作品タイトル不明
539.イルゼが作る思い出のお菓子
おやつの時間に提案すると伝えたら、イルゼが張り切った。いつもは料理人に任せるお菓子を、手作りしてくれたの。乾燥させた 無花果(いちじく) をたっぷり使うパウンドケーキよ。
アルコールを飛ばしたブランデーで柔らかく戻して、刻んでから混ぜて焼いた。フランクによれば、イルゼの得意料理らしいわ。ありがたく皆で頂いた。
「すごく美味しい」
「優しい甘さだわ」
私とユリアーナが絶賛する中、男性陣も黙々と口へ運ぶ。食べやすいようサイコロに切ってもらったレオンは、右手で口に入れ、左手も一つ摘まんでいた。
「懐かしい味だ」
思わぬ感想を口にするヘンリック様に尋ねたら、微笑んで教えてくれたの。幼い頃にイルゼが焼いたお菓子を食べていた。あの頃は素直にお礼を言ったり感謝したりできなくて、あとでこっそり抱きついた、と。なにそれ、可愛いわ。
ヘンリック様とそっくりなレオンの姿で妄想できちゃう。
「そうでしたね。あの頃のわ……旦那様は不器用でしたから」
若様って言いかけたわね? イルゼはしれっと言い直し、穏やかに微笑む。両親に放置されたヘンリック様だけれど、彼女らの愛情は受けていた。ただ使用人の立場があるから、思う存分注ぐことはできなかったけれど。
思い出の味があるなら、大丈夫。ヘンリック様はいつでも原点に立ち戻れるもの。
「イルゼ、このお菓子の作り方を教えて頂戴」
「あ、それなら私も習いたいわ」
ユリアーナと二人で申し出て、承諾してもらえた。また作ってあげるわね。ヘンリック様もレオンも。離れてしまっても、家族である三人にも。
夏休み、年始の誕生日会、秋のお祭り。提案された中で、ユリアンの参加が難しかったのは秋のお祭りだった。そのシーズンはあちこちで演奏家が引っ張りだこ、忙しいそうよ。それ以外は問題なさそう。
お父様とエルヴィンは、違う意味で秋が忙しかった。領地の収穫祭があるの。そちらの手伝いや手配を行うから、約束はできなかった。
「祭りの日をずらせばいい」
簡単そうにヘンリック様が提案したのは、領地の祭りを数日遅らせるというもの。特に確定した日時があるわけではなかった。それを周囲の地域よりわずかに遅くする。
「収穫が終わって一段落してからのほうが、領民も動きやすいだろう。何より周辺の祭りと日が違えば、外からの客も見込める」
観光の考え方ね。集客できるイベントと考えればいいんだわ。お父様やエルヴィンも理由を聞いて、なるほどと頷いた。これならケンプフェルト領の街で行われる収穫祭に参加して、その後、シュミット領のお祭りに顔を出せる。
イベント準備を手早く計画的に行えたら、一日くらい休暇も取れるでしょう。ユリアンは、時期をずらして帰ると笑った。
「おかぁしゃま、もっと」
全部食べ終えたレオンは、指を咥えてお皿を見つめる。あらあら、私の残りをあげましょうね。手で半分に割って渡したら、そのまま齧りついた。作り方は絶対に覚えないとダメね。夫と息子のお気に入りですもの。