作品タイトル不明
36-2.(ユリアン)懲りるわけないさ
弾きすぎて、手が痛くなった。カトラリーもちゃんと持てなくて落とすほどだ。焦った師匠が、パンで野菜やハムを挟んで手渡した。
「これなら食えるか?」
「あ、助かる。つうかさ、いつもの貴族口調はどうしたんだよ」
俺も貴族らしくないが、師匠も似たようなもんだ。だから互いに気にならないんだろうな。一緒の屋敷にいても、気詰まりしなかった。バレそうになって慌てることもなければ、隠す必要もなくてさ。すごく楽だった。まるで家族といるみたいだ。
「……お前相手に取り繕っても意味がない。付け焼刃だとバレているんだから」
さらりと言われ、それもまあそうかと納得した。食べている間に、手当ての準備が進む。こういう心配のされ方は、リア姉と違う。エル兄が近いかな? ユリアーナは怒って怒鳴り散らすだろうな。想像しながら、泣き出しそうな父上の顔が浮かんだ。いや、父上は確実に泣く。
「変な顔をして、どうした?」
食べ終えた俺の手を拭いてから、通いのおばさんが用意した水を引き寄せる。大きなタライに入った水は、冷たそうだった。
「いや、家族ならどう反応したかな~と思いまして」
少し丁寧な口調で返すと、器用に片方の眉尻を持ち上げる。怪訝そうな顔っていうか、理由を問う感じだ。熱を持った俺の指を、タライの水に浸す。師匠は一緒に自分の手も冷やしながら、俺の顔を凝視した。探るような視線は鋭い。
「里心ついたか?」
「うーん、違うかな。家族だったらどう反応するか、想像してた」
平民の言葉遣いだと叱られたが、この話し方が一番俺らしい。きっと一流のピアノ演奏家になっても、直らないだろうな。師匠みたいに表面だけ取り繕うか、いっそ素で押し切るか。リア姉に迷惑かけるのも嫌だけど。
「お前は考えすぎだ。空っぽの頭を振って、余計な考えを捨てろ。無心で弾くときのユリアンは、間違いなく凄い」
突然の褒め言葉に、俺は目を見開いた。師匠が俺を手放しで褒めた? 無心で弾くって、さっきの状態だよな。あれが凄い?
「指を冷やしたら今日は休め。あの剣は没収だ」
すでに回収させた。これが師匠の悪い癖だ。自分が決めたら曲げず、俺にも押し付ける。むっとしたが、家族の前での演奏会があるから堪えた。殴って指を折ったら困るし、師匠を殴ったのがバレたら、リア姉が悲しむ。
「僕にはわからないが、ユリアンは家族を大切にしろよ」
頭を撫でる師匠を見送り、俺は冷たくなった手をタオルで拭いた。本当は練習したいが、休めと言われたから……ピアノの部屋には鍵が掛けられたはず。通いのおばさんだけじゃなく、この屋敷は執事や侍従もいる。彼らは師匠が雇った使用人であるため、当然俺より師匠優先だ。
「はぁ……仕方ない。今日は寝るか」
明日の朝、鍛錬も……っ! 剣!! 慌てて探すも、やはり回収されていたようだ。見つからなくて、項垂れた。演奏しに行って、ケンプフェルト公爵家で譲ってもらおう。俺に「懲りる」なんて単語はないんだからな!