作品タイトル不明
第566話
「それでどんなトラブルだったんです?」
「聞いてくれる?」
ザン=ギュラー先生がヒト族の富豪から 石灰岩(ライム) 製の女性の石像を依頼され、その仕事を請けた事から話が始まる。白く美しい 石灰岩(ライム) を使い等身大のヒト族の美女の裸婦像を作り上げる。それが依頼内容だった。工賃は金貨二百枚。材料費は別に用意された。工期が少し短いぐらいで条件は悪くなかったので請けたのだという。
そしてザン=ギュラー先生は納めた石像のお披露目パーティーに招待された訳なのだが、そこで職人にとって衝撃的な事件が起きる。
◇◇◇◇◇
「どうだね、この美しい石像。白亜の美女だよ」
「今にも動き出しそうですな」
「大枚を叩きましたよ。お陰でいい余興が出来ると言うもの」
「流石はキッチュ様。貴族位を持たぬからこそ出来る《《遊び》》でございますな」
「この日の為に【 人魚の涙(ペルラ) 】を取り寄せましてね、ドワーフ達が【 涙目酒(サワー) 】と呼ぶ酒の中に白スライムの死核と共に漬け込みましたよ。あの硬く美しく輝く【 人魚の涙(ペルラ) 】もすっかりふやけ、向こうが透けて見える様に」
「それはまた酔狂な」
「柔らかくふやけた【 人魚の涙(ペルラ) 】は飲み込むことが出来るそうで。私は何事も試さないと気が済まなくてね」
貴族では出来ない富豪の《《遊び》》、その場に付き合わされたザン=ギュラー先生はと言うと、呑気に振る舞い酒を楽しんでいた訳で。出された酒は断らない、それがドワーフクォリティ。
宴も 酣(たけなわ) 、その瞬間が訪れる。
「さぁ、本日最高の瞬間だ。例のものを頼むよ」
キッチュの指示に使用人たちが豪華な装飾で彩られた壺を恭しく運び込む。壺の蓋が開けられ、中身が石像の足元に注がれる、いや零れ落ちた。それは乳白色をしたスライムだった。
ぷるん 乳白色のスライムが石像を前に大きく揺れる。ぷるんぷるん揺れるスライムはまるで触手を伸ばしているかの様で……そのまま石像に纏わりついた。そして上へ上へと移動し始めた。
「なっ…何を、私の石像に???」
「余興ですよ、余興」
乳白色のスライムが被さった箇所から石像がジワジワと溶け始める。滑らかな裸婦像が少しずつ溶かされてゆく。陽光を反射する滑らかな仕上げはザラザラしてゆき、柔らかな髪もふくよかな頬も徐々に歪になってゆく。
「止めろ、止めてくれ!! それは私の作品だ!!」
「それは違うぞ、ドワーフの職人。これは私の所有物。支払いを済ませた時点で既に私の物なのだ」
「てすが、それは私が丹精込めて」
「しつこいぞドワーフ。たかが石像ではないか。これは奴隷代わりだ。奴隷代わりに石像を蹂躙して何が悪い? 幸い私には命を弄ぶ趣味はないのでね」
「エリス、私のエリスが!!」
「クドい。今直ぐ立ち去るか、余興が終わるまで留まるか、二つに一つだ」
◇◇◇◇◇
「そして私は耐えきれず屋敷を後にしたよ」
「そんな、そんな酷い事が許されて良いんですか?」
「私はエリスを、あの石像を助けてやることが出来なかった。あんな仕事など請けなければ……」
「ザン=ギュラー先生、エリスさん、その石像は誰かの命を救ったんです。見知らぬ奴隷の代わりになってくれたんです。でも……悲しすぎます」
グスッ 可哀想な石像を思うと涙が出てきた。いくら買った人の所有物だからといって、作者の前で溶かすことはないだろ。石灰岩だから庭に飾られ野晒しにされてたら徐々にボロボロになるのは仕方ないけど、それは味のある変化だ。豪邸の主だったら美女の石像の一つや二つ玄関ポーチにでも飾っても邪魔にならないでしょ?
「ゴメンね、この事はあまり話さない様にしてたんだけど……」
「いや、石像の事を考えたら……グスッ、納品後だからって、お金は貰ってある云々の問題じゃないですよね」
「石像の為に泣いてくれたんだ。ありがとうね」
「次の作品は大丈夫なんですよね?」
「それは大丈夫だよ。ラミア族はマトモな人物が多いからね。ちゃんと 陽(ひ) に当てて温めてあげたいって言ってた位だから大丈夫でしょう」
「優しいんですね」
「爬虫類系の人たちは見た目のせいで損をしがちだけど、基本いい人達が多いからね。竜の人達は強すぎるからちょっとアレなところもあるけど」
雑談をしながらの作業は職人さんによっては大目玉を食らうけど、雑談するのもこまめな休憩を入れるのも何ら問題もない職人さんもいるので上手く見極めるのがコツか…。俺はどちらでも構わない派なので講師の流儀に合わせるけど。何気ない雑談の中に仕事の極意が隠されてたりするので気は抜けないけどね。
「明日も来る?」
「ザン=ギュラー先生の予定が空いていればお願いしたいです」
「私は大丈夫だよ。石工作業関係はほら、郊外開発の関係で殆どが現場に出払っているから。私の出番はもう少ししてから。石塀の装飾とかが必要になる頃じゃないと話が回ってこないかな」
「明日は柄の削り出しと縁の微調整をする予定です。もう何日か指導をお願い出来ますか?」
「それじゃ、道具を貸してあげようね。使えそうだったら鍛冶師に発注すればいいよ。まぁ、たま〜に自作しなきゃいけない道具もあるけどね。簡単な鍛冶スキルは持ってた?」
「はい」
「それなら研磨スキルもあるから簡単な仕事道具なら作れるし手入れもできそうだね。うんうん。それと妖精の職人に心当たりはある? サポート要員は大事だよ」
「それも大丈夫です。懇意にしているクルラホーンがいます」
「クルラホーンね。飲ませ過ぎなきゃいい仲間だよ。個人的にはレプラコーンよりクルラホーンがオススメかな。レプラコーンは作業にムラがある事が多くて……。それでも縫製作業はレプラコーンの方が上手だね」
「得手不得手はありますものね」
「そうそう、妖精用の宿泊施設が設置されてたよ。名前は確か収容タンスだっけ?」
収容タンスって、ムショ感がハンパないわ……。