軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28-1.(ヘンリック)手を伸ばしても

猫も犬も触れたことはない。王宮には警護を担当する犬はいたが、専門の訓練を受けており人慣れしなかった。専門の担当官以外は、頭を撫でることもできないのだ。猫は時折見かけたが、これまた触れようと手を伸ばせば逃げていく。

何度もそんな経験を繰り返せば、手を出す気は失せた。ちょうど、勉強が忙しくなった時期と重なったことも影響しているか。柔らかそうな毛皮は手が届かず、小さな温もりはもっと遠い。届かない果実に焦がれても、惨めになるだけだ。そう自分に言い聞かせた。

子供の頃は、何かを諦めるのに理由が必要だった。徐々に理由がなくても手を出さなくなる。仕事を任され、眠る時間を削り、妻を娶って義務で子をなす。それでも心は動かなかった。

生まれた子を可愛いと認識する理由がない。だから手を伸ばさない。幼かった俺が伸ばした手を避けた猫のように、この子も俺の手が触れる位置にいない。そう思った。

「おと、ちゃま! こち!!」

拙い話し方で、レオンが必死に手招きする。誘われて近づけば、足元にいる何かに夢中だった。

「これ」

指さす先にいるのは、もぞもぞした小さな虫だ。これはなんだ? 集団で歩いている。綺麗に並んで、一列になった虫は何かを運んでいた。

「なんだ?」

「あぃ」

あい? 首を傾げたところに、後ろからアマーリアが助けに入った。

「アリさんね」

なるほど、アリか。過去に眺めた本に描かれていた。小さな挿絵だったが、本に絵が入っていることは珍しくて指で触れた記憶がある。

「えいっ」

レオンの指がアリの行列を遮った。途端にレオンの指に上り始め、驚いたレオンが手を振り回す。取れなくて泣き出したレオンに、アマーリアは困ったような笑みを浮かべる。日に焼けた健康的な手が、そっとアリを払い落とした。

「レオン、気になっても邪魔してはダメよ。アリさんはお仕事をしていたの」

「おち、ごと?」

「ええ、仲間のいるお家までご飯を運んでいたのよ。邪魔をしたから怒ったの。レオンも皆で食べるお菓子を運んでいるときに、誰かが取ったら嫌でしょう?」

「……うん。ごめ、ちゃい」

素直に謝る息子の姿に、なぜだろうか。泣きたくなった。胸が詰まって何かが溢れ、目の奥がじんとする。誤魔化すために大きく息を吸って吐いた。

「ヘンリック様、戻りましょう。雨が降りそうですよ」

「ああ」

ぎこちなく微笑んでも、彼女は気にしない。当たり前のように手を差し伸べた。左手を幼いレオンと繋ぎ、右手を俺に与える。しっかりと繋いで、歩き出した。

昔、手を伸ばしても届かなかった猫が、足を止めて振り返ったような……不思議な感覚に襲われる。大丈夫だ、いまの俺は手を伸ばしたら届くのだから。