで再会し、それは確信に変わった。

曖昧だったものが、実像を結んだ。

やっぱり似てるのだ――ヴィシスは。

あいつらに。

実の親どもに。

セラスをはじめ何人かの仲間を叔父夫婦に似ていると感じたように。

ヴィシスもまた――似ていたのだ。

血の繋がった 両親(あいつら) と。

フン、と。

ある種の皮肉を感じ、俺は、冷たくヴィシスを見おろす。

要するに――

テメェも……この世界の住人にとっての、毒親ってわけか。

俺はヴィシスに視線を置いたまま、

「……悪かったな、樹」

「ん?」

「ほんとは今、聖のそばにいてやりたいだろ」

「……まーな。けど、ここにいるのはその姉貴の頼みだからさ。それに……死ぬわけねーよ、姉貴が」

樹は開いている右の目だけを視線を靴のつま先に落とし、

「こっちの世界に来てから、もう何度も姉貴は死にかけたけどさ……ちゃんと、死ななかった。死なないでいてくれた。だから今回も、大丈夫に決まってる――決まってるもん……はは……何度覚悟したか、わかんない……」

その声はかすかに、震えを帯びていた。

俺は椅子に座り直し、

「こんなところで死なせちゃいけない人間だろうしな、聖は」

樹は靴のつま先で無骨な石製の床を一度軽く蹴り、

「……うん。なんていうか、その……わかってるじゃんか、三森」

やや間を置いてから、そう呟いた。

高雄樹と二人きり。

珍しい組み合わせのシチュエーションではある。

俺たちはそれなりに互いに言葉を交わした。

まあ……暇と言えば、暇ではある。

特に樹の方は最初、間がもたず気まずそうにしていた。

だから俺の方から適当に話題を振った。

といっても延々と会話に興じる雰囲気でもない。

樹も次第に慣れたのか、ある程度会話をすると黙り込んだ。

変化はあった。

樹から放たれていた気まずさは、消えていた。

……さて。

罪を犯した者は、法によって裁かれる。

俺がいた元の世界――少なくとも、俺の国ではそうだった。

しかし法とは。

必ずしも被害者の感情に寄り添ってくれるものではない。

ある意味で、法は誰かを”平等”に救ってくれる。

けれど、ある場合においては被害者側の感情もないがしろにされる。

どころか加害者側に寄り添ったような結果が出ることもある。

では、被害者が納得がいかない場合はどうなるのか?

裁判で最後まで望む結果が出なかった時は、どうするのか?

究極的には、何もできない。

俺のいた国では個人的な復讐――私刑は禁じられている。

だから望まぬ結果が出た時は、泣き寝入りするしかない。

せいぜいが、SNSなどを発端とする社会的制裁くらいか。

まあリスクを承知で私刑――自力救済に走るヤツもたまにいる。

自分も犯罪者になるのを覚悟で私刑で解決する、というわけだ。

私刑の是非については”間違っている”が結論だろう。

そう、間違っている。

おまえは間違っているのだから一生泣き寝入りしろ、が正解である。

あるいは加害者への憎しみを捨てろ、となる。

……ただ、どうにもな。

正しくない俺にはそれがどうも”納得”いかない。

少なくともクソ女神――ヴィシスに対しては。

ロキエラの言う”解決方法”は、本当に俺の感情を解決してくれるだろうか?

俺はその”解決方法”の中身をあえて聞いていない。

中身を聞き、もし満足してしまったら……

そうなるのがなんだか、嫌だったから。

死刑みたいな方法であっさり存在を消滅させられる、とか。

正直その程度では――なんだか、報われない気がする。

俺も。

今まで、ヴィシスに苦しめられてきた者たちも。

失意のうちに死んでいった者たちも。

俺の手には今、状態異常スキルがある。

神族に強烈な効果を及ぼす力。

そう……ずっと感じていたし、ずっと前からそう理解している。

本来、俺の状態異常スキルは戦闘用ではない。

どうにか抜け道みたいなやり方で戦闘に活かしてきたが。

本来は――敵を拘束したり、継続的に苦しめたりする力。

……少なくとも。

テーゼとかいう神族が来るまでの間は。

苦しんでもらわないといけない。

おまえには。

おまえが苦しむことで、報われるかもしれない者たちのために。

何より――――

俺の 感情(復讐) を、納得させるために。

やがて【スリープ】の効果が切れた。

ここからしばらくは――【パラライズ】の時間。

ヴィシスが、目を覚ます。

うつ伏せに近い姿勢で倒れたままのヴィシス。

自分の現状を把握したらしい反応をしたあと、俺を見上げる。

目を一度見開いてから――ヴィシスは、俺を睨み据えた。

椅子に座って見おろす俺。

地べたに這いつくばり、見上げるヴィシス。

そういえば、あの時と――

召喚直後に廃棄される直前と、逆転している形になるのか。

あの時はヴィシスが嗤って俺を見おろしていて。

俺が憎悪を込め、ヴィシスを睨め上げていた。

「ようやく……お目覚めか」

この時の俺は――

「よぉ、ヴィシス」

嗤っていたのか。

あるいはただ冷徹に、見おろしていたのか。

正直、覚えていない。