作品タイトル不明
541.別れの寂しさを吹き飛ばすキス
時間の流れは平等だというけれど、実際は違うと思うの。楽しいと早いし、嫌な状況だとゆっくりだわ。過ぎた思い出をさらっても、昔はのんびりだったような気がした。
「お別れ会、もう明日ね」
寝る前のベッドの上で、なんとはなしに呟く。自分に言い聞かせる響きは、胸にずしりと沈んだ。
契約結婚を覚悟した時、こんなに悩んだかしら。いいえ、お父様や弟妹にご飯をたくさん食べさせてあげられると、喜んだわ。勉強好きなエルヴィンに本を、騎士を目指していたユリアンに剣、妹ユリアーナにドレスを買い与えたい。その意識が先行していた。
嫁ぎ先でどんなにぞんざいに扱われても、絶対に逃げ帰れない。覚悟を決めて飛び込んだわ。だから戦いの前に高揚する兵士のように、怖さや寂しさは吹き飛んだ。実際に嫁いでみたら、使用人は皆優しくて……可愛い息子がいて。
手が足りないと理由を付けて、家族を離れに招いた。社交界で何を言われていたのか、今となってはどうでもいいけれど。あの頃の私は寂しかったのかも。旦那様は元気で留守、お金だけくださればいいと突っぱねても、本心は悲しかったんだわ。
「永遠の別れではない。それに……家族とは、そんなに脆い関係ではないのだろう?」
俺にそう教えてくれたではないか。ヘンリック様が囁き、顔を寄せる。唇が触れる、と思った瞬間。
「ぼくも!!」
伸びあがったレオンがキスをせがみ、間に入り込もうとした。ヘンリック様の唇はレオンの手の甲へ、私のキスは手のひらに……。
「ふふっ、うふふ……ごめんなさいね、レオン」
忘れたわけじゃないわ。笑いながらレオンの頬にキスをする。ぶすっとしたヘンリック様に、レオンは平然とキスを強請った。
「おとちゃまも!」
「ああ。わかった」
ちゅっと音をさせて触れた後、ヘンリック様は私の肩を抱き寄せる。
「次は俺とアマーリアの番だ」
宣言して、レオンの目の前で唇に触れた。重ねて離れるだけなのに、顔が真っ赤になる。だって、レオンが凝視しているわ。
「つぎ、ぼくも……」
唇じゃなかった。そんな口調で膨らんだ頬を、ヘンリック様が両手で包んだ。ぐりぐりと潰すように動かし、笑ったレオンがぷはっと空気を吐き出す。
「唇は夫婦だけだ、レオンは子供だから頬だな」
「んん、やっ」
「嫌でもダメだ」
子供で理解していないけれど、ダメなのは伝わったらしい。唇を尖らせた。ヘンリック様に折れる様子はない。それはそうよね。仕事では権力や腕力を持つ方々とも渡り合った猛者ですもの。レオンの可愛い攻撃に負けちゃうのは、私くらいよ。
「レオン、額ならいいわよ」
額と鼻の頭にもキスをして、横になるよう促す。ずるいと目で訴えるから、レオンの上でヘンリック様の額や頬にキスをした。
「なかよちっ!」
嬉しそうに両手を伸ばし、レオンは私やヘンリック様と手を繋いだ。にこにこする天使に勝てず、私も横になる。唸っていたが、最後にヘンリック様もベッドに沈んだ。やっぱりレオンが最強かもしれないわ。
お陰で、寂しさが薄れたもの。二人ともありがとう。