作品タイトル不明
3-2.(オイゲン)俺と兄上の休日
ユリアーナとデートした翌日、兄上と過ごした。久しぶりに鍛錬に付き合ってもらい、汗を流してからお茶を頂く。過去の俺が騒動を起こすたび、他家に謝罪や賠償をしていたのが兄上だ。兄上の苦労を知ってから、頼まれごとは断らないようになった。
ケンプフェルト家は筆頭公爵家で、その嫡男に喧嘩を売るのは……どれだけ愚かなことか。家を潰しかねない。その謝罪すら、俺が拗ねている間に父上と母上が行った。兄上もあとから頭を下げたと聞く。あの頃は理解できなかったが、どれだけ心配をかけてきたのか。
見捨てるほうが簡単だと知るから、今後は家族に迷惑をかけないよう心がけている。
「随分変わったな、オイゲン。いいことだ」
「はい。もう兄上に謝罪させるような失敗はしません」
ユリアーナを泣かせないと誓ったように、これは俺の芯の一つだ。目の前の茶菓子は、食べにくいパイ包みだった。鍛錬でお腹が空くのを見越したように、腹持ちのいいミートパイだ。兄上が一つ取るのを待って、俺も手元の皿に移した。
ほんのりと温かいそれを、兄上はひょいと指先で口元へ運ぶ。え? カトラリー、は?! 驚く間に一口、二口。にやっと悪い顔で笑うから、俺も真似をする。上品にパイ生地を崩さないよう切って食べるより、このほうが格段に美味い!
カップに手を伸ばそうとして、汚れた手をテーブルクロスで拭いた。下のほうだから目立たないはず。にやりと笑う兄上はお見通しのようだ。
「父上と母上、やたら仲がいいだろ。以前よりずっとだ。ケンプフェルト公爵夫人の影響だと思わないか?」
思い浮かべたのは、穏やかに微笑む公爵夫人の姿だ。ユリアーナと同じ色の髪を柔らかく結って、子供を最優先にする。貴族夫人なのに、泥で汚れた手で駆け寄っても、レオン様を抱きしめていた。あの姿には驚いたな。
そんな思い出を声に出すと、兄上は目を見開く。
「昔の母上なら卒倒しただろうな」
「最初に見たときは、俺も驚いて固まりました」
互いに「そうだな」と納得する。母上も一般的な貴族夫人で、社交に忙しかった。俺達を構ってくれる時間は少ない。それが当たり前で育ったから……。
いま冷静に判断すれば、俺は嫉妬したんだ。母親に抱きついて甘える姿が、羨ましくて妬ましくて。泣かせてやろうと思った。それで溜飲が下がると考えたんだろう。もう、曖昧だけれど汚い感情だ。
淀んだ俺を母上が拒絶したのは、当然だった。胸が痛くなるあの叫び声に、見捨てられる恐怖が芽生えた。なのに、俺はいまもティール侯爵家の次男を名乗っている。
「兄上、どうしてあのとき……俺を見捨てなかったんですか?」
ずっと聞けなかった言葉を紡いだ。いま聞かなければ、次の機会はないから。