作品タイトル不明
534.幸せの形 ***SIDE公爵
うっかり仕事場で話したのがまずかった。まさか国王陛下が聞いていると思わない。すぐに王太后陛下にも伝わった。社交界における貴婦人達の情報網は恐ろしい……その本当の意味を理解した気がする。バルシュミューデ公爵夫人を経由し、リースフェルト公爵夫人に伝わるまで、わずか半日だ。
翌日には、参加希望の手紙が届いたらしい。家族での小さな食事会、使用人達も参加してもらう予定だった。それが一瞬で 大事(おおごと) に成長する。
王太后陛下が早馬まで使い、公爵家に根回ししたのは……断らせないためだろう。そんなことをしなくても、アマーリアは受け入れてくれたと思うが。万が一の可能性すら潰すのは、外交で培った交渉術か。こんなところで発揮する技ではない。
呆れながら帰れば、大広間を使いたいと告げるアマーリア。どうやら招待状を強請られたようだ。レオンはご機嫌で、何かを見せてくれた。
「それで、これを作ったのか」
差し出されたのは、南国の木材で作られた四角く長細い物だ。親指と人差し指で作った輪に収まる大きさで、長さはガラスペン程もある。アマーリアの説明によれば、スタンプのような品物らしい。
レオンが描いた絵を使い、削るのは職人に任せた。さすがに三歳の子に刃物は危険だろう。頷いてレオンの手に返す。
「使い方を教えてくれ、レオン」
「うん!」
目を輝かせ、大喜びで走っていく。承知した様子で侍従の一人が、箱を持ってきた。中にある筆は、絵描き用か。平たい筆だった。油絵の具をつけ、レオンが持つ木製スタンプの一面に塗りたくる。
「どうぞ」
渡されたスタンプを、レオンは目の前の紙に押しつけた。
「いぃちぃ、にぃい、しゃぁん」
数えて、ゆっくりスタンプを持ち上げる。綺麗に押されていた。四角い木材の角も欠けていない。絵は……猫か? どこかで見たような絵だが……。
「あ、レオン。それは私のよ。あなたのはこっち」
苦笑いしたアマーリアが、レオンの手に違うスタンプを握らせた。もしかして、この猫の絵はアマーリアか! それで見たことがあるわけだ。手元にある「びじゃぁ」と鳴きそうな猫の絵を思い浮かべた。
「おとちゃま、ほらぁ!」
レオンの絵は、丸や三角が刻まれたもの。たぶん、人を描いたと思われた。
「凄いな、よくできた」
嬉しそうに笑うレオンの黒髪に手を置き、包むようにして撫でる。興奮して「きゃぁ!」と歓声を上げるが、その声に反応したローズが泣き出した。
「ろじぃ、ないない?」
「大丈夫よ。すぐに泣き止むわ」
抱き上げたアマーリアがあやすも、なかなか泣き止まない。侍女が乳母を呼びに行くが、その間に頼んで抱かせてもらった。記憶しているより重い。ずっしりした重さに頬を緩めると、ローズはぱちぱちと目を瞬いた。驚いたような顔をして泣き止む。
「ヘンリック様のことが好きなのね」
アマーリアの言葉が嬉しくて、泣き止んだローズを揺らしてみた。よく乳母がしている仕草だが、また泣き出してしまう。好きだから泣き止んだわけではなさそうだな。