軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36-1.(ユリアン)二兎を追いたいのに

ピアノに毎日触れていられる。俺にとって、恵まれた最高の環境だ。それでも時々は違うこともしたくなるもので……。

「こら! 指を傷めるからやめろと言っただろ」

師匠に叱られて、ぺろっと舌を出す。ごつんと拳が落ちて、慌てた。鍛錬に使っていた剣を離し、師匠の指を掴む。傷がないか確認しながら叫んだ。

「師匠の指のほうが危ないです!!」

「私はいいんだ、もう大人だからな」

よくわからない理論を振り翳す師匠だが、やっぱり手が痛かったらしい。黄金の指と呼ばれる、美しい旋律を奏でる手なのだから大事にしてくれ。今後は師匠に見つからないよう、早朝の練習のみにしようと決めた。師匠は朝が弱いからな。

ケンプフェルト公爵邸にいた頃からだけど、俺は剣術の鍛錬も好きだ。将来は騎士もいいなと思っていたくらいだし、強くなることに憧れもあった。いざとなれば食っていけるよう、道は多いほうがいいだろ。そう思うが、師匠は違った。

「お前はピアノで食っていける。ピアノだけに集中しろ」

いつも俺にそう説教して、やめさせようとする。重い金属製の剣は、鍛錬用に刃を潰してあった。これは公爵家の騎士に譲ってもらった剣だ。研いで刃を作れば、十分実用性はあるらしい。

「ピアノの演奏家だって、身を守れたほうがいいと思うけどな」

「ピアノで稼いで、プロを雇え。中途半端な技術では、両方ダメになる」

きょとんとしてしまった。両方極めればいいだけじゃないか。これ以上口に出したら、さらに説教が長くなる。リア姉の時もそうだったし。いい子の返事で終わらせて、剣はきちんと片付けた。勝手に捨てられたら困る。

「三日後にケンプフェルト公爵邸に行くぞ」

仕事の時は丁寧な言葉を使う師匠は、貴族らしからぬ口調で驚きの事実を告げた。リア姉のところに行く? 師匠も?? 咄嗟に言葉が出ず、俺と師匠を交互に指さしたら大笑いされた。

「きちんと練習しておけ、一曲披露させてやる。家族が勢ぞろいだとさ」

言い捨てて、師匠はひらひらと手を振る。そのまま立ち去った。残された俺は「え? は?」と間抜けな声を発し、理解が追い付いた途端に青ざめた。

家族が勢ぞろいで演奏! 何を弾くか決めないと……一番上手に弾ける曲はなんだろう。念のためにもう一曲用意するべきか。何はともあれ練習だ!!

宛がわれた部屋に剣を片付け、大急ぎでピアノに向かった。師匠はすでに練習部屋でピアノを弾いている。聴きたいが練習が先だ。隣の部屋に置かれたピアノに指を置いた。深呼吸してから指を走らせる。楽譜を目で追い、音を弾ませて……。

「いつもこのくらい集中してくれたらいいんだが」

ぼそっと呟いた師匠の声が音として耳に入るが、意味をなさずに流れていった。上達したと褒められるレベルまで、引き上げて見せる!! いつの間にか師匠のピアノの音が消えていたことも、食事だと呼ばれるまで気づけなかった。