作品タイトル不明
543.主役はシュミット伯爵家よ
オイゲンは「間に合ったか?」と息も荒く飛び込んできた。案内したベルントが苦笑いしている。駆け寄ったユリアーナが挨拶し、青いハンカチを手渡す。こちらはティール侯爵家の紋章? 本当に器用ね。
「ああ、ありがとう。すごく綺麗だよ、アナ」
すっかり愛称呼びになった婚約者に、照れたユリアーナが小さな声で「ありがとう」と返した。初々しい恋人達に、ユリアンは肩を竦める。友人と妹なのに、間に入りづらいんでしょう?
オイゲンは家族で色を合わせたらしく、濃紫色の上下に白いシャツだった。青が良いアクセントになる。ティール侯爵家だけでなく、悪ガキ仲間のバルツァー子爵家やシラー男爵家も招待した。
今日の主役はケンプフェルト公爵家ではなく、シュミット伯爵家ですもの。
ユリアーナの用意したスカーフを、私は巻きスカートの上に重ねた。ずらして両方の色が見えるようにしたら、素敵よ。
「おかぁしゃま……きれぇ」
「ありがとう」
にっこり笑ってお礼を言い、レオンの前に屈んだ。刺繍入りの青いハンカチを畳んで、胸元に……あら。成人男性と違ってポケットが飾りなのね。上着は着ない予定だし、どうしようかしら。
「こんなふうに結んでみたらどうだ?」
支度の終わったヘンリック様が合流し、私の手からハンカチを受け取った。くるくると丸め、首元に留める。きゅっと結んだら、ボーイスカウトの制服みたい。シャツが水色だから違和感がないわ。
「可愛いわ、レオン」
「かわい?」
にこにこ笑って、くるりと回る。控え室の端に立てかけられた鏡を覗き、嬉しそうに走った。転びそうになり、ユリアンが受け止めている。
「おなし!」
「ああ、同じ青だな」
ユリアンが頷くと、また興奮した様子で走ってきた。立ち上がって受け止める。
「すごく綺麗だ、アマーリア。何度見ても惚れ直す」
「っ、ありがとうございます。ヘンリック様も素敵ですわ」
もう一枚のハンカチを畳み、今度こそ胸元のポケットに差し込んだ。白い刺繍が美しく見えるよう、指先で調整する。
「できました」
「刺繍、見事だな。君が?」
「いえ、ユリアーナです。私に似ず、とても上手なのよ」
遠回しに私は刺繍が不得意と訴えておく。姉だから同じレベルで作れると思われたら、大事件だわ。なぜか糸が引き攣れたり、裏側が縫い合わさったり。解くほうが大変なのよ。
「マルレーネ様達のお迎えをしなくては」
「ああ、問題ない。部下を連れてきて任せた」
「……職権濫用?」
「いや、彼らの自主的な申し出だ。代わりに奥方や子女を連れての参加を許可した」
まあ! それなら自主的なのかしら。王族や公爵家が勢揃いする集まりに呼ばれるのは、貴族ならステイタスだもの。受付を任されるくらいなら、安いものだった。
小さな子が何人も参加してくれたら、レオンが喜ぶわ。それに……賑やかで騒がしいくらいが、ぴったりかも。別れの寂しさを紛らわせてくれるもの。
「そろそろか」
時間を確認するヘンリック様の声が聞こえたように、扉がノックされた。いつもより質の良い正装のベルントが、ゆっくり扉を開く。
「皆様、お時間です」
「ありがとう、ベルント。いきましょうか、お父様、エルヴィン、ユリアン……」
一度言葉を止めて、巣立つ三人を見つめる。それから振り返って、残る家族に微笑んだ。
「ヘンリック様、レオン、ユリアーナとオイゲンも」
広間の扉の前に立つのは、家令フランクよ。彼が一礼して開け放った扉から、拍手が惜しみなく注がれた。