作品タイトル不明
56-2.(ローラント)貴族と領民の垣根を越えて
ケンプフェルト公爵家の演奏が始まる。公爵夫妻はもちろん、小公爵殿も……あの楽器、何だったかな? 首を傾げてヴェルに尋ねると、彼女が「シンバルじゃないかしら」と答えてくれた。助かった! そうだよ、シンバルだった。
出番が多い楽器ではないが、小さく震わせる使い方もある。何より、あの独特な音は目立つのだ。小さな子には向いている楽器かもしれない。ヴィオラを構える公爵閣下と、三日月ハープを手に微笑む公爵夫人。シュミット伯爵家のエルヴィン殿がバイオリンを取り出し、少し離れた使用人達と一緒にフルートを口元に運んだご令嬢。
「ちょっと行ってくる」
私はこちらに参加予定だ。ヴァイオリンの数が足りないようだ。数種類の楽器を扱えるので、手薄なところを選んで加わった。エルヴィン殿と並んで座り、軽い会釈で挨拶を交わす。
「私も参加するわ! ローラント様も、アナもいるんだもの」
飛び込み参加可能らしく、使用人の一人が何の楽器を使えるか確認し始めた。すると数人がさらに加わり、奥のほうでランドルフがトランペットを握っている。いつの間に吹けるようになったんだ? 指揮者はシュミット伯爵だった。
オーボエも持っているが、吹きながらの指揮は無理だろう。話している内容が漏れ聞こえて、どうやら指揮者がダンスで転んだらしいと知る。運がないというか、まあ……そんなものだろう。指揮棒に合わせて全員が構える。用意された楽譜は、シンプルなワルツだった。
貴族なら初期段階で習う曲で、間違える危険は少ない。その次が、行進曲? ああ、シンバルや太鼓の出番があるからか。行進曲になったら太鼓で参加しよう。ゆったりと曲が始まり、抱き合って踊る領民達の揺れる姿に頬が緩んだ。一曲終わると、伯爵が指揮台から降りてしまう。
「続きは私が」
指揮棒を引き継いだのは、ケンプフェルト公爵家の執事だった。太鼓に移動した私は、最初に音を出す。指揮棒に合わせて叩き、途中で小公爵殿のシンバルが入り、弟のトランペットが響き……重々しい始まりから華やかな雰囲気へ。行進曲で、領地の子供達が広場を回り始めた。木の棒を剣に見立てて、行進する姿に周囲の大人から励ましの手拍子が送られる。
音楽会と評するなら、これは大成功だった。満足して舞台を下りる。使用人達も興奮した様子で言葉を交わし、笑顔が溢れていた。日暮れ間近、最後のピアノは夜になると聞く。主賓は最後か? 楽しみだな。
「ねえ、屋台を回ってみない?」
「そうだね、行こうか」
いつもと違う雰囲気に呑まれたのか、私はヴェルの誘いに乗った。いくつか屋台を見て回り、行儀悪くその場で立って口をつける。肉串の先からヴェルが齧り、肉を一つ引き抜いた。残りを私が横から齧って千切る。互いに頬に付いたソースを拭い、両親や家族が似たような振る舞いをしているのを知って、また笑った。
笑顔溢れる祭りは盛況で、暗くなると火が灯された。酒は提供しなかったため、川で冷やした果物が人気だ。広場のベンチに並んで腰かけていると、あちこちで不器用な楽器の音がした。
「あの子達、初めて触るのかしら?」
「教えるくらいならできそうだ」
ケンプフェルト公爵家の使用人達が、領民に楽器の扱いを教えているようだ。今後も祭りで音楽が楽しめるように、一部の楽器はプレゼントされると聞いた。ならば、教える者が足りていないはず。顔を見合わせたヴェルと二人で、手を取って加わった。
母上達に相談して、うちの領地でも提案してみよう。