作品タイトル不明
5-4.(エルヴィン)芋で繋がる縁
パンを抱えたまま、別の店にも顔を出した。串に刺した肉を売る店、野菜や果物を並べた店、雑貨を扱う露店と衣料品を吊るした出店など。アンの顔は広く、どこへ行っても声が掛かった。
「すごいな、君はこの街の有名人みたいだ」
「あたしのお父ちゃん、この街の管理をする役人だったの。前の領主様と喧嘩してね、仕事を辞めさせられたんだ」
「……今は何を?」
「芋を作ってる。畑を耕して、皆にあげて……お母ちゃんやあたしは後回し」
言葉だけ聞くと、文句のようだ。でも父親を誇りに思っているのだろう。表情は明るく輝いていた。
並んで歩き、小さな公園のベンチに座る。ここも以前はもっと大きな公園で、前領主が勝手に削って店を出させた場所だ。金になる場所だからと、整備された公園の木々を伐採した。資料で読んだ知識が思い浮かぶ。もう少し余裕ができたら、元に戻したいな。
「さっきのパン、食べてみなよ。甘くて美味しいんだから」
言われて、アンお勧めのパンを取り出す。何かが塗ってあったが、これは甘いのか。半分にしてアンに差し出す。遠慮なんてなしで、嬉しそうに受け取った。齧り付くアンを見てから、僕も一口。
これは……知ってる味だ。姉上が作ってくれたことがある。バターを溶かしたパンに砂糖を振る。誕生日に作ってくれたっけ。贅沢できないから、たまに作ってもらえるのが楽しみだった。
「美味しいでしょ? これね、お父ちゃんが仕えてた前の前? だっけ。昔の領主様が教えてくれたみたい。あれ? 奥様だったかな?」
記憶を辿りながら告げられ、目を見開く。母上が作った味を、姉上が教えてくれたのか。それが街の中で伝わっていた。
「ああ、そうそう。学校っての? あたしも通ってるの。計算や文字を覚えたら、いい仕事に就けるじゃん。お父ちゃんも教えてくれるけど、新しく来たおじさんが上手なんだよね」
どきっとした。父上のことか? 優しく教える、強く叱らない、できなくても何度も教える。褒められて、自分のことではないのに嬉しくなった。父上の活動は、きちんと実を結んでいる。
「こないだ、お父ちゃんが芋を渡しててさ。ちょっと恥ずかしかったな」
「素晴らしいと思うよ。立派に育てたお父さんの誇りだ。実際、美味しかったし」
「え?」
驚いた顔で僕を見て、アンはぽんと手を叩いた。
「あんた、領主様の屋敷で働いてんの? すごいねぇ」
いろいろ覚悟して告げたのに、思わぬ方向へ受け取られた。二度目の勇気は出なくて、笑って流す。いつか、本当のことを言うつもりだけど、今じゃなくていいよね、姉上。
立派な領主になって、アンのお父さんに戻ってきてもらおう。その時は、アンも働きに来てくれるだろうか。将来の楽しみが一つ増えた。