作品タイトル不明
741.挙動不審なテーブルで珈琲を
明らかに目上の貴族夫妻相手に、令嬢が何やら怒っている。その姿は目を引いてしまう。すぐに気づいたユリアーナが、小声で耳打ちした。個室ではなく奥の衝立の先に席を予約している。だからこっそり近くの席にいてもいいわ。絶対に口出ししないでね。
しっかり釘を刺されたが、帰れと言われなくて安心する。ユリアーナとオイゲン、子爵令嬢の何が心配と尋ねられたら、心配事ではない。気になる、が近いかしら? クラネルト子爵令嬢の人柄が知りたかった。今後、妹の大切な友人になるかもしれないんだもの。
シュミット伯爵家には母親がいない。だからいつも心配して世話を焼くのは、私の役割だった。それを面倒だと思うより、楽しいと思うべきでしょう。賢い弟が跡を取るために頑張り、末っ子みたいな弟が我が儘をして騒動を起こし、苦笑いしながら妹と後始末をしてきた。
父が金策を頑張ってくれるから、私は節約を始める。弟妹を巻き込んで、それすら楽しんだ。楽しまないと辛くて耐えられなかったかもしれない。他の貴族令嬢のように、着飾ってダンスをして、刺繍をしていたら上達したかしら? そう思うこともあるのよ。
ヘンリック様と腕を組んで、カフェの席を指定する。後ろのハンナ様と侯爵様もご一緒に、同席で用意してもらえた。着座して、全員でメニューを眺める。飲み物は紅茶以外に珈琲もあるのね。久しぶりに飲んでみましょう。屋敷では出ないもの。
お茶菓子はふわふわの蒸しパン風かスコーン、焼き菓子。絞り袋はあるから、焼き菓子もそれを活用している。クッキーが口金の模様に……メレンゲも絞って焼いたら美味しいのに。さくっとした食感を思い出すけれど、残念ながらレシピが不明だ。砂糖と卵白は確実なのだけれど、粉類は使ったかしら?
メニューを見て考え込んだ私は、蒸しパンを選んだ。入り口のお嬢さんが食べていたのよ。美味しそうだったわ。ヘンリック様とティール侯爵は、無難にスコーン。食べ慣れたものは安心だもの。ハンナ様は首を伸ばして聞き耳を立てている。
「ハンナ様、落ち着きましょう。何か注文しなくては、お店の方が困ってしまうわ」
「そ、そうですわね。では、焼き菓子と紅茶を」
ジャムを載せた焼き菓子は、柔らかいクッキーのような見た目だった。私とヘンリック様が珈琲、ハンナ様と侯爵閣下が紅茶に分かれる。
「ヘンリック様は珈琲をよく飲むのですか?」
「王宮で出すよう命じたからな」
「そういえば、珈琲の香りは好きですよ。味はまだ馴染みません」
侯爵も雑談に加わるが、ハンナ様の意識は衝立の向こう側へ。一度失敗したと思っているから、余計に気になるのね。そこへ案内された令嬢が歩いてくるのが見えて、全員が慌ててメニューで顔を隠した。彼女が通り過ぎてから気づいたのだけれど、注文した飲食物が並ぶテーブルで不自然よね。