作品タイトル不明
556.涙もろくなって、ダメね
ユリアンの迎えは、お昼を食べてすぐ。特に打ち合わせはしなかったけれど、早朝から起きてきた。ヘンリック様の腕による拘束から抜け出したら、彼を起こしてしまったみたい。
「レオン、お父様はもう少し休むの。あちらへいきましょうね」
「うん」
「おはよう。俺も起きる」
今日の予定を聞いたら、予想外の返答があった。
「ユリアンを見送ってから、王宮へ行く。仕事を片付けてから帰るので……久しぶりに深夜になりそうだ。先に休んでくれ」
「無理をなさらないで」
「今日は無理をさせてくれ」
家族にとって大切な日だから。ヘンリック様はそう言って譲らなかった。それぞれに自室へ戻って支度をする。ユリアンの荷物は侍従達がまとめ、大きなトランク三つに詰め込んでいた。すでに玄関先に積まれている。
部屋で着替えや化粧を済ませ、朝食前に皆で散歩をした。早朝の空気はひんやりと気持ちよく、習慣づけてもいいかと思うほど。はしゃいだユリアンはレオンと走り回り、ユリアーナは「男って子供なんだから」と大人ぶってみせる。
いつもと同じ光景なのに、しばらく見られなくなるのね。次に会うときは、どのくらい成長しているかしら。男の子はすぐ大きくなって、手を離れてしまう。まだ九歳なのよ。エルヴィンもそうだけれど、子供でいられる時間を大切にしてほしい。
そう思う反面、好きなことを見つけて打ち込めるのは羨ましかった。私はそんな出会いがなかったもの。刺繍も下手だし、馬は……かろうじて乗れる程度。剣術はからっきしで、でも棒を振り回すくらいはできる。
すべてが中途半端な気がした。でもレオンと出会って、世界は明るくなっていく。開けた先で、王族と出会い夫を味方につけ……公爵夫人二人と友人になれたわ。事件もあったけれど、フランクやイルゼと乗り越えてきた。
「素敵な朝ね。朝日が眩しく感じるわ」
「……ああ、そうだな」
相槌だけ打ったヘンリック様が、そっと私を引き寄せた。偶然触れたフリで、滲んだ涙を隠す。夫の胸を借りて、泣き顔を笑顔に変えた。湿っぽいのは私らしくないわ。
「レオン、ユリアン! 食事に戻るわよ」
「はーい」
「うん」
駆けてくる二人を受け止め、隣で見ているユリアーナも強引に引き寄せた。全員を抱き抱えるには、もう腕が足りないわね。幼い頃、エルヴィンと双子を抱きしめた時の感触が蘇った。母がいないと泣く三人に、私がいるわと慰めたっけ。
まずい、また泣きそう。忙しなく瞬きして、口角を上げた。微笑みを作って、彼らを促す。ヘンリック様は全てを察したように無言で、もう一度私を抱き寄せた。ハンカチを差し出さない気遣いが、逆に嬉しいわ。