軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

191 身代わりと信頼

***

偽物の『歌姫』に成り代わり、身代わりを演じながら、リーシェは集中力を研ぎ澄ましている。

(ここまではすべて狙い通り。シルヴィアがひとりになったと誤認した敵が、迷わずこちらを狙ってきたわ)

歌姫としての衣装は重いが、動きやすい工夫が細部に凝らされている。フリルにはいくつものスリットが入っており、裾捌きに苦労はしなさそうだった。

ヴェールで顔を隠しているが、リーシェからの視界には支障がない。それよりも、明るい舞台から暗い客席を注視することが、想像の通りに難しかった。

耳を澄まし、殺気に集中する。

大勢の観客がいる中でも、矢が風を切るときの特徴的な音や、誰かが人を殺そうとしているときの気配は明白だ。

(――右!)

そう判断すると同時に、リーシェは剣を振った。

鏃には当たらなかったものの、 篦(シャフト) の部分に刃が当たる。弾き飛ばした矢が舞台の下手に滑り、人工花びらが舞い上がった。

(アルノルト殿下に教わった通り。『刃を振るときに面にすることを意識し、篦を払って矢を落とす』……!)

ここ数日、アルノルトに特訓してもらった成果は十分だ。リーシェは深呼吸をしつつも、自らの緊張を自覚した。

一瞬でも気を抜けば、諜報員の矢はリーシェの左胸を射抜くだろう。相手が手練れであることは、狩人という名の諜報員だったリーシェにもよく分かる。

(シルヴィアとの入れ替わりが、上手くいってよかったわ。……この状況で、シルヴィアを囮役にしていたら、間違いなく彼女に怪我をさせていたもの)

どれほど警備を固めようと、守り切ることは難しい。それが分かっていたからこそ、リーシェはアルノルトとラウルに対し、城壁の上で提案していたのだ。

『囮役を演じるのは、シルヴィアではなく私がやります』

そう告げると、アルノルトは眉根を寄せた。

『シルヴィアには、彼女自身を囮にすると説明しようかと……そうでなくては、シルヴィアは計画に賛成してくれません。この囮計画には、シルヴィアや他の役者さんの協力も不可欠ですから』

『……リーシェ』

アルノルトは、苦い表情のままでリーシェを見下ろす。

けれど、リーシェがじっと見つめると、やがて溜め息をついてからこう言った。

『――分かった。お前の思う通りにすればいい』

『ありがとうございます、アルノルト殿下!』

『いやいや! ちょっと待てっておふたりさん!』

騎士に扮した姿のラウルが、慌てた様子で割って入る。

『ラウル?』

『当然のような顔でなに言ってんだ。あんたが歌姫シルヴィアの身代わりって、そこまで危険を冒す必要はないだろ』

『だって、他に最善の方法が無いんだもの』

『「無いんだもの」じゃなくて!』

ラウルはやれやれと肩を落とし、今度はアルノルトの方を見上げた。

『殿下も殿下だ、あっさり甘やかしていいのかよ。身代わり役なんかやらせて、可愛い奥さんに万が一のことがあったらどうするつもり?』

『だから、私はまだアルノルト殿下の奥さんじゃないんだってば……!』

気にするところはそこじゃない、という顔を向けられた。いつも感情を誤魔化すラウルが、ここまで分かりやすい表情をしているのも珍しい。

アルノルトは僅かに眉根を寄せたまま、青色の瞳を伏せて言う。

『……危険が伴うことは、当然承知の上だ』

それは、呆れの混じったような声音なのだった。

『その上で、リーシェがこの状況を譲るはずもない。これは、自分が守ると決めたものは、どんな手段を使ってでも守ろうとするからな』

『アルノルト殿下……』

アルノルトはリーシェを見て、その渋面を少しだけ和らげた。

『それくらいは、もう十分に分かっている』

『……!』

向けられたある種の信頼に、リーシェの胸がどきりと高鳴る。

ラウルが先ほど言ったように、これはリーシェへの甘やかしだ。他の誰かが提案しても、アルノルトは絶対にこの案を飲まない。

そのことが理解できるからこそ、どうしても嬉しくなった。

(絶対に、守り抜いてみせる)

そしてリーシェは今、歌姫の姿で舞台に立ちながら、慎重に剣を振るっている。

飛んできた矢を再び弾き飛ばすと、観客のざわめきが大きくなった。

「一体これは、どういう演目なんだ……!? 歌姫シルヴィアに矢が飛んで、それを彼女が剣で防ぐ。その度に、舞台に落ちた花びらが舞って……」

「ええ、とっても綺麗……!」

観客たちが音楽に紛れて、隣と密かに感想を交わす。リーシェはそんな会話も耳に入らず、次の攻撃に意識を集中させた。

(客席から矢が飛んでくる度に、近衛騎士の皆さまが射手を見付ける算段。そのために少しでも多く、私に向けて矢を射らせて――)

アルノルトに学んだことを意識しながら、風を切る音と同時に剣を薙いだ。

「おおお!!」

二本同時に斬り弾いて、客席から歓声が湧き上がる。

ドレスの裾を掴み、ふわりと捌けば、それに合わせて花が舞うのだ。

(手荷物検査を行うと周知したことで、持ち込まれているはずの武器は最小限。諜報部隊は遠距離が基本だわ、矢が尽きるまでは観客席から狙ってくる……!)

リーシェの大きな役割は、観客席にいる弓兵をすべて炙り出すことだ。

シルヴィアの身代わりとして矢を引きつけ、それをすべてかわして落とす。弓兵の最大の弱点は、攻撃が消耗戦になることだ。

(そして矢が尽きれば、次の動きは――……)

想定通り、舞台に登ってくる敵の姿があった。

黒いローブを纏った男が、隠していたらしき短剣を抜く。舞台の演目だと思い込んでいる観客たちも、緊迫感に息を呑んだ。

真横に払われた一撃を、リーシェは咄嗟に身を屈めてかわす。

大きな拍手が沸き起こるが、そこを狙って矢が迫った。

「っ」

太ももの辺りを狙われて、刃を返しながら鏃を弾く。無意識に呼吸を止め掛けて、乱されてはいけないと吐き出した。

けれども一瞬の隙を突かれる。

矢を防ぐ動きの瞬間を、舞台上の敵に狙われたのだ。

剣を持った諜報員が、リーシェにそのまま斬り掛かる。

「……っ」

その瞬間だ。

舞台袖から現れた人物が、リーシェと敵の間に飛び込んだ。

かと思えば、彼はその脚を振り上げると、敵のこめかみに鮮やかな回し蹴りを叩き込む。

「ぐあ……っ!?」

悲鳴と共に、舞台下まで敵が吹き飛んだ。

リーシェの眼前で、黒色のマントが翻る。踵が敵に接触したのが不快だったのか、その人物は顔を顰めた。

事前の打ち合わせと異なる動きに、リーシェは小声で彼を呼ぶ。

「アルノルト殿下……!」

「…………」

アルノルトはリーシェを振り返ると、小さく息をついてから言った。

「怪我は無いな?」

「あ、ありませんが……! アルノルト殿下が出てきて下さるのは、もう少し後という手筈では?」