軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

さかさまの女神

それと――もう一つ。

禁呪使用に俺が耐えられた理由。

要因の一つには、

「……まだ多分、効果は切れてないな」

確認はできない。

が、効果が切れていればこの戦いのどこかで感じたはずだ。

効果が切れた、その瞬間に。

戦場浅葱の 強化(バフ) スキル。

これがおそらくステータス補正にまだ乗っている。

浅葱の死後も――スキル効果は、持続していた。

そうだな……一度、ステータスウィンドウを自分のところへ――

……が、そこで思い直してやめる。

今、俺のウィンドウは鹿島の目の前にあるのだろう。

ウィンドウには【+】のバフ効果が表示されているはずだ。

鹿島が浅葱を見送る時の様子を、思い出す。

――今、鹿島小鳩にとってそれはきっと。

この世で唯一まだ”生きている”浅葱の残り香のようなもの。

こういう見方も、できる。

……なら。

浅葱のスキルの効果が切れるまでは。

あるいは鹿島が自分の意思でこちらへウィンドウを戻すまでは。

なんとなく――そのままにしておくべきに、思えた。

と、応急処置のためか一人のネーアの聖騎士が駆け寄ってきた。

手の動きで俺は”必要ない”と伝える。

「俺は、大丈夫だ。今はそれより、聖と十河の方に少しでも手を回してほしい」

言われ、聖騎士が頭を下げ戻っていく。

「…………」

俺は自分の胸の辺り――

セラスが修繕してくれた大賢者のローブに、触れる。

……あんたに廃棄遺跡で託された、あの言葉。

”どうか、あの女神を――倒してくれ”

「とりあえず、それなりの形にはなったと思うが……、――ッ」

……大丈夫とは言ったものの。

あくまで生死を問うレベルの問題ではないだろう、ってだけだ。

禁呪使用で受けたダメージは決して、小さくない。

「……っ」

ふらり、と。

足がもつれ、身体が傾ぐ。

と――誰かが俺の身体を腕で支えた。

次に聞こえたのは、しみじみと過去を振り返るような声だった。

「やったのだな、トーカ」

「……あぁ」

俺を支えたのは、

「おまえも無事でよかった――イヴ」

「うむ」

「ピッ♪」

「ピギ丸……そなたも、がんばったのだな」

ピギ丸の状態を見てイヴも察したらしい。

イヴが顔の向きを変え、

「あそこでうつ伏せで寝転がっているのが、ヴィシスか」

「違うぞ」

「む?」

「クソ女神だ」

ふっ、と微笑むイヴ。

「その出血の様子で心配だったが……その調子なら、命の危険はないようだな」

視線を移す。

ニャンタンも無事のようだ。

ジオと、その肩に乗ったロキエラの姿も確認できる。

ヴィシスに対し構えた状態を維持しているセラス。

セラスは背中越しに、

「イヴ――よくぞ無事で」

「うむ……我もこうしてそなたたちと生きて再会できて、嬉しい限りだ」

イヴは自分たちが来た方角を振り向き、

「今、城内外ではヴィシスに解き放たれた聖体たちを皆で駆逐しているようだ。なるほど――聖体の動きがここへ来る少し前に鈍ったのは、ヴィシスがこの状態になったからなのかもしれぬな」

心配はいらぬ、と頷くイヴ。

「解き放たれた聖体は、ロキエラのおかげで少ない割合に抑えられた。こちらの戦力を考えれば危惧するものではないだろう。それにロキエラによれば、今湧いている聖体は対神族に特化しているそうだ。その分、それ以外の種族に対して――つまり我々が戦う分には、今まで戦ってきた聖体よりも楽に戦えるはずだ、と」

なら溢れてきた聖体の方は心配しなくてよさそう、か。

となると、やはり心配なのは――

「ヒジリや他の者は、大丈夫なのか?」

イヴも気になるようだ。

聖とイヴはそれなりに縁がある。

特に安否が気になるのも無理はあるまい。

十河にしても、

「……現時点では正直、わからない」

今、何人かで応急処置を施してくれているようだ。

……にしても。

もちろん聖もそうだが――

十河が、やってくれた。

あの土壇場で。

まさか――あんな無茶をやってのけるとは。

何をして”ああなった”のかは、俺もさっぱりわからない。

目の前で一体、何が起こったのか。

あの時は、それを正確に把握するのはほぼ不可能だった。

いや……今でも、

”十河がセラスと戦っていた分身をどうにかしてくれた”

それくらいしか、わからない。

が、何か無茶をやったのは――わかる。

…………十河。

「おまえのおかげで……」

俺は応急処置をする者たちの隙間から見えるその顔に視線を置き、

「助かった、本当に」

ちなみにムニンは駆け寄った者によると、

『気を失っているだけで命に別状はなさそうです!』

とのこと。

フギもホッとした反応を示していた。

が、すぐに彼女は聖に寄り添い心配そうな顔に戻った。

自分を庇ったことで受けた深手。

表情からして、どうも罪悪感に近い感情を覚えているらしい。

その時、

「トーカ」

声をかけてきたのは、ジオの肩に乗ったロキエラだった。

ロキエラは視線をヴィシスにやったまま、

「結局、無茶はしたようだけど……本当に、やったんだね」

「どうやらな」

「今は、ヴィシスをやっつけたことを手放しで喜びたいとこだけど――」

ロキエラは俺のそばへ来るまで――そう、イヴと話している間。

聖や十河の様子を観察し何かを考えている……ように見えた。

俺は咄嗟に、

「何か、あいつらの状態をどうにかできる方法があるのか?」

「……察しがいいのは相変わらずだね。ええっと……城内にヴィシスの研究室――秘密の部屋みたいなところがあるはずなんだ。ニャンタン、何か知らない?」

ニャンタンも一緒に、俺のそばまで来ていた。

「そうですね――心当たりなら。先ほどは聖体が大量に溢れていて近づけそうにありませんでしたが、今なら大丈夫かもしれません」

「! 今すぐそこに連れてってもらえる!? 残ってる聖体に対処できる人と、それなりの重さのものを運べる人についてきてもらえると、助かるんだけど……ッ」

「ならば、ここへ来る時と同じ組み合わせでよいではないか」

提案したのは、イヴ。

「――だね! 助かるよ!」

俺は、

「ロキエラ、手短に二つだけ」

「――手短によろしく」

「ヴィシスには状態異常スキルを重ねがけしてある――おまえの所見では、しばらくはこのままで大丈夫そうか?」

「……大丈夫、だと思うっ」

「追加で何か必要そうな拘束は?」

「【スリープ】がかかってるならその間は問題ないと思う。あと――神族は存在力が残ってる限り”死”を迎えない。その点で確実を期すならいい方法がある――ただ、説明はあとで」

「わかった。質問は、以上だ」

「――じゃあニャンタン、案内よろしく! できるだけ早く戻ってくるから!」

ロキエラたちはそうして、中庭を出て行った。

――何か考えがあるのだ。

そして……悔しいが、医術や治癒の方面で俺にやれることはない。

聖と十河は、あそこで処置にあたっているヤツらに任せるしかない。

それと――タイミングを計っていたのだろう。

セラスが、声をかけてきた。

「トーカ殿、お身体の方は――」

「激しい動作は無理そうだが、今のところはひとまず大丈夫と言える範囲だ――おまえの方は?」

「起源霊装状態はもうしばらく維持できそうです。このあとの再使用を考えなければ、もう少し時間をのばせるとは思いますが……」

再使用まで計算に入れてるのか。

ただ――聖にも十河にも頼れない現状。

この先で起源霊装状態のセラスに頼りたい局面は……。

ない、とも言い切れない。

「わかった、再使用分は取っておいてくれ。そこを考慮して、もうしばらく警戒を頼む」

「承知しました」

ヴィシスはうつ伏せのまま、ほぼ動かない。

状態異常スキルはしっかり効いている……。

当然【スリープ】も。

……射程距離の問題さえ解決できれば、ではあるが。

相手の無力化に最も適しているのは、この【スリープ】なのである。

ちなみに【ポイズン】もちゃんと効果は出ているらしい。

それも対神族特攻があるおかげか、通常より効果も強く見える。

他の状態異常スキルのゲージも確認できている……。

イレギュラーさえ起こらなければ。

ここから先はもう、廃棄遺跡の時と同じだ。

半永続的な無限コンボ――スキルの無限ループへ、移行できる。

「懸念があるとすれば……完全無力化に近い【スリープ】の効果時間が、切れた時か」

廃棄遺跡の時は【パラライズ】と【スリープ】で半永続化できた。

ただ、あの遺跡の金眼どもは【パラライズ】状態では動けなかった。

が、ヴィシスは【パラライズ】状態でも動いていた。

シビトやアルス、ヲールムガンドのように。

ただ――アルスやヲールムガンドほど動けていないようにも見えた。

また、ダメージで弱ってだいぶ動けなくなっているパターンもありうる。

できれば半永続的な拘束のために、それを期待したいところだが……。

……つーか。

ヲールムガンドは時間経過で弱っていった感があった。

しかしアルスに関しては――逆。

どんどん”適応”していっているような、そんな不気味さがあった。

あいつには、状態異常スキルの対神族特効もなかった気がする。

可能なら【フリーズ】はヴィシス用に温存しておきたかった。

あれなら【スリープ】以上に無力化できる。

だが今になってみると、アルスに使ったのは大正解だったのかもしれない。

俺はヴィシスを見おろし、

「黒紫玉とかいうので強化してたとはいえ……元々戦闘性質の神族じゃないってのは確かに、そうだったのかもな……」

その上で考えれば。

だからこそ用意したアルスやヲールムガンド、だったわけか。

……だとしても、 あ(・) の(・) 間(・) だけは。

そう、ヴィシスが十河の胸を刺した辺りからは。

一時的な重圧は、あの二体を上回っていた気がする。

もしかしたら――分身以上に。

……分身といえば。

セラスと戦っていた分身。

徐々に戦闘能力が上がっているのは感じていた。

ただ――ヴィシスは知らなかった。

起源霊装は長期戦に向かない。

しかし一方、セラス・アシュレイン自身は長期戦向きなのだ。

戦う中で次第に相手の戦い方に自分をフィットさせていく。

適応していく――慣れてゆくのである。

その才は防御とも相性がいい。

敵が強くなれば――それに合わせ、戦い方を適応させてゆく。

追いついてゆく。

だから分身が徐々に強くなっていっても――

多分、食い下がり続けられたのだ。

「セラス」

「はい」

「あとでしっかり礼は言うつもりだが――おまえも、よくやってくれた」

それは、とセラスが背中越しに応える。

「きっと――皆もあなたに対し、思っていることかと」

「……この戦いは……全員が、本当によくやってくれた」

「ええ――あなたがおっしゃったように……まさに、皆の勝利でもあると思います」

……手すりに並ぶ何羽もの鴉が、鳴いている。

中には、降りてきて地面の餌を漁る鴉も出てきた。

戦闘が終わり、安全と判断したヤツもいるのだろう。

俺は、視線を滑らせる。

…………聖、十河。

俺にはおまえたちを救える力はない。

何か心当たりがあるらしいロキエラに、今は賭けるしかない。

「…………」

頼むから――死んで、くれるなよ。

ロキエラが戻ってきた。

ジオが、抱えていた箱型の装置めいたものを地面に置く。

箱には何やら、小型の機器やコードみたいなものがくっついている。

「天界と通信できる装置、やっぱりあったよ……ッ! しかもこの装置なら直接的な会話もできるっぽいっ……えっと――」

ロキエラが眠るヴィシスに近づき、その手の指を引っ張る。

そしてヴィシスの手を装置に近づけ、色の違う四角い部分に触れさせた。

「よし……これで認証は、通ったはず……」

なるほど。

装置をここへ持ってきたのは、この認証のためか。

ロキエラが俺を見て、

「よく聞いて、トーカ」

深刻さを漂わせた表情で、話しかけてきた。

「残念ながら今のボクに【 女神の息吹(ヒール) 】は使えない……いや、それ以前にあそこまでの状態の人間を治せる使い手となると、天界には本当に数えるほどしかないんだ……ていうか――オリジン様とテーゼ様以外だと、一人しか心当たりがいない」

「その神族なら、治せるのか」

「おそらくはね。ただ――連続使用が、できない」

「……それは」

ごめん、と。

無念さを帯びた目で視線を逸らすロキエラ。

「治せるのは二人のうち、どちらか一人……かも、しれない」

かもしれない、とは言ったが。

暗に、その表情は”そうである”と告げている。

俺は十河と聖の方へ視線を飛ばし、

「……そもそも時間的に、天界ってとこから間に合うのか?」

「ん――だねっ……いずれにせよ、まずは急いで呼んだ方がいいね! ごめん!」

ロキエラは伸びるコードを一本、手に持った。

コードの先端には細い円筒状の部位と、針めいたものがついている。

針のイメージとしては、鍼灸なんかに使う針の細さに近いか。

ロキエラはその針状のものを――

自分の頭に、ぶっ刺した。

「何を、してる……?」

「ん? ああ、こうしとかないと会話に時間差ができるんだ。刺しておけば、通信も安定するしね。ま、さすがにヴィシスもこの装置に罠とかは仕込んでないと思うけど……ていうか今は一刻を争うからね! 気にしてられるか!」

言って、ロキエラは機器の一つを耳に当てた。

あれはおそらく、受話器みたいな機能を持った装置なんだろう。

次いで何かの操作をするロキエラ。

と、装置のいくつかのメーターが光った。

ロキエラが目を閉じ、耳を澄ます仕草をする。

通信が繋がるのを待っているらしい。

独り言めいて、ロキエラが呟く。

「……ていうか、やっぱりおかしいよ」

「おかしい?」

「どっちか一人しか助からないかも、なんて――」

薄く、目を開くロキエラ。

「そんなの、絶対におかしい」

その目は――出会ってから初めて見る目つきだった。

トントントントントンッ、と。

焦れったい様子で、ロキエラが装置を指で何度も叩く。

「――くそ……早くぅ……誰でもいいから、さっさと出てよぉぉ………………、――あっ繋がった! 発生認証 刻(こく) 号228911、ヴィシスの調査に向かったロキエラだ! キミは? ……そうか、わかった。あのね、実はお願いがあって……テーゼ様を呼んでほしいんだけど……え? いつだって? 今(・) す(・) ぐ(・) に(・) だ(・) よ(・) !」

俺は黙って会話に耳を傾ける――しかない。

ロキエラは通信相手の言葉を聞き、

「わ、わかるよっ……テーゼ様が今とっても忙しいのも、すごく余裕がないのもわかる……わかるけどっ……こっちも本当に重大事項なんだっ……いや、待って! 今すぐじゃないと――困るんだよっ!」

何やら。

流れが悪い感じに、思える。

と、

「ぃ――いいから! テーゼ様を、連れてこいって言ってるんだよッ!」

ロキエラの語調が明らかに、豹変した。

「ボクはロキエラだぞ!? お願いじゃなくて”命令”をしてるのがわからないのか!? ていうか、そっちが” 神々の夕闇(ラグナロクセカンド) ”の後始末でてんやわんやなのは重々承知の上で、こっちのことも天界にとっての重大事だって言ってんの! 急いで報告しないと、今の弱った天界が滅びかねない事態だって言ってるんだ! だから――さっさと呼んでこいッ!」

言って、通信を中断するロキエラ。

相手が通信装置の前から離れたらしい。

そして――ややあって。

ふぅ、と。

ロキエラが、息をついた。

「……実は、ちょっと前から天界は神の因子を持った影っていうか――”神々の 末影(まつえい) ”って呼ばれる怪物たちと、一種の戦争状態になっててね。その戦いをボクらは” 神々の夕闇(ラグナロクセカンド) ”って呼んでて……」

「なるほど――だからヴィシスの担当する世界の方が手薄になってた、と」

「言い訳になっちゃうけど……うん、そういうことだったんだ。で、ようやくボクら側の勝利がほぼ確定したから、ボクやヴァナルガディアのこっちへの派遣が承認された。まあヴィシスがいるこの世界については、具体的に何が起こってるのかまだはっきりしてなかったからね。ボクの進言も、後回しにされてたんだ」

「その天界で起きてた戦いの後始末ってのに……今まさに、向こうの神族たちは追われてるわけか」

「そう。けど――ボクが”天界にとっての重大事”だと言い切ったからには、取り合わないわけにはいかないはずだよ。報告しなけりゃ、さっきの神族がむしろ罪に問われるから」

「……さっき、一人しか救えないかもしれない……みたいに言ってたよな?」

「うん」

「そのテーゼ様ってのが、呼び寄せる神族の選択肢に入ってる風には聞こえなかったんだが……」

「でも、テーゼ様なら治せる――そう……テーゼ様なら、二人連続で治せるはずだから。まあ……実を言うと、通常ならテーゼ様をこの世界に呼ぶこと自体、そもそも無理なんだけどね。けど、さっき行ってきた研究所でそれを可能にするものを見つけたから……正直、ちょっと皮肉な話ではあるんだけど――っと、来た! テーゼ様!? はい、ロキエラです!」

目的の神族が通信に出たらしい。

やや急ぎ足で事情を説明していくロキエラ。

「――というわけですので、次元のゆがみは修正可能です! そうです! 皮肉な話ではあるんですが、ヴィシスが集めまくった根源素が、殴りたくなるほど、バカみたいに貯蔵されてるのでっ……はい! テーゼ様級の神族が来ても、ゆがみの修正が可能なはずなんです! なので次元 軸(じく) への影響は、ほぼ無しでいけるはずです! どころか、ゆがみが増幅される最短経路をとってもおそらく――はい! そのくらいの根源素がここにはあるんです! ――え? いや……ま、待ってくださいよ!? 忙しいのも余裕がないのもすごくわかりますけど……いえ、違うんですって! それだと、間に合わないんです! そ、それだと……だから、間に合わなくて……」

ロキエラの表情と語調。

形勢は……不利、なのか。

「お、お願いしますテーゼ様! 今回は、ボクら神族も本当に危ないところだったんですよ!? でも、その子たちが命を賭けて必死にやってくれたから……ボクたちの天界も救われたんです! だ――だから! ボクが力及ばずでこのヴィシスの件を処理できなかったのは、そりゃあボクの責任です! 情けないほど、力不足です! でも……この子たちがいたからどうにかなったんです! ヴィ、ヴィシス側の中には神徒化したヲールムガンドもいたんですよ!? あのヴァナルガディアすら、歯が立たなかったんです! そんな状況だったにもかかわらず、この世界の子たちのがんばりのおかげで……、――――な、なんで……こっちへ来るに値する理由なんて、言うんですか……だ、だって……」

ロキエラが、青ざめていく。

が、その直後だった。

「…………わかった。だったら――」

ロキエラの声が――低くなった。

「ボクが――ゲートを展開して、天界に侵攻を開始する」

一拍、間があった。

「まだ――対神族用の聖体は、たくさん残ってるんだ。特に大型聖体は新品のまま残ってる……今の” 神々の夕闇(ラグナロクセカンド) ”で弱ってる天界が一体、 ど(・) こ(・) ま(・) で(・) 対(・) 処(・) で(・) き(・) ま(・) す(・) か(・) ね(・) ?」

相手に見えては、いないだろうに。

ロキエラの目は据わっていた。

もしかしたら――肝と一緒に。

通信相手の空気が変わった……と思われた。

あくまでロキエラとの会話の様子から察するだけだが……。

ロキエラをどうにか説得しようとしているのかもしれない。

相手のテーゼという神族は、まだ渋っている感じなのだろうか。

すると、ついにロキエラが――

「……あぁもうっ! こっちに来てあの子たちを救ってくれないなら――本気でやってやるからな!? こっちには他に神殺しの力だってあるんだ! ていうか……本気で、いい加減にしろよあんた!? 何度も言ってるだろそっちの事情は痛いほどわかってるって――それでも、ってボクは頼んでるんだよ! ていうかあんたは慎重派すぎるんだよいっつもいっつもさぁ! 別にいいよ普段はそれでも! なんの文句もないよ! けど――今は違う! いい!? 危機から救ってもらったボクたち神族が、救えるかもしれない、恩人とも言えるこの子たちの命をここで救おうとしないでどうすんだって――そう言ってんのっ! ここで救わなきゃこの先ずっと、ボクらどんな気分で神族やってくのさ!? あぁ!? ていうか――こんな時まで”忙しい”とか”余裕がない”を言い訳にすんなッ! いいか!? 耳かっぽじってよぉく聞けっ! もし命の危機に瀕してる二人のうちどちらかが一人でも死んだら、その時点であんたら天界と 全(・) 面(・) 戦(・) 争(・) だ(・) ! それが嫌ならさっさと来い! このっ――」

口角泡を飛ばし――激昂したロキエラは、言い放った。

「すっとこどっこいの頭でっかちアンポンタンッ!」

昔の固定電話の受話器でも叩きつけるみたいに。

言い終えると同時に、ロキエラが通話用の機器を装置に投げつけた。

「ふーっ、ふーっ……」

ぜぇぜぇ肩で息をし、頭の針を抜くロキエラ。

中庭にいるほとんどの者が――ロキエラを、ぽかんと見ていた。

それは――鴉たちでさえも一時、鳴き声を止めているくらいで。

呆気に取られず動き続けているのは、応急処置をしている者たち。

中庭の外で――数はもう少ないようだが――聖体と戦う者たち。

あとは、ヴィシスを警戒するセラスくらいだった。

「はぁっ……はぁっ……」

「……手応えは、どうだ?」

俺が尋ねると、

「来ると、思う……さすがにむかついてきて感情を爆発させちゃったけど、ちゃんと―― 理(・) 由(・) は(・) 作(・) っ(・) て(・) や(・) っ(・) た(・) か(・) ら(・) 」

だから、とロキエラ。

「”条項”に従うなら、来るしかない……」

しかしその直後。

突然ロキエラが青ざめ、しょぼ~ん、と肩を落とす。

「まー……これでボクは、でっかい罰を受けるかもだけどね……ははは……」

ただ、すぐに持ち直した。

そして聖と十河を順番に見て、ロキエラは眉尻を下げる。

「ただ、来るにしても……もちろん二人がそれまでもつのが、まず大前提だけどね……」

「……ロキエラ」

「ん?」

「最初に言ってた方針なら……」

あえて、俺は聞く。

「つまり……救えるのは、最低でもどちらか一人って話のままなら……さっきみたいな激しいやり合いには、ならなかったんじゃないのか?」

テーゼという神族を呼ぶ選択をしなければ。

ああは、ならなかったのではないか。

「……まーね」

「確かに、俺たちは間接的にヴィシスの手から天界を救ったのかもしれない。けど……自分の地位どころか身すら危うくなりそうなリスクを冒してまで、どうしてそこまで――」

「何、言ってんの」

「?」

「前に言わなかったっけ? キミたちはボクにとって、子どもみたいなものだって」

「――――――――」

「少なくともボクは、そう思ってるよ」

ロキエラは目もとを緩め、微笑む。

それは、どこか。

慈しみを宿した――そんな、笑みに見えた。

「愛する子のためなら、自分にやれることはなんだってやる…… ヴィシス(こいつ) は真逆だったみたいだけど……本来なら――」

にこりと目もとを緩め、ロキエラは歯を見せて笑った。

そして、言った。

「それがさ、親ってもんでしょ?」