軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

間章.アキレスのかかと

◇【高雄樹】◇

「委員長と姉貴の件、クラス以外の連中にもけっこう広まってるみたいだぜ」

「計画通り、といったところね」

高雄樹は今、聖の部屋にいる。

室内には自分と姉しかいない。

大好きな姉と二人で過ごす時間――

樹にとっては、何にも代えがたい時間でもある。

たとえそこが、どんな場所であろうと。

「けどさー、みんなの前でキスとか迫ったのはやり過ぎだったんじゃねーかなぁ……てか、まさかの未遂で済んでないし……」

「噂を”噂”で終わらせないための、だめ押しのつもりだったのだけれど」

「……委員長、滅茶苦茶あたふたしてたぜ?」

ほんのわずかだが聖に珍しく反省の相が走る。

「確かに……十河さんには悪いことをしたかもしれないわね。彼女のああいう自然な反応は、私としてはありがたかったけれど」

「まー、演技を意識し過ぎると嘘臭くなるしなー……けど、本来はフリだけで、本当にしなくてもいいって事前に伝えてはあったんだよな……?」

「”適当に私に合わせてくれればいい”とだけ伝えたんだけど……どうやら、私の言葉足らずだったみたいね」

そう。

本当にキスをする必要はなかった。

聖も綾香は適当な理由をつけて拒否すると思っていたようだ。

が、綾香はしないといけないと思ったらしく……。

聖がそこで口もとに手をやり、思案顔になる。

「――ねえ、樹」

「ん?」

「私はファーストキスの相手なんて、どうでもいいのだけれど……もしかして十河さんも、初めてだったのかしら?」

「あの反応は――そう、だったかも……」

細く息をつく聖。

「だとしたら、重ねて悪いことをしたわね。許してもらえるかわからないけど、あとでちゃんと謝っておくわ。事故だったとはいえ、私の言葉足らずが招いた事故なわけだし。責任は私にあるわ」

「うーん、アタシには……委員長の方がテンパって、つい勢いでやっちまった風にも見えたけどなー……」

「”テンパらせた”原因が私なら、それは私のせいよ。今回の件に関しては特に……いえ、私もまさかあそこまで狼狽されるとは……」

こういう、変なところで気を回す姉でもある。

「にしても、姉貴は人を手玉に取るのほんと上手いよなー」

「将来は、詐欺師が有望かしらね」

「……大成してる姿が本気で想像できるから、冗談でもやめてください」

言って、樹は後ろへ椅子を傾けた。

グラグラ揺れる椅子の上で天井を仰ぎ見る。

「けど、委員長もなんかカワイソーだよな……女神から目の仇にされてる感じでさ。アタシ、あの女神ほんと嫌い」

「あれは過去に執着するタイプね。癇に障ることをされたら、とことん根に持つタイプ」

「うげぇ……アタシそういうやつ、マジで無理ぃ。相手がちゃんと反省してるなら、過去のことは水に流していいじゃん」

「――まあ、狙いはそれだけでもないんでしょうけど」

「どゆこと? あいつの態度は、委員長が嫌いってだけが理由じゃないの?」

「心を折ってしまえば操りやすい、と考えてるんじゃないかしら」

「え、そうなの? エグい……」

「これまでも何人かの勇者は、そのやり方で操り人形に仕立てていったのかもしれない。心身共に疲れ切っている状態って、本当にマインドコントロールしやすいから」

「メンタル破壊して、洗脳って……ほんとに神様なのかよ、あいつ……」

長い睫毛をゆったりと伏せる聖。

「むしろ私は、十河さんの打たれ強さの方に驚いているけれどね。彼女……想像以上に芯が強いわ。前の世界にいた頃は、あそこまでとは思わなかった。最初は一応、機を見て助け舟を出すつもりだったけれど」

なんでも見通しているように見える聖。

しかし、そんな聖でも見抜けない一面はあるようだ。

案外、他のクラスメイトも想像と違う面を持っているのかもしれない。

「アタシはむしろ、戦いの強さの方にびっくりしたよ。なんつーか、委員長だけ強さの次元が異質じゃね……? 委員長の場合、S級勇者だからとか……なんか、そういう次元でもないような気が……」

「彼女の存在はいつか、この戦いにおける”鍵”となるのかもしれないわね」

薄い唇にそっと指を添え、口もとを緩める聖。

「もし……私の色仕掛けで落とせるなら、今のうちに本気で落としておくべきかしら?」

姉の表情に見惚れながら、唾をのむ樹。

(――姉貴の、色仕掛け……)

想像が、つかない。

今のが姉なりの冗談なのはわかっている。

が、リアルにちょっと見てみたい気もした。

「…………」

そこで樹は二回、小指で下唇を擦った。

すると、聖も自分の下唇を、樹と同じ回数小指で擦る。

これは二人で決めた合図の一つ。

聖の固有スキル【ウインド】。

この固有スキルは思った以上に応用がきく。

そんな応用の一つに気配感知がある。

風のかすかな揺らぎから人の気配を察知できるのだ。

効果範囲もけっこう広い。

誰かが部屋の前で盗み聞きしているかどうか、それでわかる。

先ほどの合図は、その盗み聞きの有無を確認するものだった。

樹から確認を取る場合は、樹が下唇を二回擦る。

そのあと、

聖が上唇を擦ったら”盗み聞きされている”。

逆に下唇を擦ったら”盗み聞きされていない”。

聖は――下唇を擦った。

つまり、盗み聞きはなし。

なので今は、フェイクの会話をする必要もない。

二人はすでに、この合図を何度かやっていた。

それでも一応声の音量を落とし、樹は尋ねる。

「で、姉貴…… 例(・) の(・) 件(・) 、どうなりそう?」

「ひとまず一度、女神と一対一で話す必要がありそうね。次の動きは、それから」

「姉貴が、女神と?」

「確証を得るために、見極めたいことがあるの」

「……わかった。アタシの方は、まだ何も動かなくていい?」

「ええ。まだ当面は、いつも通りに過ごしていて」

「おっけい」

樹は女神が嫌いだ。

同時に、奇妙な得体の知れなさも感じている。

正直なところまったく怖くないかと言えば嘘になる。

が、聖の存在があらゆるマイナス感情を跳ね返してくれる。

姉に頼りきりで、主体性がないとか。

姉の優秀さに悔しさの一つも抱けない生粋のシスコンだとか。

姉にべったりな自分に対し、そんな風に言う者もいる。

なんとでも言えばいい――事実、そうなのだから。

樹は座り直すと、改めて姉に向かい合った。

それからちょっと前のめりになって、言う。

「何があっても、アタシは姉貴についていく」

昔と何も変わらぬ心持ちで、樹は続きを口にした。

「あの女神を、敵に回すとしても」

「ありがとう。私は、いい妹を持ったわね」

「……へへ」

十河綾香。

確かに、異次元の強さを誇る。

が――高雄樹からすれば、高雄聖もまた異次元の存在。

十河綾香の戦闘能力。

高雄聖の頭脳。

なんだろう。

この二人が、本気でタッグを組んだなら――

なんでもできそうな、そんな気がしてくる。

聖はというと――黙考していた。

やがて、聖が口を開く。

「ねえ、樹」

「ん?」

「神族って、なんだと思う?」

「へ?」

「この世界の人たちは、女神や神族についてどれくらい知っているのかしら?」

「うーん……そういやアタシ、あんまし考えたことなかった……」

「閉架書庫の文献を漁っても、神族について記された書物は皆無に等しい。この国の人間に尋ねてみても、今のところ神族そのものについて詳しい人物にはまだ出会っていないわ」

「言われてみると――女神って、そもそもなんなんだろーな?」

自分の知っている”神様”とは、何か違う気もする。

ぱっと見、人間と変わらぬ肉体を持って喋っている時点で……。

樹の考える”神様”とは、やっぱりイメージが違う。

「あるいは、先入観があるのかもしれないわね」

「え?」

「神族は一人しか存在しないという、先入観が」

「……え? それって……他にも、神族がいるかもってこと?」

「現時点では、あくまで可能性の話でしかないけれど。ただ……」

樹とは対照的な綺麗な姿勢のまま、聖は続けた。

「神族について書かれた文献が な(・) さ(・) す(・) ぎ(・) る(・) の(・) が(・) 、逆に気になるの」

「ええっと、要するに……神族について書かれた本は、女神が焼くとかして全部処分してるかも……ってこと?」

「ないとは言い切れないわ。さて、仮にそうだとすると……それは一体、どんな可能性を示唆していると思う?」

ちょっと、考えてみる。

「うーんと、つまり……女神にとって、他の神族は邪魔な存在……?」

「そう。その可能性は、十分にありうる」

「……けどさ、姉貴。もし他の神族がどっかにいるんなら、そいつらは何やってんだって気もしない? あの女神、マジでやりたい放題じゃん」

「――――とも、言い切れないと思うのよ」

「え?」

樹には、今の状態が女神のやりたい放題にしか見えない。

が、聖にはそう見えていないらしい。

「女神とこの世界を見ていて、何か妙だと思うことはない?」

「…………」

「…………」

「……わ、わかりゃんです」

たとえば、学校の勉強は簡単だ。

ほどほどの予習と復習。

それさえやっていれば試験では楽に高得点が取れる。

聖にこそ及ばないがクラス内での成績順位も高い。

が、樹は今聖にされたような質問は苦手である。

予習と復習が、通用しない。

聖の見えているものが、樹には見えない。

こういう時、樹は相反する感情に囚われる。

姉と同じ”景色”を見られない悔しさ。

だがそれと同時に覚えるのは、姉への尊敬。

自分では見えないものを見ている姉――見ることができる、姉。

「この世界で、女神は何百年と生きている」

「うん、すげぇばーさんだ」

「……は、ともかく」

しゅんとなって謝る樹。

「ごみんなさい」

「……まあ、そういうところも樹の美点だけれど」

こういう時、聖は怒らない。

樹は努めて表情を引き締め、姿勢を正した。

聖は、続ける。

「他にも長寿の種族はいるようだけど、今は表舞台から姿を消しているみたい。禁忌の魔女とやらも」

「表舞台で無駄に長生きしてんのは、女神だけってことか」

「ええ、見える範囲では」

「けどさ……それの、どこが”妙”なんだ?」

「国がいくつにも分かれていて、今も統一されていない」

「ん? つまり……どゆこと?」

「いい? 女神にはまず、異界の勇者という強力な駒がある。根源なる邪悪を倒した後もこの世界に残った勇者がいることは、過去の記録からもわかる。つまり、女神は彼らの力を他国の侵略に用いることもできたはずなのよ」

「――あ」

そうか。

そうだ。

異様な長寿とは、アドバンテージなのだ。

仮に優秀な人間の王がいても、いずれは寿命で死ぬ。

そう――女神より早く。

加えて、レベルアップで恐ろしく強くなった異界の勇者。

根源なる邪悪を倒すほどの力を持った者たち……。

彼らを使えば、他国の征服も容易だったのではないか?

「この世界の今の情勢だけ切り取っても、やっぱり妙に感じるわ」

続ける聖。

「本来、一丸となって根源なる邪悪に立ち向かうのなら”神聖連合”なんていうもの自体、そもそも不合理なものだもの」

「確かに……連合なんて組むよりは、元から一つの国になってた方がいいよな。女神自身もすごい力を持ってて、この世界で強くなった異界の勇者もその女神の言うことを聞くんだったら……やろうと思えば、この大陸の征服くらい簡単にできそうなもんだよな……」

「なのに、そうなっていない」

「てことは……?」

「何か”そうできない理由”がある、と推測することができる」

「そうできない理由かー……え? 姉貴、もしかしてそれの見当ついてる?」

「これもあくまで推測だけれど……神族は、干渉できる範囲のようなものが決まっているんじゃないかしら」

樹は、黙って聖の話に耳を傾けた。

聖は続ける。

「たとえば……監視システムや、評価システムのようなものがあって……関わる事柄によっては、神族自ら神の力を行使すると”干渉しすぎ”として、大きな失点になる。けれど……自分以外の者を使えば大した失点にならない、とか」

整った睫毛を伏せる聖。

聖は、独り言のようにその思考を口にしていく。

「そう……根源なる邪悪を打ち倒すという目的に沿うなら、女神自身もかなり自由に動けるけど……それ以外の事柄に関しては、やり過ぎるとそのシステムに引っかかってしまう。この世界の国家群の在り方への過干渉も、そのシステム的には問題があって……だから、女神は”ここまでなら大丈夫”というラインを、長い時間をかけて見定めたんじゃないかしら? その結果が、この世界の現状……」

要するに、

「意外と女神もやりたい放題にはできない……ってこと?」

樹が言うと、聖は目で同意を示した。

「そして――女神はおそらく、他の神族の干渉を望んでいない。もし他の神族の干渉を引き起こすトリガーが、その監視評価システムのようなものだとすれば――」

怜悧(れいり) な瞳で、聖は、静かに虚空を見据える。

「それが女神にとっての、” アキレスのかかと(弱点) ”になりうるのかもしれない」