軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

間章.卑劣なる者

◇【女神ヴィシス】◇

「まさかここで狂美帝が牙を剥くとは、夢にも思っていませんでした」

アライオンの王城――女神の執務室。

ヴィシスは笑顔で机についていた。

その視線の先で姿勢正しく立つ男はポラリー公爵。

彼は、先の魔防の白城における戦いで司令官を務めた男でもある。

ヴィシスは机の上で、両手を組み合わせた。

「早速ポラリー公には軍を率い、ミラとウルザの国境まで赴いていただきます。そこでウルザの軍と合流し、ミラの軍を抑えてください」

「ミラはもうウルザへ攻撃を開始したのですか?」

「今頃は、そうなっているかもしれませんね」

ミラはまず東の隣国ウルザに誘いをかけてきた。

自分たちの側につけ、と。

脅しに近い誘いを受けたウルザの魔戦王ジンは真っ青になったそうだ。

そして、女神に指示を仰いできた。

その時点でヴィシスはこう考えた。

回答を引き延ばし、その間にこちらの体勢を整える――。

要は、時間稼ぎ。

が、回答期限が短すぎた。

狂美帝もそこは抜かりないようだ。

結局、それでもギリギリまで回答を引き伸ばし、時間は稼いだのだが……

「南のゾルド砦を取られると、少々厄介ですな。あそこを取られると、そこを起点にウルザ内部へどんどん兵を送り込んできますぞ」

「ですので、魔戦王は真っ先に魔戦騎士団をゾルド砦へ向かわせたそうです。ただ……」

「主力の魔戦騎士団をそこへ向かわせるのが、ミラ側の策ということも?」

「ええ。狂美帝とその兄二人は特に頭が切れると評判です。どんな策を弄してくるか、まだまだ未知数です」

「しかしなぜよりにもよって、狂美帝はこのような時期に……」

公爵が誰もが思う疑問を口にした。

微動だにしない笑顔のまま、

「むしろ――」

と、ヴィシスは口を開く。

「 今(・) だ(・) か(・) ら(・) こ(・) そ(・) 、でしょう」

「と、言いますと?」

「北の大魔帝がまだ健在な今なら、我がアライオンはミラだけに集中できません」

「いえ、ですが……あまりに無謀が過ぎませぬか? 神聖連合内で争いが起きてしまえば、結果として大魔帝を利するわけで……」

「その通りです。ミラにしても、この大陸の保持する戦力が”内輪揉め”で消耗する分、結局は大魔帝に滅亡させられる危険が高まるわけですから」

得をするのは大魔帝だけに思える構図である。

が、しかし――である。

ヴィシスは、笑みを深めた。

「逆に言えば、我がアライオンに反旗を翻すならやはりここしかなかったとも言えます。平時であれば、いくらあのミラ帝国と言えど他国から包囲されて終わりですから」

そう。

ミラのすぐ北にはヨナト公国がある。

両国の関係は良好とは言えない。

間違いなく、ヨナトはアライオン側につく。

ウルザの魔戦王はといえば、とかくヴィシスを恐れている。

だからヨナトとウルザはまずこちら側につく。

こうなると、ミラは北と東から挟み撃ちされる形になるわけだ。

が、現在ヨナトは先の大侵攻で瀕死状態。

ミラにとっては、まず北の憂いがなくなった。

大陸の北部を占めるマグナルにしても同様である。

今は戦力が薄い。

少なくとも7割の戦力を失っている。

残る3割にしても、東軍にいた白狼騎士団とその預かりの軍のみ。

そしてこの3割は、今も東部に残って防衛線を張っている。

しかもマグナルの白狼王は現在、生死不明で行方が知れない……。

さて、ネーア聖国やバクオス帝国はどうか?

やはり両国とも先の戦いでかなり消耗している。

当然、すぐに戦争ができる余力はあるまい。

つまり、である。

今ミラが相手取ればよい勢力は、アライオンとウルザの二国のみ。

アライオンの軍にしても無傷ではない。

先の魔防の白城の戦いでは、それなりの兵を失った。

そして――ミラは先の大侵攻で、ほとんど戦力を失っていない。

「……なるほど。そう考えれば、ミラが挙兵するにはこの機会しかありませんな」

公爵が納得し、唸る。

「ですが、それでも……皆で手を取り合い協力せねばならぬこの状況で、今回の狂美帝の行動はやはり狂っているとしか言えませんぞ」

「そうですねぇ……以前から狂美帝は、アライオンの立ち位置に不満のある様子でした。ですが、まさかここで裏切るのはさすがに……何せ、自殺行為ですからね。本当に――何がしたいのか。わけがわかりません。わけがわからないのです」

「確かに……ヴィシス様に逆らうなど、正気とは思えませぬな……」

ヴィシスの笑みが引っ込み、

「ぐすっ……ぅ、うぅ……」

嗚咽が漏れた。

「ヴィシス様……?」

「こんなにも私は身を粉にし、日々人々のために奉仕しているのに……こんな形で人間から牙を剥かれるなんて……あまりにも、ひどすぎます。あなたも、そう思ったはずです」

「……はぁ」

気のない返事をする公爵。

「……………………」

「あ、いえっ――そうですな! 民のために全身全霊を尽くしてきたあなたを、こうもないがしろにするとはっ――許せぬ話です!」

「勇者は勇者で、どうにも七面倒くさい方々が揃っていますし……あぁ、私はなんて不幸なのでしょう。まるで、世界の不幸を一身に引き受けているかのような……」

「ふぅむ……確かに、キリハラ殿やヒジリ殿は何を考えているか読めないところがありますな。ですが、アヤカ・ソゴウ殿などはよき勇者なのではありませんか?」

「ん?」

「?」

「ふーむ……」

ヴィシスは椅子の上で身体の向きを変えると、少し姿勢を崩した。

そして、

「ふふふんふんふんふ〜ん、ふふふんふんふ〜ん、ふんふ〜ん♪ ふんふふ〜んふ〜ん♪ ふっふふっふふ〜ん♪」

突然――鼻歌を始めた。

戸惑う公爵。

”脈絡なく急に何を始めたのだろう?”

そんな心の声が、伝わってくる。

ほどなく――ヴィシスは、鼻歌を止めた。

それから、

ツゥー……

机の 縁(へり) に、指先を滑らせる。

次にヴィシスはその指先を自分の顔の前まで持ってきた。

指先には薄らホコリが付着している。

そうしてヴィシスは、

「――フッ――」

指先に、息を吹きつけた。

ホコリが宙に舞う。

やがて、

「ええっと――」

緩く、公爵の方へと向き直るヴィシス。

「今、何かおっしゃいましたか……? うん? その……初日に役立たず決定の勇者を廃棄した際に女神に逆らった勇者が……”よき勇者”とか、聞こえた気がしたのですが……あら? 当然のごとく、聞き間違いか何かですよね……? 大丈夫ですか?」

公爵は青ざめ、冷や汗を流していた。

彼は口を開き、震える声で言った。

「そ、そのヴィシス様……ですがご存知の通り、彼女は先の魔防の白城における戦いで獅子奮迅の働きを見せました。決して少なくない者の命が、彼女のおかげで救われたのは事実でして……兵の中にも、彼女に好感を持つ者は多く……」

「……………………」

「か、かく言うこの私も! 彼女の決死の戦いぶりには、こ、心を動かされた次第でっ――」

バァン!

ヴィシスがてのひらで、机の表面を、勢いよく叩いた。

表情は、ニッコリ顔のままで。

「すみません、よく聞こえませんでした」

「あ、あの戦場にいれば、その――ご理解いただけるはずかとっ……か、彼女は……あの死地にあって、一人でも多くの者の命を救うために――」

バァアン――ッ!

まるで、公爵の言葉を遮るかのように。

ヴィシスの机を叩く音が、室内に大きく響く。

やはり――その表情は、笑顔のままで。

さらに、

バァンッ!

バァンッ!

バァンッ!

バァンッ!

バァンッ!

バァンッ!

バァンッ!

最後に、

バァァアン――――――――ッ!

さながらとどめとばかりに、そんな巨大な音がして。

次いで、静寂が訪れた。

ヴィシスは――再び、笑顔で繰り返す。

「 す(・) み(・) ま(・) せ(・) ん(・) 、 よ(・) く(・) 聞(・) こ(・) え(・) ま(・) せ(・) ん(・) で(・) し(・) た(・) 」

公爵は、ピンッと直立した。

口から心臓が飛び出さんばかりの緊張感が、その顔に張りついている。

「わ、私は……」

ゆっくりと、口を開く公爵。

「私は……そう褒められた嗜好の持ち主でもありません。それほど清廉な人間ではない、という自覚もありますっ……ですがっ――」

ゴクリッ

強く唾をのんでから、公爵は、己の左胸に手を添えた。

「あ、あれほどまでに正しく真っ直ぐな心根を持った勇者を――私は、他に存じませぬ! 戦局を決定づけたのは確かに例の蠅王ノ戦団でしょう! ですがっ……アヤカ・ソゴウがいなければ、あの蠅王が来るまで我々が持ちこたえられなかったのは明白……ッ! 竜殺しを下した三匹の人面種を倒したのも彼女なら、側近級と互角に戦い、蠅王ノ戦団到着まで時間を稼げたのも――か、彼女だけだったのです!」

「…………」

極めて短く呼吸を整え、公爵は続けた。

「……ヴィシス様が、そ、ソゴウ殿に対し何かよくない心証をお持ちなのは理解しております。ですが……共に戦うのならば、ソゴウ殿と手を携えるのが、最もよい選択かと……私は、そう考える次第にございます……」

「…………」

笑顔は維持したまま、ヴィシスは、しばらく固まっていた。

室内を支配する気まずい沈黙。

音と言えば、数回ほど公爵が唾をのみ下した音くらい……。

しかし――やがて、沈黙は破られた。

「はい、よく言えました♪」

「……は?」

「申し訳ありません。実は、あなたを試したのです」

「?」

「おかげで、あなたのことがよくわかりました」

微笑むヴィシス。

「ふふ。一軍の司令官ともなると、私の意見をただ肯定するだけでは務まりません。自分の意思をしっかり持ち、それを曲げぬくらいの芯の強さがなくては信頼できる配下とは言えないでしょう。間違っていると思ったなら、憶せず上の立場の者にも進言できる――本当の信頼関係とは、そういうところから生まれるものなのです。ですので、ポラリー公は合格なのですね♪」

公爵は、ホッと安堵の息を漏らした。

「そ、そういう試験だったのですか……女神様も、人がお悪い……」

「ふふふ、私は”人”ではありませんけど」

「ははは……そうでしたな」

ヴィシスはそれからいくつかの事項を伝えたのち、

「それでは頼みましたよ、ポラリー公」

そう言って、公爵を下がらせた。

こうして一人執務室に残ったヴィシスは――思索を始める。

ナ(・) メ(・) す(・) ぎ(・) で(・) あ(・) る(・) 。

ポラリー公爵の言葉は間違っていない。

北の大魔帝。

西のミラ。

確かにこの二つの”挟み撃ち”は、厳しい。

が、狂美帝は本気で人の身で勝てると思っているのだろうか?

狂って、いるのだろうか。

ミラの現皇帝――

ファルケンドットツィーネ・ミラディアスオルドシート。

”狂おしいほどに美しい”

類稀(たぐいまれ) なるその美貌から”狂美帝”と称される若き皇帝。

掴みどころのない性格の人物としても評判である。

が、アレは狂ってはいない。

否……どころか、まっとうに切れ者と言っていい。

二人の兄にしても同様。

ヴィシスもそこは見抜いていた。

つまり――ミラが、勝算なしに宣戦布告などするはずはない。

今回の狂美帝の挙兵。

根源なる邪悪を滅する上での明確な”阻害行為”……。

女神としては”排除”せねばならない――”排除可能”である。

「…………」

そういえば、と記憶を掘り起こす。

あれは、かつて魔防の白城に各国の代表者が集った時のこと……。

狂美帝が確か、神殺しの伝承に触れる発言をしていた。

その時ヴィシスは、

『あの、そのお話って長くなりますか? この場でする意味のあるお話なのでしょうか? 大丈夫ですか?』

と、軽く流したが……。

しかし、である。

女神率いるアライオンを相手取って、本気で勝てるつもりなのか?

カリッ、カリッ……

ヴィシスは椅子の上で立ち膝をし、思案顔で爪を噛む。

「………………………………禁呪?」

ヴィシスの中で思考が急速に連鎖していく。

そこで急に――送り出している勇の剣が、気になった。

最果ての国の位置は、ミラに近い。

「狂美帝がもし禁呪の存在を知っていて、その呪文書を手に入れていたら? 神獣周りの情報を、なんらかの手段で得ていたら……」

ヴィシスは考える。

自分なら、どうする?

「勇の剣の連れている神獣を奪い取り、禁字族と接触――――まずい」

いや……、と考え直す。

勇の剣がそう簡単に神獣をミラ側に奪い取られるだろうか?

”勇血最強”ルイン・シール。

シビトと同格――あるいは、それ以上の素質を持つ者。

そうおだてはしたが……実力では、あのシビトには及ばない。

が、ミラの輝煌戦団に劣るとも思えないのである。

しかも、勇の剣にはルイン以外にもサツキをはじめ強者が揃っている。

集団戦においても、そこらの中隊規模程度なら十分やり合えるはず。

神聖剣の使い手である狂美帝も実力者とは聞くものの……。

やはり、あのルイン・シールが負けるとは思えない。

さて。

ルイン・シールを倒せる者がいるとすれば、誰か?

自分と、故シビトは除外するとして――

タクト・キリハラ?

ヒジリ・タカオ?

アヤカ・ソゴウ?

確実にルインを凌駕するとなれば、第6騎兵隊長だが……。

あれは味方側だ。

現状”黒狼”ソギュード・シグムスも、味方側と言っていい。

では、ミラの敵対者側で思いつくとすれば――

「いない」

と、そこで一つ思い出す。

敵とも味方ともつかぬ存在が、いた。

「蠅王ノ戦団……蠅王、ベルゼギア」

この不確定要素が、どうにも収まりが悪い。

あの”人類最強”をも下したという呪術の使い手。

正直、気味が悪い。

しかもその呪術は魔族にも効くらしい。

なんと、側近級の第一誓を殺してみせた。

古代の魔導具と思しき兵器までも使用する……。

これは――どうにかしなくてはならない。

幸い、第一誓を殺しているから大魔帝側につくことはあるまい。

最善なのはこのまま味方側に引き入れること。

……そうなれば、異界の勇者もいらなくなるかもしれない。

今も手駒を使い蠅王の行方を捜索はさせている。

一応、第6騎兵隊とあのA級勇者にも命じてある。

”もし遭遇し、味方に引き入れられそうなら勧誘を”

と。

が、もし味方にならぬのなら――

「消すしかありませんねぇ」

邪魔も邪魔である。

五竜士を殺された時点で、そもそもふざけた邪魔をされているのだ。

ただ、手駒に加わるのなら――悪くはない駒。

加入の流れは不明だが、あの姫騎士も加わっているという。

つまり、蠅王ノ戦団はネーア聖国には味方すると考えていい。

たとえば、そのネーア聖国関係を交渉材料にすれば……。

十分、こちら側に引き入れられる可能性はある。

どうあれ、魔族にも有効な呪術の秘密をこの手にできれば――

「…………」

ヴィシスはそこで、椅子に深く腰掛け直した。

それよりも――まず狂美帝である。

しかし……おかしい。

ミラにもヴィシスの徒は配置してあった。

が、何をしていたのだろうか?

なぜ今回の反乱の情報が、何も入って来なかったのか?

ヴィシスの徒が裏切った?

「いいえ、まさか」

あのヴィシスの徒は女神の心酔者。

裏切る確率は限りなく低い。

そのヴィシスの徒は元々の出身地がミラだった。

ミラのしきたりなどに詳しく、土地勘もある。

ゆえに適任と考え、ミラの担当に抜擢したのだ。

と、そこでヴィシスは気づく。

出身地ということは”親族”も、ミラに住んでいるわけで――

「……………………人質」

ダンッ!

ヴィシスは、机をこぶしで叩いた。

あった。

唯一、裏切る可能性。

アレは女神の心酔者だが”家族”や”親族”にだけは滅法 弱(・) い(・) 。

そう――狂美帝は、おそらく現地の親族を人質にした。

ヴィシスの徒は、それゆえに虚偽の報告を送らざるをえなかったのだ。

人質にされた親族の身の安全と、引き換えに。

「……くっ! 親族を人質に取り思うまま操るなど、完全に人の道を外れた行為っ――」

上体を机の上に乗り出したまま項垂れ、ヴィシスは、声を上げた。

「なんと、卑劣な……ッ!」

卑劣な手段を用い反旗を翻してきた愚かな狂美帝。

想像以上に心の折れない頭のおかしいアヤカ・ソゴウ。

同じく頭がおかしくなって女神に反論をはじめたポラリー公爵。

「…………」

ひょこっ、と。

机の表面につけていた額を上げる。

あごは、まだ机の上にのせたまま。

表情は、能面。

のっぺりしていてなんの感情もうかがえない。

言うなれば”虚無そのもの”とも言える表情。

金の瞳が、不気味なほど、綺麗な円を描いている。

そして――

「が」

残りは声に出さず、ヴィシスは、口の動きだけで言った。

” がきどもが ちょうしにのっている ”