作品タイトル不明
540.ささやかな温もりを与えられたら
おやつを食べ終え、レオンはお昼寝を始めた。隣でヘンリック様も横になる。私は読みかけの本を開いて、ベッドのヘッドボードに寄り掛かった。思い思いに過ごす時間の中、ふと思い出して口に出した。
「集まれる日の提案、ありがとうございました。レオンも納得したみたいですし、助かりましたわ」
「ああ、あれか。実は……」
部下から聞いた体験談を参考にしたんですって。かつて仕事人間だったヘンリック様は、休暇の概念が欠けていた。交代で休みを取る部下を無視して、自分は王宮に泊まり込みで仕事をする。当然、付き合わされる部下も大変だわ。
本当は休みだったのに、重要な案件が入る。休みを諦めて仕事をした、その愚痴を覚えていたみたい。
「あの頃は理解できなかった。だが、今の俺は違う。もしアマーリアやレオンと約束している休日に、仕事を入れられたら抗議する」
それが出来なかった部下は、子供との約束を破る形で仕事を優先した。申し訳なかったと思う。ヘンリック様はそう口にした。反省できているなら、伝えたらいいわ。すでに伝えたのかしら、今後は気を付けるから大丈夫でしょう。
そんな話をしていたら、もそもそとレオンが身じろぐ。声で起こしたかと思ったら、小さな指先が私のスカートをきゅっと握った。なんて可愛いのかしらね。
「不安なのだろうな。親しくなった家族が離れていくのが怖いのだ」
思わぬ発言に、ヘンリック様を凝視してしまう。彼はぼそぼそと言いづらそうに教えてくれた。自分にも覚えのある感情だと。イルゼやフランクと離れ、王宮で勉強漬けの日々を過ごした際……屋敷に帰りたいと泣いたそうよ。
親の庇護を諦めていても、温もりまで奪われるのは辛かったでしょう。本を畳み、ヘンリック様の黒髪に手を置いた。撫でるのではなく、ただ温もりを伝えるだけ。少しだけ動かして、頬に触れた。その指先を、彼が愛おしそうに両手で包む。
愛しくて、切なくて、無理だと知っていても彼を苦しめた人達を叱り飛ばしたくて……きゅっと唇を引き結んだ。余計な言葉を吐いてしまいそう。呪詛のように残る重い感情だから、堪えて呑み込んだ。
「ヘンリック様もレオンも、とてもいい子です。可愛くて、愛おしくて、触れずにいられない。私の宝物ですわ」
代わりに、少しばかり声を高くして明るく振る舞う。愛されている、一緒にいると安心してほしかった。ヘンリック様からは返事がなく、ただ小さく頭が揺れる。押し付けられた手のひらが濡れた気がするけれど……私は何も気づかぬふりで微笑んだ。
もし幼いヘンリック様と出会えていたら、何も出来なくても一緒に泣いてあげられたのにね。そんなことを考えながら、レオンが起きるまでゆっくりと休日を過ごした。