作品タイトル不明
560.ランドルフ様のお試し期間
お待たせしたことを詫びて、お茶に誘う。温室に用意するよう、リリーに頼んだの。マーサも一緒に動いているはず。イルゼやフランクは壁際に控え、気を配ってくれる。
温室には低い木製の床が用意された。これは常設なのだけれど、ベンチ代わりよ。座って話もできるし、大きめだからお昼寝も可能だった。レオンが遊ぶのにちょうどいいと思いつき、絨毯も敷いてある。
「らんどぉふ、こっち」
「待てって、レオン。転ぶぞ」
子供同士、いつの間にやら敬称略になったみたい。元気に走っていく二人は、木々が茂る奥へ飛び込む。棘がある植物は薔薇くらいで、柵があるから平気でしょう。微笑んで見送った。
「突然の来訪で失礼しましたわ。ユリアン殿はアウラー殿の弟子に入られたのでしょう?」
「ええ、ピアノを極めたいそうです。早いかとも思ったのですが、本人の気持ちが強くて」
ユーリア様は「そうでしょう」と頷いた。聞けば、芸術家の弟子は早くに親元を離れることが多いとか。平民はもちろん、貴族でも変わらない。一日中、芸術に触れられる環境があるなら、当人は楽しいはずよ。
「ランドルフの件ですが……」
話が戻ってきた。体をユーリア様のほうへ向けて、正面から伺う。
「まだ幼いと考えるか、自分の進む道を見つけたなら背を押すべきか。とても迷いました。夫が言うには、ランドルフの意思は固いそうです」
なんて返したらいいのか、難しいわね。公爵家同士、王都での屋敷の距離は近い。でも領地はかなり離れていた。側近になれば、ほとんどの生活をケンプフェルト公爵家で過ごすことになるわ。まだ一緒に暮らしたい年齢なのに。
「お試し期間を頂けませんでしょうか」
「お試し、ですか?」
思わぬ提案に首を傾げたら、説明された。王族の側近選びでも使われる方法らしい。遊びでは仲良く過ごせても、細かな部分で衝突することもある。そのため、事前に一緒に暮らしてみるんですって。
問題なく過ごせるようなら、側近候補としてきちんと手続きを行う。側近というのは、一族同士の契約でもあるの。上下関係の意味ではなく、屋敷内で生活して秘密を垣間見ることもあるでしょう。それらを実家に話さない、そんな意味合いもあった。
勤務先の情報を、他社に漏らさない機密契約のような感じね。自分が知っている例に置き換えて、頷く。
「準備を整えて、ご連絡しますわ。あの子がやっぱり辞めると言い出す可能性もありますし……契約はその後でよろしいかしら」
「問題ありませんわ。当家より、ユーリア様がお寂しいのではありませんか?」
「いつかは独立します。その先が安心できる家で、信頼できる友人を支えていけるなら。ランドルフにとって最高の未来です」
その信頼に応えられるよう、お預かりさせていただきますね。